創研夏合宿奇譚
Act.1 今年度合宿初日から

1日目・13:00

 ある夏休みの日、創作研究同好会(愛称……もとい、通称『創研』)は「夏の合宿」を催す事となった。場所は、自校にある宿泊研修棟である。何故か公立高校のクセにこう言った設備のある学校であった……殆どは運動部の合宿に使われるようだが。因に、下の食堂の賄いさんが付いて1人1泊\700、自炊の場合は利用料なし。部屋は畳20畳程のお座敷(何故かスチールロッカーがある)が2部屋、2段ベッドだけが7〜8個ある部屋が2部屋の合計4部屋。今年創研が借りたのは、畳部屋2部屋である。
稀「創研に宿屋を借りる程の予算はなぁ〜〜〜い!」
沙羅「それに、リゾート地と言ったら…」
玲亜「テニスでしょ〜、バドミントンでしょ〜、昼間は泳いで〜、夜はみんなで卓球と〜、カラオケ大会かな〜?」
亜李沙「こーゆう風に遊び呆ける奴が出てくる、と」
蘭「合宿じゃない旅行に行きたいね。そしたら堂々と遊びほーけられる」
沙羅「それ、いいね〜」
玲亜「テニスでしょ〜、バドミントンでしょ〜、昼間は泳いで〜、夜はみんなで卓球と〜、カラオケ大会と〜……」
亜李沙「星を見ながら一杯やるとか…」
汰愛良「おいっ!」
亜李沙「冗談だって〜」
蘭「良いね〜、旅行」
稀「お金があれが行きたいなぁ〜」
沙羅「そうだね」
……その時、がらがらっとドアが開いた。拓と龍樹と……山羊剣だ。
拓「あのさ〜、まだ荷物たくさんあるから運ぶの手伝って………」
稀「玲亜さん、夕食の買い出しに行こうか〜」
蘭「他のみんなは、下で料理の用意と皿洗いね〜」
汰愛良「その前に私服に着替えてしまわないと……」
沙羅「そうだね」
玲亜「では〜、男子の皆さんは〜、取り敢えず着替え終るまでお隣のお部屋に移っていただきましょうか〜」
拓「あのぉ〜」
龍樹「まだ部室に荷物が〜」
ぐらっ
剣「あっ、手を離すとテーブル落ちますよ、先輩!」
亜李沙「1年生は?」
沙羅「簡単に部室の掃除するって言ってたから、早めに終らせてきてね〜って言っといたよ」
蘭「じゃぁそこの3人は、荷物運び終ったら、この部屋の片づけしといてね〜」
玲亜「では〜、閉まるドアにご注意くださ〜い」
がらがらがらがら、ばっしん!
拓「………」
剣「何か今、冷たい風が吹いたような気がしませんでした?」
龍樹「……した」


