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       「腹減ったぁ〜〜……」 
       クロッキー帳を広げて、ひたすら美術の宿題の鉛筆デッサンを描いていた稀が、突如机の上にへたり込んで何時ものときの声を出す……とはいえ、その台詞が出たのは久し振りの事であった。此処最近は、皆腹持ちが良かったり、差し入れやら何やらが多く、部室置き食料に不足がなかったからだ。 
      「おいら、肉まん買ってくるわ」 
       何が入ってるんだか解らない、稀の大きな重たい鞄から財布を取り出して立ち上がると、 
      「あ、稀!私の分も買ってきて!」 
      「私も!」 
      「俺も!頼むよ先輩」 
      …と蘭・亜李沙・そして後輩の剣もこうである。 
      「紗羅は?」 
       黙々と文化祭販売用セル画を描いていた紗羅に声をかける。 
      「あ、うーん…やっぱり買ってきて。ピザまんね」 
       言いながら筆を置いて、水瓶に手を伸ばした。 
      「紗羅とー…蘭もピザ?」 
      「うん、亜李沙ちゃんは?」 
       読み終った赤川次郎の文庫を鞄の中にしまうと、亜李沙の方を見る。 
      「私もね」 
       部室の置きノート「語り草」にドラえもんを描いていた手を休めて答えた。 
      「俺、肉まん」 
      「じゃ、ピザ3人に肉2人。なかったら全員肉にするぞ」 
       部室の扉を閉めながら、振り向く。 
      「うん」 
       そう言って、稀は出て行った。 
      -15minute After-
      「あれ?」 
       稀が部室に帰ってくると、部室には誰も居なかった。どうやら地学室か図書室にでも行ったのだろう。しょうがないなぁ、と思って中華まんの入った袋を置いた時、 
      「稀さん、此処にいたの?ちょっと来て!」 
       天文部の高弘先輩がやってきた。稀は天文部との掛け部部員である。 
      「はーい」 
       そう言われ、クロッキー帳を破いて手近にあったマジックで何やら書いて袋の上に置くと、稀は高弘について出て行った。 
      -5minute After-
       すぐ近くの国語教員の居場所・国語研究室の先生に呼ばれ、印刷物の分配を手伝いに行った面々が部室に戻って来た。 
      「稀、買ってきてくれたね」 
      「あっ」 
       しかし袋にはしっかり『食う前に90円地学室に払いに来い。さもなくば、明日100円請求する』と書かれた紙が張り付けられていたのだった。 
      「あのちゃっかりものが…」 
       紗羅はあきれて袋を開けた。中には黄色に赤の印が付いたピザまんが3つ。白くて、上にしわが付いている肉まんが2つ。蘭がみんなの分を一つづつ袋から出して、稀に立て替えて貰った代金を払いに全員が地学室へと向かった。1個の肉まんを袋に入れって置きっぱなしのまま。 
      -1.5minute After-
      「ふぅ、やっと肉まんが食える!」 
       天文部で稀が集計をしている、太陽の黒点観測データの書類をまとめる作業を終えた稀と、稀にお金を払いに行った4人が部室に戻って来た。稀がさっそく、とガサガサと袋を開ける……が! 
      「あーーーーーッッ!!」 
      「どした?」 
       いきなりどぎつい大声を上げる稀。しかし、こんな大声を上げていたら、司書の教員達にまた怒られてしまうのだが…… 
      「に……肉まんがない〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」 
      「えっ?!」 
       蘭も亜李沙も剣も…勿論びっくりした。 
      「だっ……誰か俺の分食ったろ?!」 
       そう言いつつも剣を睨む稀。剣&稀には『新入生歓迎会の2人だけでお菓子大食い』の前科がある。食い意地で稀と剣にはれる奴は居ないのだ。 
      「俺じゃないですよぉ!」 
       あまりに殺気立っている稀に、剣は慌ててしまう。 
      「私達が1個づつ取ってって、1つ袋にきちんと残してるから、剣くんじゃないよ」 
       中華まん配布をした蘭の証言。 
      「ち…ちっきしょー!90円返せ〜〜!」 
       稀の空しい叫びである。 
      「しっかし…誰が取ったんだろ?」 
       紗羅は首をかしげた。 
      「天文部の人かなぁ?」 
       亜李沙が稀に尋ねる。 
      「違う……俺が高弘先輩に呼ばれたとき、地学室には俺と汰愛良と高弘先輩と拓さんだけ…集計も大変だったし、4人とも部屋から出てなかった」 
      「じゃあ、誰だ?」 
       考え込む剣。稀は拳を握りしめ、ワナワナと震えながら 
      「こ…これは事件だ!俺の『肉まん消失事件』!早速捜査に入る!」 
       好物の肉まんが懸かった稀の目は本気だった。そこで大まかな配役を決めることとなる。 
      …数分後。 
      「じゃ、まとめるよ。本部は此処、創研部室。刑事は紗羅さんで、稀さんは紗羅さんのアシ。私が捜査本部長で亜李沙ちゃんはわたしのアシスね。情報のたれ込みとかチェックするから。で、剣くんは機動隊長で、あと隊の派遣ね」 
       皆の話し合いを蘭が取りまとめる。 
      「先輩、隊員は?」 
       機動『隊』なのに、他の人員がいないのだ。 
      「取り敢えず、稀さん。あと、今日は帰っちゃって居ないけど、他の後輩達も機動隊員だから、その辺よろしくねー」 
      ……という事で、紗羅刑事と助手の稀の『肉まん消失事件』の捜査が始まった。 
      「じゃぁ、ボス。捜査をはじめましょう。此処が事件のあった創研部室です、コマンド?」 
      「……稀、それじゃ『ポートピア〜』とか『オホーツク〜』だよ……」 
       紗羅は苦笑した。
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