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       「……お、親なんか、心配してるかもねぇ……多分……」 
       ようやく我に返った稀が言った。 
      「いちお、無事なんだし、電話しとこうか」 
       拓がそう言うと、みんな無言で頷いて研修棟の方へ戻っていった。研修棟1階の食堂にある公衆電話の周りには、既に調理班の面々が集まっていて(一部、普通棟の昇降口の公衆電話にも走って行ったらしい)各々が小銭を握り絞めて電話をしていたらしい。 
      「お母さん……?うん、大丈夫、先刻凄い音したけど平気だよ」 
       ガチャン 
       凛乃が電話の受話器を置いた。そこで一同席に戻ろうとしていた処らしい。 
      「あと電話、何人待ち?」 
       取り敢えず、受話器を置いたばかりの凛乃に稀が尋ねた。 
      「あ、もうみんなかけ終りましたよ。で、先輩、雷の方、どうでした?」 
       食事の準備があったので興味が有ってもいけなかった、好奇心旺盛な凛乃が尋ね返して来た。 
      「貨物列車が、こう……」 
       玲亜が身振りをつけて切り出すと 
      「グラウンドでゴオォォッて…」 
       更に剣が身振りを付けて続ける。 
      「列車に雷が落ちたらしくて、高架線からグラウンドに落ちて炎上してるんだよ」 
       最後に拓が詳しく説明をした処、野次馬根性の強い1年生達は我先に、と駆け出していった。 
      「おーい、そろそろおめしだぞー?」 
       稀が声をかける……言う立場が逆転している様な感じだ。向こうの方から 
      「すぐ戻ります〜!」 
       という凛乃の響く声が聞こえてきたので、大丈夫だろう。 
      「誰からかける?」 
      「別に、長電話しなきゃいいだけですから、適当な順番でいいじゃないですか?」 
       剣がいうので、汰愛良が「僕からでいい?」と言い出して10円玉を入れた。 
      RRRRR………ガチャ 
      汰愛良「もしもし」 
      *『もしもし、たらちゃん?』 
      汰愛良「今ね、研修棟の食堂からなの。」 
      *『さっきの雷大丈夫だった?この嵐で迎えには行けないけど…』 
      汰愛良「まぁ、大丈夫…うん。帰る時は帰れると思う…」 
      *『気を付けなさいよ』 
      汰愛良「はーい」 
      ガチャン! 
      ……その様子を回りで聞いていた稀が聞いた。 
      「何話してたん?」 
      「迎えには来れないかもって」 
       もそっと答えたのに、その場にいた全員が愕然として叫んだ。 
      「「「「「迎えだぁあ?!」」」」」 
      「なんて過保護な!」 
       剣が脊髄反射の如きスピードで続ける。 
      「もう高校2年生なのにねぇ」 
       玲亜も呆れていった。 
      「………さっさと次、かけちゃおうよ」 
       その場を拓がまとめて、今度は玲亜が受話器を取った。その間、稀は汰愛良に「お前は一体幾つだぁ」等とツッコミを入れ、拓に「稀さん声のトーン落して」と更に突っ込みを入れられていた。 
      RRRRR………ガチャ 
      玲亜「もしもし」 
      *『あら、玲亜?そっち大丈夫』 
      玲亜「この雨じゃ帰れないけど、こっちは崩れたとか、そうういった事ないから」 
      *『こっちも一応大丈夫だから。気を付けて』 
      玲亜「うん、判った」 
      ガチャン! 
       玲亜の家族側の声は聞こえないが、稀は 
      「普通、こういう対応だろう」 
      と、まだ汰愛良にかますのだった。 
       それから、拓・剣・龍樹も自宅に連絡をし、やはり玲亜同様の普通のやり取りになった様であった。最後に、稀である。 
      RRRRR………ガチャ 
      *『もしもし、新城です』 
      稀「あ、ショー姉ちゃん?」 
      *『稀、昇降口から?食堂から?』 
      稀「食堂」(注:稀のショー姉は、同じ高校の卒業生) 
      *『学校の方何かない?雷の被害とか』 
      稀「うん、今のトコ大丈夫。チャッピーは平気?泣いてない?」 
      *『まぁたびしょ濡れになって、ドアの前でひゃんひゃん泣いててね。玄関に入れてあげたら、縁の下飛び込んでったよ』 
      稀「やっぱし……じゃ、母さんによろしく」 
      *『あんたも気を付けな』 
      稀「おう!」 
      ガチャン! 