1日目 16:30

「ふぅ〜、つっかれたぁ〜」
「あ、ご苦労様」
 稀と玲亜がずぶぬれになって買い出しから帰ってきた処に、拓がねぎらいの声をかけた。買ったもの自体と伝票は既に下で調理中の蘭に渡してきたのだろう、2人共手荷物は財布位だった。女子が殆ど全員、夕食を作る為に出払ってしまった為、20畳程の和室は、いやに静かだった。残った数人でUNOをやっていたらしい。
「傘さして行かなかったの?」
 そんな二人を見た拓が不思議そうに尋ねた。稀がポンチョ(雨ガッパ)をハンガーにかけながら、のうのうと答えた。
「だって、自転車で行ったし」
「え?!この雨の中を?!」
 龍樹が窓の外を見ると、外はバケツをひっくり返したような大雨だった。
「台風は関東地方から確実にそれて行くだろうって、天気予報で言ってたのに、よく降りますよね〜」
 剣が感心して言った。
「その上雷まで鳴るし」
 稀があっけらかんと言うと
「歩いていけばよかったのに」
「この辺お店ないんだもん」
 答えながら、尋ねる龍樹の頭の上に玲亜はポンチョをかぶせた。
「処で、女子はみんな料理の用意をしているのかい?」
 稀がそう言うと、視線を感じて振り向いた。そこにいたのは……
「みんな、じゃないんだよ」
 汰愛良である。今迄壁に向かって座って何かをしていたので、存在に気が付かなかったのだ。稀は笑いながら
「あ、失礼失礼」
「いや、別に、いいんだけどね」
 そうは答えたが、汰愛良の顔はちょっと怒っていた。
「一度は調理場に行ったんだけど、人数多すぎるから戻っていいって言われてね」
 二人にはその様子の想像がありありと浮かんだ様だった。
「成程。で、今、お前さんは何をしていたんだい?」
 稀がそう尋ねると、汰愛良は目の前に置いたダンボール箱を指差した。
「どの方向が一番見えるか、アンテナを動かしてたんだよ」
「アンテナ?」
「何のこっちゃ?」
 ?という顔をして首をかしげる稀と玲亜に、ポンチョをかぶせられたままの龍樹が言った。
「テレビを持って来たんだよーん」
「ええ〜〜〜〜〜〜っっ!!」
 あっけらかんと言う龍樹に、稀と玲亜が大合唱した。
「そんな、どっから?」
 口をあんぐりとあけたままの稀を他所に、何とか立ち直った玲亜が尋ねる。
「今朝、ゴミ捨て場の前を通りかかったら偶然あって、まだ使えそうだから持って来たんだけど……ちゃんと映ってる?」
「しっかりうつってる」
 いいアンテナの方向が分かったらしく、汰愛良が答えた。稀はテレビの見える処に座り込んで腕組みをしながら言った。
「こんなにちゃんと映ってるテレビ捨てちゃうなんて、勿体ない人も居るもんだ」
 玲亜は汰愛良を挟んで稀の反対側に座り込んだので、ゲーム用にもう1台有ったっていいのに、と呟くのを聞いていたのは傍にいた汰愛良だけだった。
「だけど、最初は全然映らなかったんだよ」
「そうですよね。画面中雨ザァザァ降っちゃって」
「それで、拓の処に持ってったら、一発で直った」
 汰愛良、剣、龍樹、と今迄の状況を説明した。
「え、拓くんテレビの修理なんて出来るの?凄いじゃん」
 稀が感心しながら言うと、龍樹が笑いながら言った。
「凄いもなにも……」
「いや、ある意味凄いかもしれませんよ」
 口ごもる龍樹に、剣が続けた。
「なんだそれ?」
「何それ、教えて教えて!」
 稀は首をかしげた。どうやら汰愛良はこの事については知らないらしい。龍樹は拓の顔をチラっと見た。
「別に勿体をつける程の事でも無いんだけど…」
「うん?」
「先輩の処持ってって、理由を話したらいきなり……」
 張本人の拓が、ぼそっと言った。
「一発叩いたら、直っちゃった」


