赤毛のヤン

第1回 イライザ・リンド夫人の驚き

 アヴォンリー街道を下っていくと、小さな窪地がある。イライザはそこにケンと息子のメルと住んでいた。
自分の事は棚に上げて、人の事におせっかいをやいたり、噂にする人はアヴォンリーには少なくはない。しかしイライザは村のなかでは誰よりも噂にたける人であった。
 そんなイライザが、普段自分の畑と修行場から出ることのないリュウ・クスバートが、綺麗な白い道着を着込み、隈どりの力士と大八車を押しながら街道を走っているのを見たからたまったものではない。これは何かあったんだな、と思いイライザは『少雀の切妻屋根(スザク・ケイブルズ)』に向かって、チュンリーに訳を聞いて見ようと思った。
 スザク・ケイブルズのクスバートの家に着き、ノックをすると「お入り」という簡単な挨拶が聞こえる。その声がチュンリー・クスバートのものであるのは説明不要。中に入ると既に午後のお茶の用意がしてある。リュウとチュンリーの兄妹二人きりの家な筈なのに、3人分のお茶の用意がしてある。別にこれはイライザが来るためにそうした訳ではない。先程のリュウといい、何かあるのだろう。
「私が来るために、この準備じゃないわね。先刻リュウが出かけていったでしょう?一体何があったの?」
「リュウはね、ブライト・リバーまで行ったのよ。孤児院から愛想のいい子供を一人、リュウと私の修行相手にと思ってね」チュンリーは淡々と答えた。その子供は、ガイル氏が孤児院から選んだとっておきの子で、5時半の汽車でユリア・スペンサー夫人が連れて来るらしいのだ。
「本気で言ってるの?」
 信じられない、と言った表情でイライザが尋ねると、チュンリーは大きく頷いた。
「勿論、本気ですとも。私もリュウも、お互いだけが修行相手じゃ、ちっとも進展しないのよ。確かにケンだって相手になってくれるけど、そうしょっちゅう相手して貰える訳ないでしょう?イライザ。私たちが面倒見やすい、畑の手伝いもしてくれる様な愛想の良い男の子が欲しいんです。そう、スペンサー夫人にお願いしたんですよ」
 この兄妹なんかに、子供の教育などが出来るのだろうか……イライザは少々不安になった。イライザはリュウがその子供を連れて来るまで待っていたかったが、まだ2時間は有るのと、いい加減、家に戻らなければならないこともあり、そこでチュンリーに暇を告げ、スザク・ケイブルズを辞していった。そして、この一大ニュースを広めたいと思ったのだ…しかし、スザク・ケイブルズの修行好き兄妹であるクスバート家が子供を引きとるなんて、黙っていてもアヴォンリー中の話題になる事であろう。

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