      「まれさん………」 
       玲亜が口を埴輪の様にして言った。稀の心配は、何よりも愛犬(弟)のチャッピーであった。  
      
        1日目・19:00  
       何はともあれ、夕食の時刻となったので、皆食堂に集まった。亜李沙がぶちまいてしまった小麦粉はまだ片隅に残ってしまっているが……メニューはハンバーグ・粉吹き芋・韮のチヂミ・野菜サラダ・ご飯であった。(因みに、チヂミは稀のリクエスト)サラダには、勿論プチトマト入である。 
       天文部どころか、創研の間でも『拓のトマト嫌い』伝説は有名である。天文部では、毎年夏のペルセウス流星群の極大時期を狙って信州の山の方へ「巡検」と称する合宿に行くのだが、泊まる宿舎では毎度食事に新鮮な野菜が沢山出る。高原野菜の美味しい&豊富な土地だから、食事に良く出るのだが(1日にバスが2本しかない様な山奥だった為に海鮮ものは少なく、沿岸区域住人の稀が「味付け海苔なんぞ食えるか!」と逆切れをしたが)、獲れたての新鮮なトマトが必ず添えられるのである。夏休みに農家の住み込みアルバイトをしていた大食漢の貴岐や、根本的に嫌いなものが少ない稀等は全て残さず食べるのだが、好き嫌いの激しい汰愛良は何かとものを残す。唯、汰愛良が食べれないものには特殊なものが多いが、拓はトマトが大嫌いで食べられないのだ。貴岐や稀に言わせれば「穫れたて新鮮のこんな甘いトマトが何故食えぬ!」だが、何があっても拓はトマトを食べない……仮にも、拓は天文部の部長なのだが……好き嫌いの激しい汰愛良が残さず食べた時、拓が一向にトマトを食べなかったことを比較して稀が突っ込むのに乗じて、天文部顧問の顧問である引率の矢部先生迄が「よーし、拓がトマト食ったら解散な」と言ってしまう事もあった。しかし、それでも拓はトマトを食べなかったといういわれがある。 
       そういう経過もあって、稀は拓をいじめるのであった。 
      「たぁ〜くぅ〜くぅ〜〜〜ん。今日は何と言ってもこの天気、食料は貴重なのよ〜、残しちゃ駄目だよ〜〜」 
      「……………(T-T)」 
       拓は無言で附いてしまっている。子供がハンバーグに添えられた人参のグラッセだけに手をつけない様に、拓の野菜サラダにはまだ赤いプチトマトがしっかり残っていた。 
      「汰良ちゃん残すなよー」 
       好き嫌いの多い汰愛良にもこの一言。最も、汰愛良は少食で偏食ゆえに、最初から苦手なものは少なめによそっているが…。苦手のセロリとうど(別に食べれない訳ではないが、好き好んで食べない)がない稀は、幸せそうに韮のチヂミにキムチ代りの中濃ソースをつけてほおばるのであった。 
       他のメンツと言えば、玲亜は、好物のプチトマトを多めにセットしてある。沙羅は、雅や信乃二と栄養とダイエットについて、今日の食事のカロリー具合を話し合っている。メインディッシュのハンバーグ(の卵とパン粉と玉葱と挽肉を混ぜるという、一番手が汚れて感触が良くない箇所以外)を作った蘭や亜李沙は、龍樹などに 
      「これ、美味しいでしょ?」 
      と、返答に困る(正確には否定の出来ない)質問をしたりしている。凛乃辺りは、剣や保に 
      「これ、あたしと砂ちゃん(渚のこと)が作ったんだから、苦労したのよ」 
      と、これまた『感謝しなさい』という態度を露にしていた。剣は冗談半分マジ二割位で 
      「ええ、ええ、そりゃあもう感謝感激雨あられ、悼みいります」 
      等と、わざとらしい口調で答えるのであった。 
       そんなやりとりをしていた時、稀と保の目が一瞬あった。稀は箸を置き、机の上に置かれたドレッシングの瓶を手にとって、保の方に口を向けた。 
      「あぁらぁ、悪かったねぇ保、気が利かなくってさぁ」 
      …因みに、保はドレッシングが大嫌いである。その遊びに剣が乗じ 
      「いや、俺も気が付かなかった、かけてやろう」 
      稀の持っているドレッシングの瓶を受け取るのだった。 
      「稀先輩!つーか、剣!てめーやめんか!」 
       始終こんな調子であった。流石に沙羅が閉口して 
      「稀、いい加減にお止めなさい、適度で中止するのです。楽しんでいるでしょう、興じているでしょう?」 
      「あははは、つい楽しんじゃってさー!」 
       『ぼのぼの』のダイ姉ちゃん口調で制止するも、稀はショー姉ちゃん口調で返すだけだった。食べ終ってからは 
      「ほーら!片付けがあるんだから、さっさと食っちまえ!」 
      好き嫌い過多組にはっぱをかけるのである。拓は結局プチトマトには手も付けず、『プチトマトなら何個でも食べれる』玲亜が引き取って何とか(反則)クリアに持ち込んだのであった。  
      
        1日目 20:10  
       このクソ雨の中ではあった。片付けも歯磨も済んで、ようやく合宿本来の状況に戻るのではという時、ガラガラと勢いよく襖が開いた。 
      「よぉーっす!」 
       20前後の眼鏡をかけた男が立っていた。 
      「おじゃましまーす」 
        更に同年代程のもう一人と、やはり同年代位の女性が数人現われた。 
      「あー!せんぱーい!」 
