電脳戦機 VIRTUAL−ON
Truth 〜Story of ORATORIO TANGRAM〜
『プロローグ』
彼らは怒りに任せて目の前の敵にトリガーを引いた。無数のパーツが複雑に組み合わさった銀色の巨大な本体、その巨体を支える四本の足、体の側面に配置された砲塔からマシンガンのように無数の光弾を撃ち出しながら、こちらを執拗に追い詰めてくる。古代の超文明(オーバーテクノロジー)がこの遺跡“ムーンゲート”を守るためにその中心部である“ニルヴァーナ”に配備した最終兵器「ジグラット」であった。この古代遺跡“ムーンゲート”の暴走が判明して以来、人類はムーンゲートを破壊するため月面に大規模な軍隊を派遣した。彼らはその中でも幾多のシミュレーションを経てから送り込まれた最精鋭部隊であった。しかし、人類の中でのこの遺跡を巡る裏切り、ムーンゲートの影響を受けて暴走したバーチャロイド(VR)の襲撃によって彼らの部隊は戦力の三分の一を失い、現在もこの中心部“ニルヴァーナ”に降下するための巨大エレベーター上で彼らの仲間のうちの一体であるアファームドが敵対勢力のライデンを足止めしているはずであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれから暫くたつ…、ヤツのアファームドはまだ合流してこない、Rnaのライデンが追ってくる気配もない。ということはまだ上で戦闘が続いているのか?あるいは…」
「何をしているっ!!!」
一瞬戦闘から逃避しかかった思考を仲間の叫び声が呼び戻した。素早くモニターに目をやると、デジタル処理された画像で無数の光弾が空間を引き裂きながら襲って来るのが映し出された。
「くっ…!!」
彼は素早く反応し機体を高速で側方移動させてその攻撃を回避すると、そのままテムジンのビームライフルを連射した。青白い光弾が次々とジグラットの体に着弾し、ジグラットの注意がテムジンに向く。その隙に仲間のバイパーUが放ったホーミングビームが山なりの軌道を描いてジグラットの装甲に突き刺さり、ライデンの撃ったバズーカが爆炎を上げる。しかし、どの攻撃もジグラットの装甲をわずかに傷つけただけであった。
「やはりだめか…」
仲間のライデン乗りのつぶやきがインカムを通して彼の耳に入った。事前にライデンがレーザーを直撃させたときでさえ、レーザーは強固なエネルギーフィールドに弾き返され装甲を焦がしただけに終わったのだ。航空巡洋艦にさえ打撃を与えることのできる工学兵器の威力もってしても無力であることがわかっている今、この目の前にいる化け物をこれ以上傷つける手段を彼らは持っていなかった。彼らもまた致命的なダメージを受けているわけではなかった。ジグラットの強烈な攻撃にさらされながらもすんでのところで直撃をまぬがれていた。それだけ彼らは優秀なパイロットであった。
「おい、ジグラットが…」
彼は仲間に無線を通して話しかけた。今まで途切れなく攻撃してきたジグラットが突然攻撃を止め、彼らと距離を開け始めたのだ。
「どうするつもりなんだ?」
手応えのないままの彼らは不安げに言葉を口にした。その時…、ジグラットはその体を変形し始めていた。本体の中心部からまるで湧き出るようにパーツが組み上がってゆき、巨体と同等な大きさの砲塔が現れたのだ。すると、今までジグラットの全身を覆っていた銀色のエネルギーフィールドが消えて行くのと同時に砲身の奥にぼんやりとした光が発生するのに気付いたのは砲身の正面にいたバイパーUのパイロットだけだった。
「みんな避けるんだっ!!!」
彼がそう叫ぶのと同時に、砲身から放たれた一条の光はバイパーUの全身を呑み込んだ。一瞬にしてバイパーUの機体は焼き尽くされ、残りの二機を追うように、ジグラットは光線を放ちながら砲塔を回転させた。ライデンの機動力ではこの攻撃をかわすことができない…、そう思ったパイロットは機体の分厚い装甲と頑丈なフレームを信じ、防御しようと試みた。しかし、最終兵器ジグラットの前ではライデンの装甲をもってしてもまるで竜巻に巻き込まれた枯れ木の様にバラバラに吹き飛ばされた。
コクピットの中、次々とブラックアウトして行くモニターを見つめながら、ライデンのパイロットは考えていた。
「何か、何かこの怪物に一矢報いる方法はないのか…」
その時、彼の目に止まったのは“LASER 100%”というコントロールシステムの表示であった。それを見た彼は、ライデン使いの本能と言うべきもので、ためらうことなくトリガーを引き、愛機のメインウェポンのパワーを解き放った。ライデンの両肩が低い唸りを上げ、最期の力を振り絞るように二本のレーザーを照射した。放たれたレーザーはジグラットの光線と交錯するように進み、砲塔の脇あたりに命中するとエネルギーフィールドが無くなり真鍮のようなくすんだ金色に変色した本体を深深とえぐったのだ。
