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        ユンちゃんも、風邪ひいてねんね。そんなユンちゃんをヤンは徹夜で看病してあげるのでたった……が。 
      「………」 
       次の日の朝、目が覚めたユンはゆっくりと身体を動かす。ベッドの縁に突っ伏して寝て居るヤンが居る。そんなヤンを起さない様、ゆっくりと起きようとして… 
      「うわっ!!」 
       着ていた寝間着の裾をふんずけてその儘前に転んだ…勿論、ヤンの後頭部直撃。 
      ごん! 
      「いでっ!」 
      「わっ!」 
       その儘ころんと転がったユンはヤンのいる方と反対側のベッドの縁…つまり、窓の桟に当る。驚いて頭を上げたヤンは何が起ったか一瞬理解出来なかった。 
      「寝ちまったか…あれ、哥哥?」 
       ベッドの中に、ユンがいない、代りにいたのは…… 
      「いってぇ…何コケてんだ、俺……」 
      「何だこのガキ…?」 
       おさげ頭の、6〜7歳位の子供がいる。 
      「あれ?ヤン、いっつの間にそんなに大きくなったんだよ?」 
      「哥哥のガキの頃に似てるな、お前…」 
      「何ふざけてんだよ!ヤン!」 
       ヤンは目の前に子供をひょい、と抱え上げると、その儘床に立たせる。ユンの寝間着を着ているが、はっきり言ってぶかぶか。そのまましゃがんで目線を合わせる。 
      「さぁ、僕はいくつかな、名前言ってみようね」 
       しゃがんだヤンと目線が合ってしまったユンは自分の身体と、手とを見比べ…… 
      「わぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!身体が小さくなってるぅ〜〜〜!」 
      「な、何だこいつ…」 
       更にじっと、ヤンは子供の顔を覗き込んだ。子供は大きく息をついて叫ぶ。 
      「ヤン!俺はユン!お前の双子の兄貴のユンだよ!」 
      「………哥哥?」 
       もう一度、子供の顔を覗き込む。確かに小さい頃のユンそのまんまだ。 
      「ったく!お前は何時だってそうしうれっとしてて!意地が悪くて!1週間菜館の掃除当番サボった位で俺のスケボー取り上げるし!ガキの頃俺が壊した花瓶をお前の所為にしようとして………あ……」 
      「……このバカさ加減、哥哥だな」 
       言ってる事が、自業自得ばかりの内容。 
      「本当に哥哥だな?」 
       疑り深い目つきでヤンは目の前の小さなユンの顔を覗き込んだ。 
      「そうだよ!」 
       大声で叫ぶと小さなユンは頬をぶぅ、と大きく膨らませてヤンに向き直る。 
      「ボードでコケて、俺の服破いたな?」 
      「きちんと謝っただろ!」 
      「数学で赤点とって留年しそうになったな?」 
      「あんなもん、人間のやるもんじゃねぇ!」 
      「………」 
      「もう!いい加減納得しろ!ヤン!ラムネが飲めなかったのも、ビー玉欲しさに飲み終る前にラムネの瓶割ったのも、大喬のコスプレしたのも、骨董品屋の関羽像壊したのも全部俺だよ!」 
      ……………墓穴。 
      「分かったよ、哥哥。こんな馬鹿な奴、哥哥しかいないよ」 
       それが兄貴に向かって言う台詞であろうか…酷い言われ様である。 
      「でも哥哥、何で身体が小さくなったんだ?マンガじゃあるまいし……」 
      「俺だってわかんねぇよ!」 
       ひょい、とユンを抱えて、ヤンはユンの額に自分の額をくっつける。 
      「ん〜〜〜…熱はないな。しかし、風邪薬の調合がまずかったからか?あのじーさんとこの漢方薬、怪しくて有名だしな…」 
       抱えられた状態でユンはじたばたと暴れる。 
      「放せ!ヤン!俺、ガキみたいじゃねーか!」 
      「ガキだろ、今の哥哥は」 
       反論不可。 
      「今、哥哥のガキの時の服、持って来てやるから、それ着て食卓で待ってろ…って、哥哥、椅子に届くのか?」 
      「馬鹿にすんなよ、ヤン……」 
       そう言いながら、ユンのベッドにすわらせた。…しかし、全く冗談にも聞こえなかった様で、ドアノブに手が届かなかったり、椅子に登るのも四苦八苦だったり…… 
      「しかし、この身体じゃ学校行けないからな。折角サボれたのに、学校休みだし」 
      「哥哥、小学校行ってきな」 
      「冗談じゃない!」 
       しな鍋を持ってヤンがやってくる。今日のごはんは炒飯だ。 
      「ほら、哥哥、たっぷり食って大きくなれよ」 
       ヤンは皿に炒飯を盛り、その脇にうさぎに剥いた林檎を一つのせ、プッチンプリンの上にさくらんぼを載せたガラスの器までユンに差し出した…これではまるでお子様ランチである。 
      「何かムカつくけど、反論出来ねぇ自分が悔しい……」 
       パンダの絵の付いた、子供の頃からの愛用のスプーンを握り締めるユンだった…… 
      「スケボー位は乗れるからな!」 
       愛用のスケボーを取り出し、てけてけと外へ走っていくユン。ヤンは愛用のブレードを取り出し、玄関先ですっと立ち上がった…… 
      ごん! 