       沙羅・稀・亜李沙・蘭が、ほぼ声を揃えて叫んだ。拓は会釈をする。3個上の靖時と慶喜、2個上の悠理、璃瑠、文奈、姫美香、香都美、裕真、多香子と、揃いも揃った創研OB・OG群である。この4人は、入学当初から創研にいたメンバーなので、3個上という卒業してからの先輩である靖時・慶喜と面識がある。拓は途中入部だが、多賀子は天文部の先輩でもあり、更に悠理も加えて広報委員会での大先輩でもあるのだった。 
      「この雨の中、よく来れましたね」 
      「すごいだろー。会社帰りに駅のサ店で落ち合ったんだ」 
       蘭がタオルを持って寄っていき、まずはそのタオルを靖時が受け取りながら答えた。 
      「みんな、タオル貸して」 
       蘭が後を向いて1年生に声をかける。万が一の事の為に一応『多めにタオルを持ってこい』と指示していたのだが、本当に大正解であった。傘を差したり雨具を使ったにしても、やはり靴下やストッキング、ズボンの裾などがずぶ濡れである。 
      「差し入れあるよー」 
       皆、各々コンビニのビニール袋を抱えていて、中はどれもお菓子や飲み物や食料といった類のものだ。他に荷物等を部屋に置いてから、タオルと代えの靴下などをもってOB・OG達は風呂場へ移動した。 
       これで、創研合宿のお膳立てが揃った訳である。 
      「あーあ、箱がふやけちゃってるよ」 
       璃瑠が持って来たチョコチップクッキーや香都美が買ってきたクールムーン……もといムーンライトクッキーの箱をビニール袋から出しながら沙羅が言った。幾らビニールとは言え、多少は中に水が入ってしまう事もある。 
      「いいじゃん、中はどうせビニールに入ってるんだから」 
       横から雅が口を挟んだ。彼女は裕真が持っていた袋からポテトチップスを出してタオルで拭いている。 
      「ねーねー、沙羅ちゃん、このポッキー開けない?」 
       目敏くチョコものに目を付けた汰愛良が、ちょっと湿ったポッキーの箱をテーブルの上に置いた。が、 
      「駄目だよ、先輩達が戻ってきてからにしよ」 
      「あ"〜う"〜……うるうる」 
       すぐ傍でペットボトルをとり出してタオルで拭いていた蘭がたしなめ、汰愛良が残念そうに他のお菓子を袋から出した。 
       と、その時“すらっ”と襖が開いた。 
      「あ、いらっしゃ〜〜〜い」 
       先輩達だと思って振り向くと、そこには明らかに今迄外に居ただろう警察官が立っていた。ビニールがけの警帽に、蛍光塗料のラインのついたポンチョとズボンをはいた姿で。そして開口一番 
      「これは、合宿かい?」 
      と尋ねた。 
      「はい、そうですけど………」 
       蘭が怪訝そうに答える。他のメンバーは訳が判らず、警官の方を見ていた。 
      「2時間程前の雷が列車に直撃してグラウンドに落ちたけど、此処は特に何かなかったかい?誰かが怪我したとか、ショートしたとか…」 
      「いえ、今の処は何も……」 
       亜李沙や拓と顔を見合わせたあと、蘭が答える。 
      「そうかい。でも、何かあったらすぐ警察に連絡する様に。この雨、これからまだ強くなる、との事だから」 
      「げっ」 
      「まじぃ」 
       警察官の周囲に集まった学生達の間からざわめきの声が上がった。 
      「はい、わかりました……処で、事故の方は……?」 
       沙羅が変わりに答え、気になったことを尋ねた。 
      「ああ、幸い死者も重軽傷者も出なかったし、この雨で火災も起きなかったし、落ちた車両が殆ど空車で危険なものを搭載していなかったから、大事故にはならなかったよ。唯、沢山の郵便物が雨に濡れてしまった……」 
       警官の言葉の語尾の「よ」が聞こえる前に 
      「ええ〜〜〜〜〜?!手紙ぃ?!よりによって手紙かよぉ!」 
      と、稀が大声で叫んだ。稀には文通癖があり、ペンフレンドは日本各地にいる。もしかすると、その郵便物の名かに稀宛のものがあるかも知れない……夏のコミケ前だから、可能性は決して低くはない。 
      「何処宛にいく列車だったかわかりますか?」 
       亜李沙が尋ねたが、警官は知らないそうだった。 
      「とにかく、気を付けるようにな。じゃぁ」 
      「は〜い、御苦労様で〜す」 
       そう言って警官が去っていくのを皆で見送った時、入れ違いにどやどやと足音と話声が聞こえてきた。勿論、OB・OG達である。 
      「いらっしゃ〜〜〜い」 
       スリッパを脱ぎ、座敷にどかどかと上がってくる靖時。 
      「ポテチ開けよーぜ〜」 
       畳まれたタオルをまとめて抱えた悠理が 
      「みんな、原稿はどう?」 
      と尋ねながら入って来て、ひきつる数人。 
      「せんぱ〜い、このポッキー開けていいですかぁ?」 
      ……やっと創研の合宿が始まった。2,3箇所でお菓子が開けられ、あちこちで会話が弾み、弾みつつも手を動かすもの、口を動かすものと分かれている。その中でも、剣、稀、汰愛良、靖時のいる処はお菓子の減りがとにかく速かった。 
       と、その時… 
      ……がらがらがらどっしゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!! 