思わぬ手痛いダメージを受けながらもジグラットはライデンの機体を消し炭と化すと、再びエネルギーフィールドを展開するためか、巨大砲を格納し始めた。しかし、テムジンはこのチャンスを見逃さなかった。背面のバーニアが光を吹き、飛ぶような速度でジグラットとの距離を詰めるとパワーボムをライデンが刻み付けた傷跡に叩きつけた。ボムの爆発で傷口はさらに深くまで吹き飛び、そこから緑色に輝くクリスタル状のものを露出させた。再び全身にエネルギーフィールドを展開させたジグラットはコア・クリスタルを守るかのように、テムジンに対しリングレーザーや無数のフローティングマインを浴びせかける。攻撃を受けながらもテムジンは必死に、露出したクリスタルにビームライフルの弾丸を集中させた。
ジグラットの攻撃によって装甲が削られて行くいやな衝撃に耐えながら彼は思った。
「このクリスタルが奴の弱点に違いない…!」
もう彼には自分にアドバイスをくれる仲間はいなかった。彼は自分自身にそう言い聞かせながらトリガーを引く指に力をこめた。
テムジンとジグラットはお互いに至近距離で撃ち合っていた。本来攻撃力で勝るはずのジグラットであったが、コアを直接攻撃されその力は確実に弱まっていた。極限の戦いの中、先に根を上げたのはそんなジグラットの方であった。
ビシッ…!!
、そんな鈍い音を立ててジグラットのコアにひびが入った。ジグラットはエネルギーのコントロールが利かなくなったようで悲鳴のような唸りを上げながらニルヴァーナの周囲を暴走し始めた。
「逃がすかっ!!!」
テムジンは飛び上がると、走り出したジグラットの体にしがみついた。そして、ライフルの銃身から長大なビームサーベルを展開させるとそれを破損したコアに深深と突き刺した。その場所から全体にひび割れが走ると、コアは粉々に砕け散った。それと同時にジグラットは動きを止め、その場に崩れ落ちた。テムジンは支えを失い、ジグラットの上から振り落とされた。
「やったか…?」
彼がテムジンを立ち上がらせると同時にジグラットは全身から放電をはじめ、大爆発を起こした。至近距離で起きた爆発でテムジンは吹き飛ばされ、その衝撃で彼も意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇
そのころ、もうひとつの戦いも終局を迎えていた。
彼らが遺跡最深部に降下するための巨大エレベーターに足を踏み入れたとき、そこにはすでに敵対勢力による罠が張られていた。VR乗りなら知らぬものはいない、スタンダード色とは違う漆黒に赤いラインでペイントされたライデン、通称“漆黒の魔人”が待ち構えていたのだ。彼らの記憶が正しければ、そのライデンには真紅のバイパーU“遮光の翼”と双璧をなすパイロットが乗っているはずであった。太陽砲の発動まで時間が無かったその時、“漆黒の魔人”を一人で食い止める役を志願したのがアファームドのパイロットだった。彼は仲間が迂回ルートに向かってから今まで一人でライデンと対峙していたのだ。
アファームドの左腕はレーザーの直撃を受け、肩からひきちぎれている、またライデンが右手に持ったバズーカはアファのビームトンファーを幾度も防御したため本来の威力が発揮されないままひしゃげつぶれている。バズーカを失いながらも、ライデンにはまだ余裕があった。
「レーザーを当てさえすれば今の満身創痍のアファームドなら破壊できる…」
彼はそう確信していた。目の前の敵を完全に破壊する…、それは彼のライデン使いとしての信条であり“漆黒の魔人”と呼ばれ畏怖される所以であった。
アファは弾切れになったショットガンを投げ捨てた。機体に残された武器は片腕のトンファーと残り一発のボムだけだった。トンファーの一撃だけでは普通、ライデンを倒すことなどできない、しかしVR共通の弱点である腰部フレームを破壊することができれば行動不能となる。彼はその一撃に賭けていた
先に仕掛けたのはアファームドの方だった。アファは横方向に高速移動しながらボムをライデンに向けて投げつけた。
「ボム程度がライデンに通じるかっ!!」
ライデンはアファの動きに合わせて機体の方向を修正するとレーザーの照準を合わせながらトリガーに指をかける、その時、ボムがライデンに直撃する手前で爆発し、これまでの戦いで発生した瓦礫や埃を爆風の中に巻き込んだ。
「しまった…!」
視界を遮られ、ライデンはレーザーの発射を躊躇した。
「今斬りこんでこられたらこちらが不利…」