1日目 18:00

ぴぃ〜ん ぽぉ〜ん ぱぁ〜ん ぽぉ〜ん
 校舎からチャイムが聞こえてきた。
「あ、6時だ」
「緑の2!」
 残留組一同、熱中してUNOをしていて気が付かなかったらしい。
「何処でもいいからニュース見ようよ」
 拓が提案する。その時
「あ、光った!」
 稀が声を上げる。
「今、丁度見なかった…」
「1、2、3、4……」
 剣が悔しそうに言う傍で、稀や汰愛良は指居りで数を数えていた。光より音の方が伝達が遅いので、音が聞こえる迄の時間を計って距離を割り出すらしい。と、言っても、秒数から推測して大体の近さを知る程度だが。
どど〜〜〜ん
「うわ〜〜〜、雷大っきらい〜」
 玲亜は耳を押さえて縮こまった。時間を計っていた2人も、音の大きさと時間差で、結構近いとは判断したようだが、残りの面々も何事もなかったかの様にUNOに熱中する。
「やだ、色変えて」
「うん」
「あ、飛ばされた」
「じゃ有難く」
 ダンボール箱の一番近くにいた汰愛良が、徐にダンボールの蓋を開けて、中に置いてあるテレビのスイッチを入れた。どうやら汰愛良が毎度チェックしている芸能系番組を見たかったらしく、チャンネルを回そうとしていた。
「汰愛良、お前さんの番だ。赤の6」
「はいはい」
 言われて振り向き、膝の上に置いたカードを取ろうとした時、チャンネルがNHKで止っていたため
「あ、台風速報だって。一時中断してテレビ見ない?」
汰愛良の対面にいて、すぐ画面が目に付いた玲亜が提案した。
「そうだね」
「いいよ」
 皆、カードを伏せて畳の上に置いて中断すると、6人はテレビの周りに集まった。
「………え?」
 気象衛星から送られた写真の上に気圧配置の書かれた天気図。それを見て玲亜の第1声。
「なんかこれ、すごくない?」
 画面を指差した。
「何か、雲だらけ」
 汰愛良も続く。
「テレビ、壊れてんじゃないの?」
「いや、予報官の顔はちゃんと映ってる」
 稀のぼけを龍樹が真顔で突っ込んだ。
「もっと音、大きくしてみてよ」
 拓が言うと、汰愛良がじりじりとボリュームを上げていき、そして全員が耳を澄ませた。
━━━大型で強い台風7号は、今日午後4時ごろ、静岡県御前崎付近に上陸し、依然強い勢力のまま、午後5時現在、静岡県焼津市付近を北東に時速20kmの速度で進んでいます━━━
玲亜「う"そ"」
稀「天気予報大はずれじゃん!」
汰愛良「ねぇねぇ、矢印がこの辺の真上通ってる!」
拓「ちょっと、静かに」
━━━更に、小型で非常に強い台風8号が、午後5時現在、東大東島の東海上を北北東に毎時40kmで進んでいます━━━
玲亜「う"そ"」
稀「ダブルパンチじゃん!」
龍樹「それも両方とも『強い』」
汰愛良「こっちのも、矢印がこっち向いてる!」
拓「ちょっと、静かに」
━━━そして更に、大型で強い台風6号が、午後5時現在東シナ海上を東北東に毎時15kmで進んでいます━━━
玲亜「え"?!」
稀「トリプルパンチじゃん!」
龍樹「何で台風が3つも…」
稀「それも同じ時期にこんなに集まってるんだ?」
剣「それも、全部『強い』」
汰愛良「これも、矢印が…」
拓「ちょっと、静かに」
━━━関東地方では既に台風7号の影響で、かなり雨風が強くなっており、特に雨の影響で東海道新幹線は、小田原−浜松間が現在運休しております━━━
「これだけふりゃぁ止るよなぁ」
 龍樹がぼやいた。
「さっき自転車で走ったけど、もの凄く視界が悪かったよ」
 玲亜が言う。
「ホント、ほっとんど前見えねぇ」
稀が続けた
━━━3つの台風はどれも上陸の可能性が大きく、特に東日本では今晩から明日1日は一層の警戒が必要で…
「あ、また光った」
此処まで聞こえた時、陰が見える位強く稲光が走って、汰愛良がつぶやいた。
やだ〜、こわいよ〜〜
玲亜は雷が怖いらしい……が、直後
ずっど〜〜ん!
ずっし〜〜ん!
「え"?!」

 地響きがした。自分達が跳ね上がった気がした位、強烈な。
「何だ今の地響きは?!」
「近くに落ちたかな?」
 光ってから音がするまで時間はかかってない。
「グランドかな?」
 淡々と拓が言う。野次馬汰愛良が叫んだ。
「特別棟の窓から見えるかな?」
「うん、見えるよ、多分」
 冷静に答える拓。学校の校舎は特別棟・普通棟・体育棟・研修棟の4棟があり、講堂兼体育館と他に体育館が2つある。グラウンドに面している棟は特別棟なので、そっちに行けばグラウンドの様子が見える筈だ。
「皆で行ってみない?」
「行ってみようか?」
 汰愛良と稀がのりだした。
「うん!」
 龍樹は元気に返事をしたが
ちょっと、こわくないかな〜
雷嫌いの玲亜は引き気味だ。
「此処に一人で居る方が、よっぽど怖いですよ。行きましょう」
 剣にそう言われ、羊の様に縮こまる玲亜の腕を稀が引いた。
 そして野次馬6人は出発したのだった。