      派手な閃光の後、豪快な音がした。 
      「きゃぁ〜〜〜〜〜!!」←ぼーっとしてた人 
      「やだぁ〜〜〜〜〜!」←雷嫌いな人 
      「こわい〜〜〜〜!」←同上 
      「でけぇ〜音」←音だけに驚いた人 
      「何処落ちたのかなぁ…」←冷静な人 
       今日、何度目かの大きな雷の音がした。というのに、その直後に又ピカッと障子が稲光りで青く光る。 
      「うわぁ!きれぇ〜〜〜!」 
      「すっげ〜〜〜!」 
       沙羅や稀、剣達は、その鮮やかな落雷の軌跡を見れて嬉しそうにしている。呆れているのは雅、蘭、汰愛良、璃瑠達。そして玲亜、裕真、舞の「雷怖いよ」の連中は、窓から離れた処で手を取り合って震えていたのであった………が。 
      ………パタパタ… 
       下の方から誰かが走って来る足音がした。 
      すらっ 
      「せんぱぁ〜〜〜い……電話がぁ………」 
       襖を開けて顔を出したのは、下で電話をかけていた信乃二だった。振り返った悠理がちょっと早口に応じた。 
      「電話がどうしたの?まさか………」 
       皆が信乃二の方へ注目した。信乃二は信乃二独特の、伸びたような疲れた様な口調で答えた。 
      「はい〜…突然切れちゃいました〜。さっきの雷の直後にぃ〜〜………」 
      「ええ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」 
      ……どっしゃぁ〜〜〜〜ん! 
      大合唱と落雷の音が重なった。 
      「まじかよぉ!」 
      「どうしよぉ〜〜〜」 
      「ちょっと、やぁだぁ」 
       流石に、不安そうに互いの顔を見合わせたりと一同がざわめいた。 
      「と、とにかくぅ、もう一度かけてみない?向こうの方から切れたのかもしれないしぃ……」 
       凛乃が不安を隠し切れず、必要以上に声を響かせて頬を紅潮させながら言った。靖時が膝を叩き乍ら立ち上がって 
      「試すだけ試すか」 
      続けて稀も跳ねながら正座の姿勢から足を直して立ち上がった。 
      「そうですね」 
       そんな訳で、信乃二・靖時・拓に凛乃・亜李沙・蘭・稀がついてぞろぞろと下へ行って、暫く間をおいて又ぞろぞろと戻ってきた。 
      「どうだった?」 
      「ぜ〜〜んぜん駄目。何処かけても何の反応もナシ。114すら駄目だったさ」 
       稀が半分怒った様な口調で答える。 
      「どんな感じなの?」 
       沙羅が問った。 
      「何処かけても、発進音の“ツー”ってのが聞こえるだけでね」 
      「うん、完全に壊れてたね」 
       蘭と亜李沙が冷静に判断をして答えた。 
      「ま、まぁ、合宿する分にはあまり影響ねーし、どうしても用があるなら明日の朝にでも外から電話かければいいさ」 
      と、靖時が明るい方へとまとめた。まだ不安はあるが、皆納得しようと楽天的に「そうだね」とか言いながら頷いた。が…… 
      『……番組の途中ですが、臨時ニュースをお知らせします。今夜午後8時頃、関東地方に大きな落雷があり広い範囲に渡って電話回線が混乱、又はショートした模様です。NTT東日本では早急に修理に取りかかっていますが、折からの台風の影響で、作業が難航するとの見解が強く、復旧の予定はまだ不明です……』 
       つけっぱなしにされていたテレビで臨時ニュースが放映された。 
       ますます不安な様子を見せつつ、合宿の夜がふけていくのであろう……
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