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       「哈!」 
       ヤンの声と共に、槍雷連撃・最後の旋脚が決まる。そのままユンはダウン! 
      「あぁ〜〜〜っ!」 
      どさっ! 
       背中から地面に叩き付けられた。 
      「哥哥…俺の勝ちだぜ……」 
       あくまでも穏やかに、表情一つ変えずにヤンが言い放った。 
      「ち……くしょ…ぉ……」 
       上院近くに蹴腿を食らい、朦朧とし乍らユンが弟を見上げる。 
      「さ、立てよ哥哥。約束だからな」 
      「……わかってるよ」 
       吹き飛んだ帽子を深く被り、半身を起すユンにヤンは手を差し伸べる。 
      「…ったく、ンな事言うんじゃなかったぜ」 
      「哥哥が言い出した事だからな」 
       その手を取ってユンは立ち上がる。 
      「さて……何をしてもらおうかな……」 
       口元に笑みを浮かべるヤンが、ユンには恐ろしく思えた。 
      「いっやだぁ〜〜〜〜!」 
       菜館の屋根が吹き飛ぶんじゃないかという様な大声で絶叫するユン。 
      「いくら何でも、冗談だろ、ヤン!」 
      「ほーう……哥哥は俺が冗談でこんな事言ってると思ってたんだ……ふーん、よーく解ったぜ…」 
       ヤンの背後には、マンガでいうならおどろ線の様な、怪しいうどろうどろした妖気が見える。 
      「俺に勝ったら、溜まりに溜まった宿題、俺に全部やらす気だった癖に」 
       それが目的だったんだろ、と見事に図星をつかれる。ユン、絶句。そんなユンにおかまいなしに、ヤンは本題に入る。自分の後ろに置いてある箱を開け、中味を取り出した。 
      「さ、これを着てもおうか」 
       ばさばさと用意していた服をユンの前に差し出す。 
      「まじかよぉ〜〜……」 
       この世の終りでも見ているかの様な絶望的な表情でその服を見つめるユン。 
      「今日一日、哥哥には俺の彼女になってもらおう」 
      「いっやぁ〜〜〜!」 
       嫌がるユンを無理矢理引き連れ、人民服を剥ぎとって功夫服も取ってガーターを履かせ、胸に思い切り養命球を詰めた上でロングのチャイナドレスを着せるのだった。 
      「何だってこんな服が揃ってんだぁ〜〜!離せヤン〜〜〜!」 
      「大人しく、観念してもらおうかな」 
       チャイナドレスが動きにくいのを良い事に軽く腕を決めると椅子に座らせ、おさげの紐を解いて二つに分けて結い上げるのだった。流石にここ迄されると、ユンも抵抗する気も失せて自棄になってしまった様で観念したかの様に、なおかつぶう、と頬を膨らませて、続けてヤンがメイクをするのを受け入れていた。ローズピンクのルージュを塗って赤いシャドウを入れる……しかし、ヤンちゃん器用ね。そして、ヒスイのイヤリングと金色の5本組の腕輪を付けた姿でユンは姿見の前に立たされた。 
      「……………!」 
       ユンが見たものは多少肩ががっちりはしているものの、稀代の美少女の姿だった。 
      「……何だって俺が…!」 
      「何言ってんの、可愛いよ」 
       ヤンはからかう様な視線を向ける。 
      「可愛いって言われても嬉しくない!第一、このハデな下着迄何処で手に入れたんだよ!」 
       そう言い乍らユンがドレスのスリットから思い切り腿を見せると、レースのガーターベルトが露出した。 
      「ふふ、気にしない。童夢だって協力してくれたし。着せ方も教わった」 
      「…童夢か……くっそぉ〜…」 
       僕には逆らえないユンちゃん。実は、もう2人協力者が居るんだよ。 
      「今日一日、哥哥は男言葉の使用禁止」 
      「まじ!」 
       約束の続き…つまり、『1日何でもいう事を聞く』という条件はまだ続くのである。ユンは不平不満の声を上げる。 
      「その服、スリットがきわどいから、足技使用禁止」 
      「ちょっと待てよ!」 
      「だって、下着が見えちゃうだろ?女装だっての、バレるぜ。」 
       あっさり言いきるヤンにユンは返す言葉を失う。 
      「大人しくて、可愛い彼女になってくれよ、哥哥…否、ユンファ」 
       からかう様に、ヤンは適当な女名にしてユンを呼んだ。 
      「ヤン…俺の事、馬鹿にしてるだろ……」 
       そのユンの言葉に対して意味を含んだ様な視線を返すだけだった。 
      ………こちらリー・ヤン。第1作戦成功。ただいまより昇龍軒に移動します。 
      「いらっしゃい…あら、ヤン」 
       昇龍軒に無理矢理ユンを連れて来たヤンが店の中に入ると早速ホイメイちゃんが声をかけた。 
      「あぁ、ホイメイ」 
