消えた部室の食料
Act.9 場外乱闘

 次の日の放課後である。
 捜査本部である創研部室前には、クラスの掃除当番に当っていなかった蘭と玲亜が居た。そして掃除当番だから、鞄だけ置きに沙羅がやってくる。
「あ、沙羅ちゃん」
「悪い、入れといて」
 蘭に手を振って、沙羅は生物講義室へと去っていった。その沙羅と入れ替えで、万年非番で部室の鍵を持ち預かっている稀がやってきた。
「はにわー」
「ハヲー」
 ……稀と玲亜にしか通じない挨拶である。二人は有名な埴輪『踊る人々』のポーズをとってこの台詞を言うのだ。
「…稀さん、さっさと開けて」
 その様子を見慣れても呆れ半分の蘭が言うと、稀は校則違反の鞄のポケットから鍵をとり出し、ガチャリと音を立てて鍵を開ける。まず部長席である一番奥に座る蘭が先に入り、稀が沙羅の鞄を拾って沙羅がよく使うテーブルの上に置き、そして自分は定位置に座る。蘭の隣の机に亜李沙が座って、昨日の捜査ノートを取り出した。その頃にはHRが終り、掃除当番のない1年生達もわらわらとやってきて、入り口付近の机に荷物を置いている。暫くして掃除当番の終った沙羅と、丁度その辺で会ったのか剣もやってきた……処で捜査員が揃った。他、雅や玲亜達もやってくる。
 先日買った単行本の話をしていた凛乃が、ふと、かなり整頓された机の上を探った。
「あれ、先ぱーい、何か綺麗になりましたね、此処」
「昨日もっと凄かったんだから」
 と、得意げに蘭が答える。稀は沙羅が鞄からメモ用紙とシャーペンを出すのを待っていて、その儘外に出ようとしている処だった。
「あれ?そう言えば、昨日『こつぶっこ』1袋残しておいたんですよ……見ませんでした?」
と、言うなり……
「ない〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
「何処に置いておいたの?」
 凛乃が大声を上げたので、亜李沙が会長席の食料保管庫を探るが、ない。
「亜李沙ちゃん、昨日そこに入れた時も見てないよね?」
 蘭が答える。
「昨日此処にある私の描きかけの絵の上に乗せといたんですよー!」
「それだったら俺も気が付きますよ」
 片付けを手伝った剣も言い出す。そのやり取りに首をかしげていた凛乃をはじめ、雅達に、昨日この部室で稀の肉まんが何者かによって盗まれたこと、他、キットカットやポリンキーを勝手に太郎が盗んだことなどのあらましを話した。
「そうだったんですかぁ、じゃ、私の『こつぶっこ』の犯人も探して下さいよ!」
「おっけー、まかせて。じゃ、稀。さっそく捜査に当ろう」
と、凛乃に頷くと、稀の肩を叩いて促し、沙羅は部室を出た。

「ねー、稀」
 部室を出て、沙羅が稀に尋ねる。
「なーに?!」
 今の稀は、結構落ち着いている。
「もしかして、『こつぶっこ』の犯人が肉まんの犯人と一緒だとしたら?」
「亨先輩」
 思いだしたかの様にあてつけで言い出した。先輩を探すために歩き出したが、話をしながらだったからか、地学室も科学実験室も通り過ぎ、物理講義室の前迄来ていた。取り敢えずもう一度聞き込み、と思い、沙羅はその儘物理講義室の扉を開けて中に入る。追いかける様に稀も中に入った。中に居る面々に声をかける前にふと、沙羅が入り口近くの山のようなごみ箱に捨てられたごみに気が付いた。
「あれ?こつぶっこ……」
 その一言に、稀の声が変わる…
「沙羅……こつぶっこ……?」
「そうだねー……凛乃の『こつぶっこ』がね……」
 稀の方は若干怒気がこもりかけ、沙羅の方も疑惑の口調だ。
 その時、物理講義室にいたのは舞、貴岐、保、そして大輔の5人。
「あー、それね。昨日COCOが食べてた奴だよね?」
 舞が言う。その言葉に貴岐と保が「うんうん」と頷いて、大輔が「あ、やべぇ」と言う顔をして稀から遠ざかろうとした。それよりも素早く稀がつかつかと歩き出す。
「おい、これはどういう事だ?!」
 既に稀は叫びかけている。じりじりと退路を塞ぐように。
「し、知らないよぉ!」
 そのやり取りに舞が沙羅に尋ねた。
「こつぶっこがどうかしたの?沙羅ちゃん」
「あぁ、凛乃のこつぶっこが昨日なくなってるの、だから」
 稀と違い冷静に舞に答える。舞は「あーあ……」と、ため息を付いた。そして大輔は稀から逃れようと、講義質の椅子をバリケードの様に稀に押し出しながらベランダの方へ向かう。
「白状しやがれこの野郎!!」
 その叫びに、沙羅はさっと廊下に出て胸ポケットの中のミラーコームの鏡を蛍光灯に反射させるという合図をした。その光を見てすぐに『ドドドド………』という足音がする…剣率いる機動隊の到着だった。ガラガラ、と勢いよく扉を開き、大きな盾を持った剣を先頭に、他、『こつぶっこ』を取られた凛乃本人や雅、汰愛良達も盾を持って突進する。椅子で必死にバリケードを築いて逃げようとした大輔は、剣の盾に抑え付けられ、暴れて逃げようとするが、他の機動隊員達の盾にも殴られる様に抑え付けられ、しまいに稀に首根っこを掴まれて壁に抑え付けて両腕を後ろで手錠(玩具だが)で止められてしまう。濁悪世の如く乱れた物理講義室に残ったものは、呆気にとられた舞・貴岐・保の3人、犯人を捕えた剣と稀、他、機動隊員達と沙羅、そしてボロボロになった大輔である。
「それでは、機動隊、解散!」
 犯人を沙羅に引き渡し、剣以外の機動隊員達は捜査本部に戻った。尋問に丁度良いので大輔を剣と凛乃に囲ませたまま、沙羅が尋問を始めた。剣に取り押さえられ、『こつぶっこ』を取られた凛乃が背後から蹴りつつの尋問である。
「何でも言います、白状します!」
 もう完全に嘘は付けない状態である。沙羅は冷めた声で尋ねた。
「そのこつぶっこはどうしたの?」
「はい、昨日亨先輩が『今日はとれたてのこつぶっこもつけてやる』って言って、くれたんですよ…」
「何が『とれたて』よー、私のなのに!」
 大輔の背後で凛乃が言った。
「他には何か言ってた?」
 そんな状況だろうがお構いなし、冷静に沙羅が質問を続ける……沙羅の背後で稀が物凄い目つきで睨んでいるので、嘘なんか到底つけない。
「『今日はめっけもんなんだよ』とか言って渡されただけです……!」
 その一言に、稀が肝心且つ率直な質問をした。
「で、肉まんは?!
 『肉まん』を強調してドスの効いた言い方であった。
「先輩も持ってませんでしたし、俺も食ってません……本当です……!」
 確かに此処のごみ箱にも肉まんのごみはないし、紙は地学室で発見されたのだ。大輔の姿が流石に憐れに思ったのか、舞が無実を立証してくれた。
「COCOが食べてたのはそのこつぶっこで、肉まんじゃないのは確かだったよ」
「うーん……」
 今迄の証言を沙羅はメモをする。そして勝手に凛乃のこつぶっこを食べた件に関し、大輔が凛乃にお菓子を弁償することでどうやら御破算になりそうだ。また一つ事件が解決する、が……

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