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       にーめんはお! 
       今日も元気に李兄弟がスケボーとブレードで登校だ! 
      「おーっす!」 
      「おはよう!」 
       …どっちがどっちだか一目瞭然である。ユンが元気なのは何時もの事だが今日はそれ以上に張り切っているかも…何しろ今日は切支丹のお祭り、イタリアのバレンチノ司祭の命日に因んだ愛の告白の日、バレンタインデーなのだ。義理だろうが何だろうが、ユンはチョコが沢山貰えればそれで良いと思っている…本命も、居るけど。毎年この双龍兄弟は、ただでさえ有名で、校内でも人気があるので二人共抱え切れないチョコ攻勢に出会うのだった。 
       二人はクラスが違うので(ヤンはいわゆる進学クラスにいる…成績が良い為。ユンの方はノーコメント)昇降口で自分のクラスの下駄箱のある処にいく。ユンはスケボーを脇に抱え、自分の下駄箱の扉を開けるとかたん、と音がして足元に小さな…可愛いラッピングをされた箱が3個落ちていた。 
      「お、今日は仲々幸先良いな…」 
       ユンはチョコを拾い上げるとヤンのクラスの下駄箱の方へ歩いていく。 
      「おーい、ヤンー!」 
       と、その時。 
      どさどさどさ! 
       もの凄い音がヤンのクラスの下駄箱の方から響いた。ユンがその方に辿り着くとヤンの足元にユンの手に持って入る様な物が大きな山を築いていて、ヤンは途方にくれた表情をしていた。 
      「あ、哥哥。俺の下駄箱開けた途端このザマだ、俺一体どうすれば良いんだ?」 
      「…………」 
       折角朝から自分のモテ具合を見せようとしたのに、どうもヤンの方がモテるのか…そんな感じで言葉に詰まっていた時。 
      「おーっす!」 
      「おはよう!」 
       何時もの様にスケボーとブレードで登校する李姉妹がやってきた。 
      「二人共、幸先良さそうだな! 
       ユンファがチョコを抱えているユンを見て言う。ヤンフェイはヤンと同じクラスなのでその床に広がるチョコの山を見て自分の下駄箱を開けながらヤンに言った。 
      「ヤン、そんなとこに広げてないで、今袋あげる……」 
      がたがたん! 
       此処迄言った時、ヤンフェイの足元に何かが転がり落ちた。可愛らしいラッピングがされた箱…中味はどうみてもチョコだ。しかも、6個程。 
      「"ヤンフェイおねえさまへ"……って何かしら?」 
       拾いながら首をかしげるヤンフェイを見てヤンがクスっと笑う。ユンと同じクラスのユンファが靴を履きかえてヤンフェイの処に来ると、そんなヤンフェイの様子に腹を抱えて爆笑した。 
      「ハハハハハ!ヤンフェイ、何だよ女にモテてんのかよぉ!」 
      「………こんなの貰ったって、太るだけだわ……」 
      「え、ヤンフェイいくつだ…6個!ユンより多くないか?!」 
      ぐざ! 
       今のユンファの一言は、ちょっとユンちゃんには答えた様だった。 
      「…どうしたんだよ、ユン」 
       屈託なく聞いてくるユンファにユンは何も言えない。 
      「………別に」 
      「ユン、チョコが食べたいだけなら、これ全部あげるわよ」 
       ヤンフェイは抱えていたチョコの箱を差し出した。 
      「良いよ、別に……」 
      …ヤンフェイからは、そんなんで欲しくねぇよ…… 
       ヤンとヤンフェイは同じクラス、しかも彼等は進学クラスにいる(世に言う"成績良いぞクラス")のだが… 
      「何か、俺が来た時からもうこんな状態だったぜ。相変わらずだな、李陽」 
       クラスメートの一人がヤンにからかう様に言う。そう、ヤンの机の上、そして机の中までびっしりとチョコで埋め尽くされていたのだ。 
      「…これじゃ、授業も受けられないな……」 
       ふう、とため息を付くと、先程のヤンフェイに袋を貰って入れたチョコ袋の中に詰められるだけ詰め込んでロッカールームへと向かう。が、しかし… 
      がさがさがさ! 
