第2回 リュウ・クスバートの驚き
リュウ・クスバートと隈取りの力士はいい気持ちで、ブライト・リバーさしてガタガタ8マイルの道を進んでいた。リュウは彼なりに大和魂を楽しんでいた。
リュウがブライト・リバーについて見ると、汽車の影かたちがないので、これは早く着きすぎたかな、と思い、大八車と隈取りの力士を停めて駅のプラットホームへ向かった。長いプラットホームには人気がなく生きているものといえば、ホームの一番端で目をつぶって無愛想に馬歩の基本姿勢をとっている少年が一人、いるだけだった。リュウはそれが人だということにも気が付かず、その方を見ずに出来るだけ足早に通りすぎた。
リュウは切符売り場に鍵をかけて帰ろうとする駅長を見つけ、すかさず5時半の汽車のことを尋ねた。
「その汽車なら、もう30分も前に通ったよ」駅長はてきぱき答えた。
「でも、あんたにお客さんなら、そこのホームの端で修行している子だよ。わしは此処で待ってろって言ったんだが、修行するなら外の空気の中でした方が大地を感じることが出来るってな。変わった子供だよ」
「俺が待っているのは、愛想の良い子なんだが…」
駅長さんはそんなリュウにひらたく返す。
「否、スペンサー夫人が連れて着たのはあの子だけだ。いっそあの子に聞いてみたらどうだい?無愛想だが確かに一人前の口を聞きますよ」
腹が減ってる駅長は、呆然としているリュウを放っていってしまった。リュウは仕方がなく、無愛想な少年の方へ歩いていった。
少年は16歳位。着ているチャイナ服は白地に白糸で5本の爪を持つ龍の模様が施されて、赤い縁とボタンが付いている。履いている功夫ズボンもまた赤い。そこそこ鍛えられた身体にそのノースリーブの、裾の長いチャイナ服はきついのだか身体にフィットしている。真っ赤な長い前髪はピン、と伸びて突き刺さるのではないかという位、癖がついている。無心に馬歩の基本功をこなす姿は非常に無愛想だった。
しかし、リュウは自分から口を割る、という手間を省いて貰った。リュウの気配を察知した少年は、馬歩の姿勢をといて普通に立ち上がる。
「あんたが『少雀の切妻屋根(スザク・ケイブルズ)』のリュウ・クスバートさんか?」抑揚のない声で尋ねる。
「あんたに逢えて光栄だ。もしかしたら、来てなんかくれないのではないかと思ったからな。もし、今夜来なかったら、俺はそこの曲がり角の、あの大きな桜の木に登って一晩暮らそうかと思ったんだ。俺は、ちっとも怖くなんかないし、それに、月明りの下で俺の切掌でこの木を打ち倒すまで修行が出来たら、"神槍"とうたわれた李書文公の気分を味わえるからな」
リュウはおずおずと少年らしく鍛えられた手を握っていたが、即座にどう答えたら良いか分からなかった。こうして無愛想ながらに目を輝かせている少年に事の行き違いがあったことはチュンリーに言わせることとして、リュウは少年を大八車に案内した。
「遅くなって悪かったな」少年の言葉が切れてようやくそれだけが言えた。そうして少年を大八車に乗せて、隈取りの力士に引っぱらせる。そしてこの少年は、良く喋った……この抑揚のない調子のまま。
丁度、大きな煉瓦の道がある。
「なぁ、リュウさんはこの道にどんな歴史を感じるか?」少年はリュウに尋ねる。
「さぁ、俺が産まれる前から在ったって位かな」リュウは答える。
「俺には悠久の歴史を感じるぜ。丁度そこの窪みが、長く功夫を積んだ小林寺僧の心意把の震脚の跡のようだ。あの沈み具合からだと、余程凄い震脚を踏んだんだろうって、俺は想像出来るぜ。俺が震脚を踏む時も、それこそ大地の力と俺の発けいとが組み合わさって、地震でも起きたかのような振動が起こせたら最高だと思うぜ。そうなった時を想像すると、回りの人が俺の功夫の具合を褒めてくれるんだろうって、そう思うぜ。そうなりたいって思いながら、俺はひたすらに功夫を積むんだ。そうして、小林寺に入門して修行僧になるのも想像するんだ。でも僧だから、俺は丸坊主にならなきゃならないんだぜ。なぁ、リュウさん。あんたは、俺の髪をどう思う?」
抑揚のない口調で延々とおしゃべりを続けた少年がいきなり話を振る。リュウは少年の癖の在る髪を見て「スネ夫か、トロワだな」という。
「やっぱり…」抑揚はないが、わずかにがっかりとした口調でいう。
「そう、みんな俺のことを『スネちゃま』とか『トロワ』とか言うんだ。俺だって、好きでこんな癖っ毛に産まれたことはないのに、みんなそう言って俺の事を笑うんだ。功夫の事はひたすら頑張って、想像すれば幾らでも頑張る気にはなれるんだが、この癖のある髪だけは、もう自分で認識してしまっているからな。いくら俺は丸坊主だ、短い刈り上げだと思っても、この真っ赤な前髪が視界に入ると全てが崩れ去る。だが切ったところで癖が変わる訳じゃない」
「確かに、それと修行は関係がない。馬鹿にされる筋合いはないな」リュウは納得したように答えた。リュウ自身、この無愛想な少年の抑揚のない修行話を聞いているのが楽しくなってきたのだ。
「嬉しいぜ。俺、リュウさんと気が合いそうだ」抑揚はないが、嬉しそうにいう。
「処で、このアヴォンリーには、俺の良い修行仲間になれそうな奴はいないのか?そうだな、俺と同じ歳位の」少年が尋ねる。
「バーリーさんところには、お前と同じ位の子がいるよ。ユンといったな」
「ユン!それは気が合いそうな名前だな!」
「そうなのか?俺には適当に辞典でも開いてつけた名前だと思ったがな」リュウはいう。
「ユンという字には『雲』『運』『芸』とかいう字が当てられるが、『雲』だったらどっしりとした大空の力強さを、『運』の字だったらそれで大地を動く力強さ、『芸』の字でも人間という意味を感じる。『芸芸衆生』っていうのは、仏教用語で『命在る多くの生けるもの』って意味なんだ。そういう意味合いから考えると、なんて素晴しい名前を持った人なんだ」
そうこうしているうちに隈取りの力士が引く大八車はスザク・ケイブルスに着いた。
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