       後ろの美少女(?)に気が付いて、じっと彼女を見る。見られた方は、最初からではあるが、ホイメイちゃんに見られてるのが恥ずかしいらしく、茹でダコの様に顔を赤くしている。 
      「……ヤン、その娘、誰?」 
       ちょっと嫉妬した様な言い方をするホイメイちゃんにヤンはあっさり答える。 
      「紹介するよ、俺の彼女」 
       ホイメイちゃんは彼女の顔をもう一度じっと覗き込んでからにっこりと笑った。 
      「初めまして、あたし、ホイメイ。貴女は?」 
       更に顔を赤くして、上ずった様な言い方で 
      「……ユ…ユンファ…です」 
       そう答えるユンにホイメイちゃんははたと止まってからもう一度微笑んだ。 
      「照れる事ないじゃない、ユンファさん。ね、ヤン、ちょっといいかしら?」 
      「ん、なに?」 
      「どうせなら、マニュキア入れていいかしら?塗ってあげるから」 
      「こいつ、自分じゃこういったの興味ないから、どんどんしてやってくれよ」 
      「ちょ……」 
       ユンが何か言おうとしたがヤンに口を塞がれる。ホイメイちゃんは一度奥に行ってマニュキアを持って来ると、早速色を選んで塗りはじめた。 
      「結構苦労している手ね」 
       短い爪にクリアなピンク色のマニュキアを塗ると 
      「乾くまでさわっちゃ駄目よ」 
       と言って二人に俳骨飯を用意した。 
      ………こちら、リー・ヤン。第2作戦成功。本人気付かせず、どうぞ。 
       ホイメイちゃんはいきなりユンを上から下まで舐める様にじぃーっと見つめ、ため息を付いて言い出した。 
      「それにしても、ユンファさんってスタイル良いわねぇ…」 
      「え?」 
       唐突にそう言われてユンは戸惑った。ここぞとばかりにホイメイちゃんは耳元で囁いた。 
      「ね、サイズ幾つ?」 
       ホイメイちゃんは意地悪く(表情では羨ましそうに)ユンの詰め物の入った胸(入っているのが小型の養命球な為、触り心地は本物そっくり)をつつくとユンは更に顔を赤くした。(因みに養命球とは謝老師が編み出した健康器具で、叩いても落としても割れない、中に特殊な水の入ったボール。人体に攻撃した時と同じ感触が味わえます…詳しくはBABジャパン発行の"武藝1997年秋号"または同社から出たビデオ"巧夫王謝柄鑑老師五虎小林拳"をご覧ください) 
      「そうだな、結構骨格がしっかりしてるし、上から98・65・89ってトコかな」 
       何を質問したかをヤンが悟って推測を言う。流石にユンは恥ずかしくなった。 
      「馬鹿っ!」 
      ばし! 
      「……ッッ!何するんだよ、ユンファ」 
       頭を振りながら打たれた処を抑えて言うヤンに、ホイメイちゃんはにっこり微笑んで言った。 
      「今のはヤンが突っ込みすぎよ」 
       笑っているのは二人だけで、当のユンは恥ずかしさに顔すら上げられない。 
      ………ホイメイに俺の正体バレてねぇのかぁ?だとしても……俺…… 
      「ん?ユンファ、もう腹一杯か?」 
       うつむいてしまったユンに優しく声をかける。ユンは身動き一つしなかった、が、そのままホイメイに伝票を渡し、会計を済ませた。 
      「これから二人でお出掛けね。頑張ってね、ヤン」 
       そう言って明るく手を振るのだった。 
      ………こちら、ホイメイ。第3作戦成功。食事後二人で街へ繰り出す予定、どうぞ。 
      「何だってよりにもよってホイメイんトコ行くんだよ!」 
       昇龍軒を出て暫くするとユンが不満気に大声を出す。 
      「哥哥…否、ユンファ、今日は男言葉禁止」 
      「もう、いや……」 
       そう言ってうつむくユンの肩を抱いて歩き出そうとする。 
      「ホイメイにもバレなかった位の化けっぷりだ。安心しろって」 
      「……本当かよ……?」 
       ユン、疑いのまなざし。 
      「何時ものホイメイなら、大爆笑するに決まってるだろ!」 
       確かに、そうだろうとユンは思った。 
      「そんなに不安なら、抱き締めてやろうか?」 
       冗談混じりの顔でヤンがからかう様に言うと、ムキになって 
      「いらない!」 
      「ハハ…冗談に決まってるだろ、もう」 
       男同志で抱き有ってたまるか、と付け加えてヤンはユンの肩を抱いた。そしてそのまま街の屋台通りを二人で歩き出す。 
      「こうしてると、本当の彼女みたいだな…ハハ」 
      「お前が言ったんだろ」 
      「哥哥、言葉」 
       そう言いながらユンの唇に人さし指を当てるヤン。人前に出ると、自分の事は"ユンファ"と呼ぶ。何か、からかわれるにしても妙に用意周到な……。
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