 部屋を出て階段の前まで行った処で、人影が一つ現われた。下で「調理実習」状態で晩御飯を作っていた筈の凛乃である。「歩くスピーカー」とまでは言わないが、「歩くサイレン」となら表現は可能な位元気有り余っている凛乃だが、この時は一人だったから流石に独特の声は聞こえなく、近付くまで6人誰も分からなかった。
「あれ、先輩方何処か行くんですか?揃いも揃って」
 私服に一応エプロンと三角巾姿……将に調理実習のようだ。
「先刻の地響きが何だか見物に行くんだよ」
 拓が答えた。
「あれさっき、凄かったですよね。みんな驚いちゃって、亜李沙先輩なんか驚いて小麦粉ばらまいちゃって……大変なんですよ」
 凛乃はどうやらほうきとチリトリを探しに来た処だったらしい。
「それは笑える」
 そんな亜李沙の様子がありありと想像出来て、稀がぷっと噴き出してから言った。
「処で、何処まで行くんですか?」
「特別棟の方まで行って、窓からグラウンド見てこようと思うんだ」
 拓が答えた。
「……物好きですねー。とにかく、遅くとも後1時間ぐらいで夕飯出来ますから、それまでには帰ってきて下さいね」
「は〜い」
 能天気に龍樹が返事をした。凛乃はそれだけ言うとほうきをとりに行ってしまった。凛乃と別れた一同は、階段を上がり研修棟と普通棟をつなぐ3階に来ると、双方を隔てる鉄製の扉の前に来た。大抵は普通棟側から鍵がかけられるのだが
「お〜っと、開いてた」
「こりゃらっき〜」
 かちゃり、と音をたて取っ手をひねった稀を先頭に、順繰りに普通棟へ移動する。廊下には6人の足音だけが響いていた。
「しかぁ〜し……だぁれもいないねぇ……」
「もうアラームもかかっちゃってるんだっけ?」
 真っ暗で静かな廊下の中、汰愛良と玲亜の声が響いた。
 夏休みの学校であるから、教員が仕事をしていたとしてもそんな遅く迄は居ない。よって、普段なら19:00に入る筈のアラームも、早めの17:00になっているのだ。この場合、どのような教室でも、下手に扉を動かそうとすると警備会社に通報が入ってしまうのだ。
「そしたら、見えるとこ、ねーんじゃん?」
 稀が突っ込んだ。
「……階段とトイレの窓がある!」
 汰愛良が叫ぶ。階段はともかく、トイレはアラームの対象外である。
「じゃ、階段行こうか」
 男女合わせての移動だから幾ら何でもトイレって訳には行かないだろう。稀がそう言うと、そのまま特別棟のう一番西の端にある階段の、4階と3階の間の踊り場処まで移動した。中途半端な位置であるために間近に行って見る事ができない上、薄汚れていた窓ガラスではあったが、階段の途中からその窓の外を覗き込んだ一同が見たものは……
「う"そ"」
 玲亜はムンクの「叫び」のような表情で声を上げた。
「信じられない…」
 龍樹が真顔だ。
「まさかこんな事が起こるとは……」
 衝撃に、拓がつぶやく様に言う。
「……………どっひゃぁ〜〜」
 一瞬声が出ず、汰愛良が言えた言葉はそれだけだった。
「写真撮っておきたいですね」
 何故か冷静に剣が言った。
「ドームから見たらスリルあったろうなぁ…」
 ひきつりながらも稀がぼやいた。それは、グラウンドの向こうの一段高い、線路の上を走って居ただろう貨物列車の一車両がグラウンドに転げ落ちて、燃え上がっているという光景だった。
「もしかして、列車に雷が落ちたとか…?」
 物理的にものを考え込む拓…実際にありえるのか推測する気にもならなかった。
やっぱり雷って怖い………
 羊の様に縮こまる玲亜の言葉の後、6人共黙り込んでしまった。
「この合宿、これからどうなるんだろ……」
 稀がつぶやいた。
「…………」
 誰も答えられない。
「何か今、来た風が吹いたような気がしませんでした?」
「………した。」
 同じ台詞を剣と龍樹が繰り返したが。ニュアンスが全然変わってしまっていた。しかし、この6人も、調理場で夕食を作っている人々も、これから次々と起こる恐ろしい出来事については、何も知らない。しかし、この小説はホラーではない。byひつじ

 

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