消えた部室の食料
Act.11 逮捕!

「何やってんだ、お前等……?」
 その時、部室の扉を開けた人物は、白衣を着たソバージュヘアの30代前半の女性……つまり、創研顧問の井ノ頭先生であった。国語科で司書室教員の井ノ頭先生は、用事がない限り滅多に創研の部室に来ることはないが、図書室から出て創研部室に来ることになる訳だから……。稀など、慌てて持っていた竹刀を背中に隠してしまう有様であった。
「あ、いや、その……………」
 慌てる一同。取り敢えず会長の蘭の姿を確認すると
「明日印刷室使うって言ってたけど、明後日。会議が入ったから」
「は、はい、わかりました」
 蘭も焦って返答をした。
「それじゃ、馬鹿な事やってないで、きちんと片付けて帰るんだぞ」
 部室の中でお茶をするのが日常茶飯事なので、蒸し器の配置された部室を見ても呆れもせずに一言いうと、そのまま井ノ頭先生は去っていった。
「はぁ、びっくりした…」
 机の下から沙羅が顔を出す。
「うー、亨はどうしたんだ亨は!」
 既に『先輩』の敬称も付けず、稀が喚く。
「ちょっと待って、じゃ、拓くんと交信して見るから……」
 蘭がそう言って玲亜の持っていたトランシーバーを受け取ろうとしたとき、捜査本部の扉の前に何かの人がいる気配を感じとった……が早いが、稀は竹刀を振り上げてその人物に向かって飛び出した。
「チェストぉ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!」
 最早、誰にも止められない。
「わぁ〜〜!待って稀さん!俺だよぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
 稀の振り上げた竹刀は、その人物に当たる2〜3cm前でぴたりと止った。そこにいたのは、将に打たれるという恐怖に顔をひきつらせ、トランシーバーを持ったまま部室の前の向かいの壁に張り付いていた拓だった。
「あれ?拓くん?」
 その一言に、隠れていた面々が次々と顔を出しその姿を確認する。稀の竹刀がまだ拓の眼前で止めたままだったので、拓は壁に張り付いたままだ。それがすっと降ろされた時、ようやく壁さんと別れて本部の扉に近づいてきた。
「どうしたの?」
 亨の動向を聞こうとトランシーバーを用意していた蘭が尋ねた。
「図書室に隠れて亨先輩見張ってたでしょ?で、亨先輩が図書室を出て慌てて付いていったら、丁度先生が部室にいて……」
「それで?」
 沙羅が返す。
「部室に入ろうとしたら稀さんの竹刀が…」
 と、稀の竹刀を指差した。
「いや、俺は亨先輩かと思ったから…って!その亨は何処?!」
 異様な剣幕で拓に突っかかる稀の肩をぽん、と沙羅が叩いてなだめる。
「え?じゃ、部室には来てないんだ。先生も居たし、そうなると、地学室行ったかな?」
「なにィ?!」
 稀が一昔前の某サッカーマンガで散々出て来た台詞を吐くと、そのまま竹刀を抱えて走り出す。
「稀ー!ちょっと待ちなさい〜!」
 追いかけるように、沙羅もそれに一瞬遅れて付いて行った。
「拓くん?今地学室に誰かいる?」
 亜李沙が拓に尋ねた。
「え〜………っと、確か斉が本読んでたと思う」
「え、斉くん?!」
「まだ天文部にいたの?!」
 拓の答えに蘭や玲亜が驚きの声を上げた。

 その頃、地学室では拓の言う通り、斉が一人で大人しく読書をしていた。斉は拓達と同級生で天文部員なのだが、殆ど部に顔を出す事がない、世に言う『幽霊部員』なのだ。極稀に天文部に来て、何かすぐ帰ることが多い。それ故に蘭や玲亜など「まだ居たんだ」と声を上げてしまう訳だ。
 毎度、何で今日はいるのかなど稀は今だに理解していないが、斉が一人で読書を嗜んでいる頃、準備室の方ではガラガラと扉を開ける音が響いた。
「おーい、……あれ、誰もいないのか?」
 問題の亨である。高弘か拓でもからかいたかったのか、メインの部員がたむろする準備室の戸を開けたが、ガランと静まり帰っていた。ついでに、隣も結構静かだ。
「こっちはいるかな」
 準備室と講義室の境になっている扉をガチャリ、と開け、地学室に入ると、あまり見覚えのない人物が黙々と本に向かっていた姿があるだけだった。
「あれ…?お前、誰だっけ?……んーと、えーと……2年生だよな…」
 間の抜けた顔で見ながら自問自答する亨。
「……2年は拓じゃないから確か………あ、思い出した!!お前、斉だ!そうだろ?」
「…はい…」
 その様子に斉は『何なんだこの人』という表情で見つめ、戸惑い乍らも一応声にして返事だけした。
「………」
 面白みがない、と、その反応にどうしたものか亨が思った時、地学室の廊下からバタバタと物凄い音がしたと思ったら、勢いよく入口のスライド式の扉が開かれた。
ガラガラガラッッッ!!!!
「亨先輩!!!此処にいやがったか!!!覚悟は出来てんなぁッ??!!!」
 左手に握る竹刀をミシミシと音を立てさせて、物凄い血相で現れたは、勿論稀だ。まるで獲物を狙うマングースか虎かゴンかの様な恐ろしい形相で亨を睨み付け、まだ大人しく座っている斉の方は眼中にない。それを追い掛けて、ようやく来た沙羅と、拓が来た。
「……な、何だ何だ……?」
 その異様な雰囲気に飲まれたのか、焦り乍ら後退する亨。
「あ、逃げちゃう」
 何気に呟いた沙羅の言葉が、ものの見事稀を煽り立てた。踏み込んだ瞬間、中國拳法の震脚をも思わせる物凄い豪快な足音を響かせて、次の瞬間、既に稀は竹刀を振り上げて跳ねていた。振りかぶった竹刀を避ける様、奥に逃げて行く亨。このやり取りに沙羅達は近付けない。
「誰か!先輩捕まえて!」
 叫ぶ稀。しかし、この状況下、『誰か』ではなく、稀の視界にちらりと入ってそれと認識されていなかった斉以外にあてはまる節がない……沙羅達は入口を塞いでいるのだ。
 そんな事はさておき、斉はその稀の叫びに答えてすっと立ち上がった…何分忘れられやすいからか、存在感が薄い所為なのか、緊迫した稀と亨は彼の動きには気が付いていない。そのまますっと亨の背後に来たかと思うと、亨の首根っこを掴んだ。更に遅れてやって来た玲亜と、機動隊の盾を持った剣や汰愛良、本部長の蘭、蘭補佐の亜李沙が見たのはその光景だった。
「………こう?」
 首根っこを掴まれてじたばたしている亨にお構いまし、ただ一言斉は稀に向かって訪ねた。
「斉くん、なーいす!!」
 その場に居た捜査員全員が声を揃えて答えた。

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