消えた部室の食料
Act.5 カツ丼の出ない取調室

 その頃、捜査本部である部室では保と貴岐の取り調べが行われていた。ブラインドを降ろし、部室に並ぶ机を動かして一番奥の蘭の机…部長席にスポットライトを置き、パイプ椅子を並べてそこに貴岐と保を座らせる。正面にいて彼等を尋問するのは捜査本部長の蘭の役目だ。亜李沙は証言を記録するため、蘭の横に座ってノートを用意している。そしてポリンキーの行方がかかっている剣は竹刀を握り、二人の背後ですごみを効かせていた。
「先は、アリバイからね。今日の16:30位、何処に居たか。正直に言ってね」
「俺達はずぅ〜〜〜〜〜っと物理にいたよ」
 ふーん、と少々疑わしい表情の演技で頷く蘭。散々稀に締められたし、後ろの剣の気迫にも勝てそうもなく、ばれたら後が怖いことは明白なので、嘘はついていないと思うが、こうでもしてカマをかけておく必要もある。
「で、貴岐くんは、汰愛良さん曰く『だーっ、腹へったー…保、何かよこせー!!』と、喚いていたそうで…」
「でも、俺じゃないですってば!」
 額に大汗をかいて叫ぶ。これ以上の恐怖はもう勘弁だといわんばかりの貴岐である。
「それを証明できる証人は?」
「れ、玲亜先輩!今日は物理の部屋で遊んでましたから」
「そ、そうだ。玲亜先輩なら…」
「…………」
 蘭は、何とか疑いを晴らそうと必死の形相の二人の証言を、ずっとメモしていた亜李沙の方を見る。書きまとめられた証言を見て、もう聞くことの殆どは終ったかな、と思い、最後の質問をした。
「最後にさ、何か気が付いた事…今回の事件で関連のありそうな事があったら言ってみて」
「そう言えば………」
 首をひねっていた保が口を開いた。
「参考になるか知りませんけど、最近太郎先輩がやけに気前が良いんですよ」
…前述の理由故、太郎は後輩達からの人望はなきに等しいのだが。
「あ、そういやぁさぁ、大輔ってば、やたらお菓子ばっか食ってるなぁ。今日も食ってたし…此処最近だよ」
貴岐も続けて言った。保、貴岐両人の意見を亜李沙がメモする。まだ完全に容疑が晴れた訳ではないが、蘭は取り敢えず二人を帰すことにした。
 二人を帰してから、3人で証言メモを読み返した。此処で出てきた大輔という、もう一人の天文部1年生の存在である。
「確かに保と同じクラスだし、こいつも充分あやしい」
 剣が断言する。そして蘭も亜李沙も同様の意見であった。

「此処は国語科研究室前です。ボス、どうしますか?コマンド?」
「うーん、じゃ、場所移動。ピっとね」
「何処へ行きますか?『捜査本部・地学準備室・物理講義室・キャンセル』」
「えっと、『捜査本部』……ピっとね」
……と、殆どファミコンアドベンチャーゲームの様なやり取りを繰り返しながら、二人は捜査本部である部室に戻って来た。
「お帰り、紗羅ちゃん、稀さん。どうだった?」
 一番奥の部長席…現在は捜査本部長席に座っている蘭が声をかけた、が。
誰かが持って来ただってよぉ〜〜〜〜〜!!(怒)
 開口一番、稀はこの調子。
「稀、落ち着け」
 と、紗羅が宥める。しかし、肉まんに続け、自分でいただいてしまったとはいえキットカット迄取られている手前、機嫌は非常に悪い。
「そうそう、あの後二人の取り調べをしたんだけどね。亜李沙ちゃん、ノート出して」
 亜李沙が証言ノートを出して、貴岐と保の証言ページを開いた。
「二人のアリバイは、玲亜さんの意見と矛盾しなければ成立するの」
「今日、玲亜さんまだこっち来てないし、物理にいるっていうから呼んで来るけど」
 亜李沙はノートを蘭に差し出して、入口の方に向かおうとする。
「それで……此処見て。保の証言なんだけど『最近太郎先輩がやたら気前が良い』って…」
怒りの感情
 瞬間、稀の顔が阿修羅と化した。皆大慌て、紗羅が必死に宥める。
お待ちなさい!待機しなさい!まだ決まってはいません!決定してはいません!
 今にも太郎をぶっ飛ばす(その程度で済めば良いのだが…)のではないかという稀の襟首を掴む。
「稀さん!まだあるの!貴岐くんの証言の処…『大輔が此処最近やったらお菓子ばっかり食べてる』って」
 大輔の名を聞き、ぴくり、と稀が反応した。
「大輔…あのCoCo野郎が…」
 所詮、稀から見れば天文部の1年生共は下僕(手下)であり、それは万人が否定しない事実である。
「俺のポリンキーも!」
 剣まで大輔を疑う始末。しかし、有力容疑者である以上、恨まずにはいられない。
「まぁ……剣くん。玲亜さんに聞いて見るから、呼んできてくれない?」
 宥めるように蘭が言った。

