消えた部室の食料
Act.9 包囲網布陣!

「食ったな…亨先輩……」
 長い特別教室棟の廊下を歩く稀には誰も近寄れない。沙羅も、機動隊も野次馬も5m程離れて歩いている。
「まーれー、もうちょっと落ち着いてー」
「…………」
 沙羅の言葉に返事もしない。背中に「滅」の字が上がらないのが不思議な位……将に『殺意の波動』に目覚めた(ByストZERO)状態である。
 そんな処、廊下の反対側から伝令役の玲亜が走ってきた。
「あれ、玲亜さんじゃないでぃすか」
 沙羅が目を細めて言った。稀は条件反射で、殺意も忘れて
「はにわー」
お約束のポーズをとってしまう。
「はヲ〜……、じゃなくて、本部からの伝令でーす」
「なんだーい?」
 構えを解いて、本来の仕事を伝えようとすると、何処ぞのかめのように全員が耳を傾けた。
「亨先輩は図書室にいるということです…………あーッ!稀さんまった!稀さん!早まってはだめです!停止しなさい!行動を中止するのです!
 亨の名を聞いたが速いが、図書室に殴り込もうとする稀を、機動隊長の剣が慌てて首根っこを掴んで押さえた。
「だぁってぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 背中から襟首を掴まれたまま、手足をじたばたさせながら稀が叫んだ。
「まぁ最後までお聞きなさい。本部長の考えでは、本人を直接問い詰めるのではなく、ある作戦を考えたということなので、機動隊も含めて沙羅さんも稀さんも一度本部に戻ってこい、という事です」
「ある作戦?」
 全員が口を揃えて鸚鵡返しをした。

「あ、帰ってきたね、じゃぁみんな席について、会議を始めよう」
 捜査員と機動隊長、そして伝令の玲亜が戻って来ると、蘭は正面にまた黒板を用意した。時間も時間なので、他の機動隊や1年生達は帰る準備をして帰って行く。稀はさっきより落ち着きを取り戻したようだった。
「で、その作戦ってどういうのなの?」
 沙羅が尋ねた。
「まぁ、そう慌てないで、お茶でも飲んで」
 亜李沙が入れたての紅茶を1人1人に渡した。既に入れる砂糖などの料は記憶しているので、そこまで入れてからである。そして自分のカップには、砂糖とパルスィートを多く入れたガムシロップの様な紅茶。全員に行き渡ったのを確認すると、更めて会長席…今は本部長席に座り、口を開いた。
「じゃぁ始めましょうか。まず、さっき玲亜さんに伝えてもらった様に亨先輩は図書室にいることが確認できたの。図書室は今日は5時ぴったりまで開いてて、多分先輩はギリギリまで居る可能性が大なの」
「受験生だもんね〜」
 沙羅がつぶやくと、皆うんうんと頷く。稀だけがちょっと我慢しきれない風に言い出した。
「だけどもしかしたら早く帰っちゃったりしない?したら早よ行かんと……」
「稀さん、最後まで聞いて。この調子で稀さんがすっ飛んでっちゃうと先輩も怖がるし、何よりも図書室にいる他の人に迷惑がかかっちゃうでしょ?」
 腰を浮かせかけた稀も、その意見に納得し、再び腰かける。蘭は紅茶を一口飲んで続けた。
「まずこの作戦で用意するのは…肉まん数個とガスコンロと蒸し器。蒸し器ってのは、茶碗蒸しとか作るとき使うやつね。あと…扇風機か団扇があればいいな。で、今、何時?」
「4時15分、ですね」
 普段なら、嘉門達夫の『渚のシンドバット』のマネをする剣が、真面目に自分の腕時計を見て答えた。その時、ようやく稀は冷め始めた紅茶をすすり始めていた。
「まずい、説明してる時間がないや。じゃぁ取り敢えず、皆で手分けして今言った材料集めてきてくれる?」
 机に両手を乗せて立ち上がると、蘭は皆を見回す。沙羅が続けて立ち上がって
「じゃぁ、稀と私で肉まんいづみやに買いに行って、剣くんは調理室に蒸し器盗みに行ってね」
「盗むんですかい!」
 思わず立ち上がる剣。
「へーき、先生そこまでチェックしないよ。じゃ、まかせた!」
 沙羅、お得意のフレーズでぴしゃり、と言いきってしまうと、もう剣はこれ以上反論できなかった。
「で、ガスコンロは……」
「地学準備に行けば、何か有るんちゃう?」
 稀が言った。
「じゃぁ私が地学室に行ってみる。じゃ、皆行って!」
 蘭がまとめた。沙羅がポンッと手を叩いて言う。
「あ、だけどこの部屋だけは無人にしないようにしなきゃね」
「大丈夫!私と玲亜ちゃんは絶対いるから」
 亜李沙がフォローする。そしてそれぞれの目的地に向かった。

 いづみやにいった沙羅と稀は………
稀「蒸し器も有るから、まだふかしてないのでいいんだよね」
沙羅「うん。その方が安いみたいだよ、そっちにしよっか」
稀「おげ、おばさ〜〜〜ん!肉まん一袋ちょーだ〜〜い」

 調理室に忍び込んだ剣は……
(家庭科研究室にはもう人は居ないようだ……家庭科の教室は全部つながってるって先輩が言ってたから……どっか一つに入ればいいのか……此処は……?『家庭科講義室』と……あ、鍵が開いてる!ラッキー!……よし入ろう……隣は此処からつながっているのか……鍵は…開いてる!またラッキー!……で、此処は……調理室ではないか!またまたラッキー!……蒸し器は何処かな〜……此処じゃなくて…あった!……一番大きいのを持って……よぉ〜し……窓から逃げるとしようかね……)

