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         ゆんたんは 
        ぼくのおにいたん 
        だけどときどき 
        かいじゅうになっちゃう…… 
       雨が降っていました。外で遊ぶのが大好きな双児の兄弟も、今日はお家の中にいます。 
       やんたんは膝に絵本を乗せて、ゆんたんはクレヨンでおえかき。 
      「ぶっぶー、とらっくだぞー」 
       床に腹ばいになってちいちゃな足をぱたぱたさせながら、お絵かき帳に大きく車の絵を描いています。 
      「ふ、わぁ〜」 
       やんたんは、眠たくなってしまったようです。絵本を開いたまま、ころんと横になってしまいました。 
       それを見たゆんたんは、にこっと笑うと今まで持っていたクレヨンとは別の色をとりあげました…。 
       やんたんが目を覚ますと、ゆんたんもお昼寝の真最中。さっきまでの続きを読もうと、もみじのような手を絵本に伸ばすとびっくり仰天。 
      「やぁだあ、なにこれえ!」 
       どのページにも、クレヨンでらくがきがされていたのでした。大爺(ターイエ)にもらった大好きな三國志の絵本です。汚したりしないように大事に大事に読んでいたのに、英雄達の顔もわからないくらいクレヨンの線が走っています。こんな事をする犯人は…一人しかいません。 
      「ゆんたん、ひどい!」 
       やんたんは怒って、くーくー寝ているゆんたんのほっぺをつまみ、むにっと引っ張ってやりました。でも、ぐっすり眠っているゆんたんは目を覚ましません。 
       いつも嫌なことがあると、やんたんは大爺に武術のけいこをして貰うか、外に出てお日様の下を駆け回ることにしています。体を動かしているうちに、嫌な事はいつのまにかどこかにいってしまうからです。だけど、今大爺は家にいないし、お日様も出ていません。 
       それでも、やんたんはぷりぷりしながら雨がっぱに腕を通します。緑色で、フードに蛙の目のついたかわいいかっぱです。足を長靴に押し込んで傘もさして、玄関の前にできている大きな水たまりにわざと飛び込みました。 
       じゃぶん! 
       大きな音と、水しぶきが跳ね上がります。だけど、やんたんの心は重く沈んだままです。 
      「ええい!」 
       もう一度、小さな池のような水たまりの上で思いっきりジャンプ。 
       ばちゃん! 
       少しだけ、本当に少しだけ心が軽ぅくなったような気がします。もう少し先に、これより大きな水たまりがあるのに気づき、そちらにかけよって、勢いよーくはね。 
       ぼちゃん! 
       いつしかやんたんは、水たまりに飛び込むことが楽しくなってきました。目につくかぎりの水たまりに飛び込んでは、水しぶきを上げています。 
       どの位歩いたのでしょう。ふとやんたんが気がつくと、お空はおうちを出てきたときよりも暗く、回りも見たことのない風景のようでした。 
      「…やんたんまいごになっちゃった…」 
       泣き出しそうな声で呟きましたが、本当に泣いたりはしませんでした。男の子は、そうかんたんに泣いてはいけないと教えられているからです。 
       喉の当たりにつっかえている不安のかたまりをぐっと飲み込んで、たぶんこっちから来ただろうと思われるほうに、力一杯駆け出しました。 
      『ゆんたん…たーいえ…』 
       めくらめっぽう道を駆け抜けましたが、どうしてもおうちにはたどり着けません。 
      「どうしよう」 
       思わずそう声に出してしまうと、心の中のだれかが 
      『もう、おうちにかえれないんだ』 
       と囁きます。 
      「…うそ!」 
      『ゆんたんにもたーいえにも、もうあえないんだ』 
      「そんなことないもん!」 
       精一杯大きな声で、心の中から聞こえる声をとりけそうとします。ぽつぽつ、また雨が強くなってきました。そして、だれも通りかかってくれません。 
      「う…うわ〜〜〜〜ん!」 
       こころぼそくて、とうとうやんたんは泣き出してしまいました。 
      「ゆんたん、ゆんたぁん!」 
       げんんこつが入りそうなくらいお口をあけ、大きな声でお兄ちゃんの名前を呼びます。 
       そうして暫く立ちすくんだまま泣いていると、まるでその泣き声に答えるように声がしました。 
      『…やんたん…!』 
       やんたんははっとして、耳を澄ませてきょろきょろと回りを見渡しました。 
      『やんたん、どこ!?』 
       声は、もう一度聞こえました。さっきよりも、はっきりと。 
      「ゆんたん!」 
       間違いありません。ゆんたんの声です。やんたんは両手でごしごし涙をぬぐい、声の聞こえてくるほうに駆け出しました。 
      『ゆんたんがさがしてる』 
       もうお空は真っ暗になっていましたけど、そう思ったら、怖いことなんか何もなくなりました。ただ一生懸命、走ります。ゆんたんと大爺の待っているお家に向かっていることを信じて、ただひたすら。 
      「あっ、ここ、おうちのちかくだ」 
       やっと、やんたんにも見覚えのあるところまで来ました。やんたんは息を切らしながら、精一杯走ります。 
       最後の曲がり角を曲がって…とうとうおうちのすぐそばです。泣き笑いで門に向かうと、門の前には…黄色いあひるのかっぱを着たゆんたんが立っていました。 
      「やんたん…どこいっちゃったの?」 
       目に涙をうかべて、哀しそうにつぶやいています。 
      「ゆんた〜〜〜〜ん!!」 
       やんたんは大声で叫んでばしゃばしゃ走りました。気がついたゆんたんも、こっちに走ってきます。 
      「ゆんたん…ゆんたん!」 
      「どこいっちゃったのかって、しんぱいしてたんだよぉ。たーいえがさがしにいって、ゆんたんもいきたかったけど、『ここにいろ』っていわれて…わーん!」 
       ふたりは、だきあってわぁわぁ泣きました。もう泣かなくったっていいのに、なんでか涙が出てきます。 
       大爺も戻ってきて、ふたりはお風呂に入れられました。あがってからやんたんは叱られてしまいましたが、ちゃんと帰れて本当にうれしかったので、素直に聞いています。 
       その晩、やんたんはゆんたんにらくがきの理由を教えてもらいました。 
      「あのね、そーそーのとなりにいるの、これ、やんたんなの。で、こっちがゆんたん」 
      「そうだったんだ…。なのに、おこったりして、ごめんねゆんたん」 
      「ううん。ゆんたんこそ、だまってかいたりして、ごめんね」 
       改めてなかなおりです。ふたりで一緒のおふとんに入って、眠りました。 
       夢の中で、英雄達と一緒かもしれませんね。
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