      「てっ!…何だ、額縁か…?って、これ、俺の頭に当る高さにあったっけ?」 
       指を差して笑おうとしたユンが改めて切り出す。 
      「何かさ、ヤン、声、変じゃないか?風邪ひいたか?いつもより、声低いぜ」 
      「否、別に喉は痛くない。でも変だな、何となく…視界が高い」 
       その答えは、意外な処で分かった。ユンと共に昇龍軒の前を通った時だ。 
      「おはよう、ホイメイ」 
      「ヤン……よね?」 
       二人はホイメイの前に止まるとホイメイに向き直す。「やっぱり、ヤンだっのね」 
      「どういう意味だよ、ホイメイ?」 
       小首をかしげるヤンにホイメイは答えた。 
      「何か、背が高くて大人っぽいから、良く似た人かと思ったの。それに子連れだし」 
      「子連れ……」 
       勿論、ユンの事だ。 
      「何か、今日のヤン、格好良いな……」 
       照れながら言うホイメイにヤンも照れる。 
      「な、何だよ、いきなりそんな事……」 
       一人、ぶぅと頬を膨らませているのは、ユン。 
      「処でヤン、ユンの風邪はよくなったの?……ねぇ、そこの可愛い子、誰の子?」 
       勿論ユンを指して、である。その言葉にヤンはクスっと笑い、言われた当人の方は更にぶぅ、と頬を膨らませてすねる。 
      「ホイメイ、もし、こいつが哥哥だって言ったら信じるか…?」 
      「…ユン……?」 
       ホイメイはヤンの脇の小さな子供の顔をじいっと覗き込んだ。そして顔をほころばせて子供の顔の高さに屈みこんで言った。 
      「ユンの小さい頃、そっくりね」 
      「俺がユンだよ!ホイメイ!」 
       ユンがムキになって絶叫する。 
      「この前昇龍軒で食い逃げして責任ヤンに押し付けたのも、ホイメイの大切な人形壊したのも、給食のプリン、ホイメイの分まで食ったのも、全部俺!」 
       ………またしても、墓穴。 
      「ユン……?」 
       改めて、ユンの顔を覗き込む。 
      「そうね、こんな馬鹿な事言うのはユンしかいないわ。でもヤン、どうしたの。ユンが幼児化して、ヤンがその分成長したみたいね」 
      「あのいかれじーさん処の漢方薬の所為じゃないかと思う、俺」 
       ひょい、とホイメイはユンを抱える。 
      「こら!降ろせホイメイ!」 
      ホイメイはフフ、と笑うとユンを降ろし、 
      「ユン、今日はあたしの事、『おねえちゃん』って呼んでもらおうかしら?」 
      「そうだな、俺も『ヤン兄ちゃん』呼びかな」 
      「う〜〜〜、二人揃って俺の事馬鹿にしやがってぇ〜……ヤン!俺はお前のお兄ちゃんなんだぞ!」 
      「そんな事言ったって、今の哥哥じゃ俺の兄貴には見えないけどな」 
       今度はヤンがユンを抱えてだっこ。 
      「ヤンの子供みたい!」 
       ホイメイが二人を指差して大爆笑をする。 
      「で、誰の子だよ」 
      「そうねぇ〜…例えば捨て子とか、孤児とか、やもめとか……」 
      「取り敢えず、こいつの面倒見るの、手伝ってもらおうか、ホイメイ…なんてな」 
       二人で何故か盛り上がるのだった。 
      「くっそー!今日はケンとのストリートファイトなのにぃ!こんなんじゃ、側蹴腿も届かねぇよ!」 
      「代りに俺が戦ってやるよ、ユンちゃん」 
       強調するように『ユンちゃん』と言うヤン。 
      「ちっくしょー!俺の方が兄貴なのに!」 
      ヤンの腕の中でじたばた暴れ、強引に飛び降りると、改めてスケボーに乗る。 
      「とにかく!ファイトはやるからな!ヤンは黙って見てろ!分かったな!」 
       そんなムキになるユンに二人はクスクスと笑うだけだった。と、店の奥から一人の小さな女の子が出て来た。ホイメイの妹である。 
      「お姉ちゃん、どうしたの?」 
      「おはよう」 
       妹に声をかけてきた、ヤンに似た背の高い男に驚いたので、ホイメイが詳しい事情を話す。飲み込みの良い彼女は理解するとユンの横に並んだ。 
      「ユン兄ちゃん、あたしより小さいね」 
      「くっそぉ〜…お前にまで言われるか…」 
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