-2 minute after-

「ちぃーっす、玲亜です」
 人さし指と小指を立てて、薬指と中指をまげて親指で抑える…ピースの変形のような手をする。玲亜のお決まりのポーズその幾つかだ。剣に呼ばれ、先程まで貴岐達がいた取り調べのパイプ椅子に座った。
「此処までセッティングが揃ってると、後はカツ丼があれば完璧だね」
 すっかり取り調べ室と化している創研部室を見回して玲亜が言った。
「とは言っても、盗まれたものが此処の部室の食料だから、流石にカツ丼出す余裕はないんだ」
 他に、お茶の葉や保管中のビスケット・砂糖なども、盗難防止の為に部長席である蘭の机…現在は取り調べ用机の引き出しに厳重に保管され、同時に管理されている。
「まずは貴岐くんと保と、一応玲亜さんのアリバイなんだけど」
 蘭が尋ねると、玲亜は腕組みをして言った。
「うん、16:30位は確かにあの二人は物理にいたよ。あの時、丁度秋吉台先生(稀・拓の担任)が実験記具の点検に来てて、私と舞さんはそれの手伝いをしてたんだ。でも二人とも手伝わないで…」
らしいといったららしい行動に頷く亜李沙と蘭。
「でもって、稀さんみたく貴岐くんが『腹減ったー』って保に喚いてて…」
「それで、他には?」
 一応、玲亜のアリバイを確認に、剣が課題プリントを受け取りにいくついでに理科研究室に向かった。それを見送ると玲亜は蘭の方を向きなおして言った。
「保がいずみやでパンを買って、それを欲しがってたのが貴岐くんで、李徴は自分で肉まんを買ってきてたねぇ……あ、そうそう。高弘先輩が、今日買ったパンがなくなってたって言ってたなぁ…」
「あ、そだ。おいらも呼ばれた時に先輩が言ってたの聞いた」
 玲亜がそういうと、稀も思い出したように言った。
「紗羅ちゃん、稀さん。早速高弘先輩に聞き込みに行って」
OK!(おげ)」
 蘭の指示を受け、二人は声を揃えて返事をすると、捜査本部を後にした。
「あ、じゃあ、私帰って良いのね?」
 まだ物理に荷物のある玲亜が蘭に尋ねる。
「うん、一応解ったし…亜李沙ちゃんも証言とったから、いいよ」
「私も混ぜてー!」
 手のひらを合わせて、その先だけでおねだりする様に左右に動かす玲亜。
「『シロ』って決まったらね。今、剣くんがアリバイ確認に行ってるから…明日には立証すると思うの。その後ね」
「………OK(おげ)」
 玲亜のアリバイは、その後剣が戻って来たと同時に無事、立証された。

Act.6へ  戻る