「たっだいまぁ〜!肉まん一袋買ってきた……」
 稀が元気良く言いかけると、その時部室に居た全員が叫んだ。
「しーッ!声が高い!」
 もう剣も帰ってきている。
「こんなでかいもの、見つからないように持って来るの大変だったんですよぉ」
「そりゃそうだ」
 稀が納得して頷く。
「ガスコンロはなかったけど、電気コンロはあったよ」
 蘭が、電気コンロの埃を落としながら言った。
「この部室、火気厳禁だし、丁度良いか」
 去年、教育実習に来て居た先生が創研の部室に残して言った『火気厳禁』のはり紙を見ながら蘭は自答する。 本部長らしく、蘭はささっと皆を仕切った。
「さ、時間がないから早くセッティングしよう。剣くん、1番テーブルちょっとこっちに動かしてくれる?後誰か蒸し器の下に水入れてきてくれない?」
「ポットのお湯入れた方が早いんじゃない?」
 亜李沙がポットを持って言った。沙羅は蒸し器を持ってドアから出ようとしていたが
「成程、その方が良いかもね」
と、Uターンして戻ってきた。時間はこの時16時35分。

 10分後、創研のマスコットの『よりとも』の描かれたドアの後ろに、隠して置いた1番テーブルに乗せられた電気コンロの上の蒸し器から盛んに湯気が出ている。それを見て蘭が言った。
「そろそろいいかなぁ…稀さん、肉まんと睨めっこしてないで、袋の口開けといてくれる?」
 玲亜が稀の前で肉まんの袋を左右に揺らして遊びながら言った。
「稀さんって、肉まんとぱんだ見ると人間が変わるみたい」
「だぁーって、かわいいんだもん」
 玲亜は亜李沙に肉まんの袋を渡し、その中から出した肉まんを蘭が蒸し器の中に並べる……その肉まんの移動一部始終を稀はじっと見つめていた……まるで番犬の様に。
「これで暫く蒸し続ければOKと…」
 それから暫くは沈黙の時が続いた。暖まっていく肉まんを眺めながら、蘭の考えた作戦とは何なのか、それぞれ考えていた。それからまた暫くした頃、突然稀が自分の飼い犬のチャッピーの様に鼻をくんくんしはじめた。
「う〜ん、肉まんの良きかほり…」
 辺りに肉まんの香りが漂った。
「わかった!」
 掌を拳で叩いて、突然剣が声を上げる。
「どうした、剣くん」
「この臭いで先輩を引き寄せようっていうんでしょ、これ。ずばり、そうでしょう!」
 蘭が勿体を付けてからふふふと笑って言った。
「その通り」
「成程。同じ尋問するのでも、あっちから来てもらった方がこっちにしたら有利な材料が出来るもんね」
 沙羅が感心して言う。
「もしこれで先輩が来なかったら、この間と同じ状況にして肉まん置いて試してみてもいいし」
 玲亜がいづみやの中華まんの袋を用意して言った。稀がチャッピーのままで言った。
「おいらが食べてもいい?」
 ぱたぱたと尻尾を振っているような嬉しそうな声である。蘭は
「終ったらね」
「う〜、わん!」
 将に稀犬状態である。
「あと、先輩が近づいてきたら隠れられる様に各自用意しておいてね」
 蘭がそう言うと、沙羅は取り敢えず自分の使う奥の6番テーブルの下を掃除してそこに座った。手前の3番テーブルの下に隠れる用意をしながらも肉まんの見張り番をしている。玲亜はロッカーの中に入ろうとしたが、無理だったのでしかたなく4番テーブルの陰に隠れる。亜李沙と蘭は一番奥の本部長席の裏だ。剣は機動隊の盾を持ってドアのガラスからは見えないドアの真下の位置に構えた。ドアが開けば一気に攻められる場所だ。
 時間はもうすぐ17時。部室に緊張感が張る。肉まんにつられて機嫌がよかった稀に顔にも緊張感と怒りが張ってきた。その時突然、
ピーッ ピーッ ピーッ
と、何かの電子音が鳴り始めた。蘭は本部長席に置いてあった、空だった菓子箱の中からトランシーバーを取り出した。
「はい、こちら捜査本部」
『こちら図書室の拓、亨先輩がテーブルの上の荷物をまとめはじめました。あっ、席を立ちました。これからロッカーから鞄を出して退出するようです、どうぞ』
「了解。監視を続行してね」
「成程。ちゃんと見張りも一人付けてあったのか」
 稀が感心する。玲亜はトランシーバーをいじって遊んでいた。
「みんな!静かに!隠れて!」
 蘭が制する。さっと、皆定位置に入り込んだ。物音一つしない部室というのは実に不気味だ。時が過ぎるのも非常に遅い。今では電気も消され、ドアが開いた時に照らせる様にサーチライトもセッティングされている。
 遠くの方で、立て付けの悪い図書室のドアがばたん、と閉まる音がした。
 そして近づいてくる足音。
「くるぞ〜」
「し〜っ!」
コツコツコツコツコツコツコツコツ
「くるぞ〜」
「し〜っ!」

 数秒後、部室のドアが開いた。
がらがらっ

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