       ヤンのロッカーも下駄箱と似た様なものだった。強引に入れ直し(一体他の子達はどうやって入れたのだか真に不思議であるが)更に紙袋一杯のチョコを強引に押し込んだ。 
      「次にこんな事されたら、置く場所がないぜ」 
       頭を抱えるヤンだった。一緒に居たクラスメートは"幾ら何でも俺が貰った訳じゃないチョコ沢山入ってたって嬉しくない"と、置き場を提供してくれないのだ。 
      「今日、移動教室何か有ったか?」 
      「4現の物理、たしか今日は実験室で電流流すんじゃなかったっけ?それから6現が体育」 
       教室がカラになった時、そう、ヤンを呼び出して直接渡せない様な内気な下級生達はそういう時を見計らってチョコを持って来るのだった。 
      「お前、ちっとは分けろよ」 
       羨ましそうに言うクラスメートにヤンは無表情で返した。 
      「チョコだったら幾つでも持ってってくれ」 
      「そうじゃなくてー」 
      「ねー、李芸くんいるぅ〜?ちょっと呼んでくれない?」 
       ユンファが教室から出ようとした時、仲の良い上級生達に教室の外から声をかけられた。 
      「え、あいつなら今、中庭に呼び出されてるぜ。良いよ、すぐ行くように言っとくけど」 
       ユンファはユンと同じクラスである。積極的な上級生達は休み時間毎にユンを呼び出しては先程のヤンに勝るとも劣らないチョコ攻勢をかけるのだ。実を言うと休み時間2回目にして既に5回も呼び出しを食らっては大量のチョコをロッカーに押し込んでいる。そして今、ユンは中庭でまたチョコ攻勢にあっているのだった…… 
      「李芸くんって可愛いんだもん」 
      「また今度も何時ものスケボー見せてくれるでしょう?」 
      「ああ、何時でも見せてやるぜ!」 
       ユン、ガッツポーズ。 
      「でも先輩達さ、たまには俺の事、"格好良い"って言ってくれないかな。俺、なんかガキみたいじゃん」 
      「えーでもさぁ」 
       上級生達は声を揃えた。 
      「李芸くんってすっごく可愛いんだもん!」 
       ……結局そこに行き着いてしまうのであった。 
      「李陽くんにもよろしくねー」 
       昼休み。 
      「俺、飯の変わりにチョコ食っても余るかもな」 
       既にユンのロッカーはパンク状態である。そしてまたしても数件程呼び出されているので、ささっと用を済ますのだ。何故なら、今日はホイメイちゃんとリンフェイくんがご馳走をしてくれるからだ。家政科調理専攻の彼等は本日担当教員に許可をとり、調理室を借りていたのだった。 
      「あ。李芸くーん!」 
       ユンファと一緒に調理室に向かう途中もユンは上級生達からのチョコ攻勢に合い、問題の調理室に辿り着くまでに両手は塞がり、ユンファに迄持たせている始末だった。 
      「ユン、相変わらずねー」 
       調理室に入ってきたユンとユンファを見たホイメイちゃんの第1声。歩くだけで磁石に砂鉄が吸い付くかの様に沢山抱えてやってきたのだった。 
      「もう、右から左から凄い状態でさ」 
       荷物持ち手伝いユンファも笑っている。 
      「ユンファも貰ったじゃねーか」 
      「あ!黙ってろって言っただろ!」 
       李芸花ちゃん可愛いから、おねーさんからね、と仲の良い上級生がチョコクッキーをくれたりしたのだった… 
      「流石、哥哥達モテるな」 
       物理実験室から直に来たヤンとヤンフェイはそんな二人を見てクスクスと笑っている。 
      「おーい、こっち出来たよ!ホイメイ、そのスープ、そろそろ卵入れなよ」 
       ほわ…と食欲中枢をそそる言い匂いがする。見るとリンフェイくんはそんな事もお構いなし、ずっとコンロの前に立っていた様だ。 
      「お!やったぁ!リンフェイのマーラーカオ!」 
       ユンファが素頓狂な声を上げる。ホイメイちゃんが鍋の蓋を空けるとこれまた良い匂いが充満する… 
      「…はい、こんな感じ。どぉ?リンフェイくん、そっちの蒸篭の焼売と餌子もいいんじゃない?」 
       この二人は調理専攻科の中では良いライバル同士の様だ。どちらからもいい香りがする…ホイメイちゃんが盛りつけを始める頃、リンフェイくんは下ごしらえ済みの具で炒飯を炒める。しな鍋から炎が吹き出るやり方も、自分の師である父親仕込み。それはそれは慣れた手つきで放り上げ、6人分の皿に盛るのだった。既に昼色の準備万端。 
      「そういう訳だから、あたしからユンとヤンへのバレンタインチョコの代りは今日のお昼食って事ね」 
       何時も恐ろしい勢いのチョコ攻勢なので、これ以上貰っても迷惑だろう、というホイメイちゃんのお気遣いなのである。 
      「あんがと!ホイメイ!恩にきるぜ!」 
       既に下舐めずり状態のユン。 
      「じっくり食べさせてもらうよ。あと、リンフェイの得意料理もな」 
       席に着いて、準備してある茉莉花茶を入れながらヤンも言った。 
      「じゃ、リンフェイ、私達から」 
       ヤンフェイが薄っぺらい袋を渡す。 
      「リンフェイにヘンな食いもん渡してもどーせうんちくたれるだけだしさ、すぐ汚すんだから、それが良いだろ」 
       リンフェイくんがガサガサと袋を空けると、中からバンダナが数枚出て来た。 
      「さっすが!二人共俺の好みわかってるなー」 
      「そりゃあ、幼馴染みだし」 
      クス、とヤンフェイも笑う。 
      こうして昼休みの昼食会をする6人だった。
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