ライデンが爆煙の中から機体を出そうとしたその時、煙の中からアファームドのトンファーがライデンめがけて向かってきた。アファームドのトンファーは正確にライデンの腰骨めがけて振りぬかれたはずだった、しかしトンファーは回避の為に後方高速移動し始め姿勢の低くなったライデンの左腕を肩のレーザー照射器ごと斬り飛ばしただけだった。
「しまった…、はずした!?」
アファームドのパイロットはライデンをしとめそこなったことがわかると、そのまま回避に移ろうと試みた。しかし、トンファーを完全に振り切ってしまったアファームドはその場で一瞬硬直した。ライデンは左腕を肩から破壊されたが、アファを機体正面に捕らえていた。彼は左腕を失っているという事実をライデン使いの本能というべきもので押しのけ、今度こそ確実にトリガーを引いていた。レーザーシステムが過負荷で火花を上げ、モニターに警報メッセージが出る中、展開した右肩から破壊力を帯びた閃光がほとばしった。
一瞬の硬直、それはこの一撃にすべてを賭けていたアファームドにとって致命的な間合いだった。ライデンはバランスを崩しながらも右肩をこちらに向けている、次の瞬間彼の視界は蒼い光で埋め尽くされた。彼の脳裏には先日、VRパイロットになるため士官学校に入学した一人息子の顔が浮かび上がった。自分を尊敬してくれた息子の将来を案ずること、それが彼にできた最期の行動だった。
ほぼ零距離でレーザーの直撃を受けたアファームドの機体は激しく後ろにのけぞり、吹き飛ばされた。衝撃の余波で残された装甲は粉々に砕かれ、関節という関節は逆に曲がり、ねじ切れた。床に叩きつけられたアファにはもはや動く力は残されていなかった。ライデンのパイロットはこの戦いの中、初めて安堵の息を漏らした。“漆黒の魔人”とまで呼ばれる自分をこれほど苦しめたパイロットを、彼は知らなかったからだ。そのとき、大きな爆発音がエレベーターを揺るがした。彼は思った、
「下で何かが起きているのか?今からでも奴の仲間を追うことはたやすい…、しかし俺のライデンもバズーカを破壊され、グランドボムも使い果たし、レーザーも過負荷で使用不能だ。我々の作戦は失敗か…、もう長居は無用だろう。」
エレベーターが再び上昇を始めたとき、けたましく警報音が鳴り響いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「警報…?」
彼は不意に目を覚ました。気絶していたせいか軽い頭痛がする、前後の記憶がどこか曖昧だ。テムジンはジグラットの爆発を受けてニルヴァーナの端まで飛ばされていた。
「そうだ、あいつは!?」
彼はテムジンを立ち上がらせるとモニターで周りを見回した。ジグラットの姿はもうそこには無く、そのかわりに点滅する赤い光があたり一面から発せられていた。先ほどからの警報音、そしてこの異常な赤い光、彼は太陽砲の発動が間近であると感じていた。
「太陽砲…、どうやって止めればいいのか?」
今のテムジンにはこのムーンゲートを破壊できるほどの武器が残っていなかった。最期の手段は機体の動力エネルギーをビームソードに転換することだけ、だがそうしてしまえばここからの脱出ができなくなる。
「俺のやるべきこと…、決まっているじゃないか、なぁ?」
彼は任務のために己の命を犠牲にした仲間に問い掛けるようにつぶやいた。自分のためだけに作戦を放棄することが、彼にできるはずは無かった。彼はテムジンをムーンゲートの最奥部へと向き直らせた。視線の先には空間を歪めるほどのエネルギーが集中しているのがわかる。テムジンはビームソードを構えた。ライフルの銃身にわずかにビームフィールドが発生しているのに過ぎなかったものが、機体本体のVコンバータからライフルのバッテリーにエネルギーが送り込まれ、テムジンのエネルギーが残り少なくなるにつれて次第に長大になって行く。そして、ゼロ…。機体が力を失う直前、ソードは振り切られた。テムジンの全エネルギーを集中させた巨大なソニックウェーブがムーンゲートの最奥部に飛んで行くのが見えたのを最後に、テムジンは完全に活動を停止した
すべてのモニターが消え、非常灯だけがついた薄暗いコクピットの中で彼は攻撃が成功したかどうか知る由も無かった。しかし、鳴り続いていた警報音はいつのまにか消え、地の底から響くような振動が空間を支配し始めていた。振動は次第に大きくなって行く。振動に足元を救われる様に、テムジンはその場に崩れ落ちた。
「これで…、すべてが終わる。」
彼はこんな絶望的状況下に置かれながらもムーンゲートの最期を確信し、満足そうな笑みを浮かべた。行き場を失ったエネルギーはムーンゲートの内部に広がりながら膨張していく、テムジンをニルヴァーナごと飲み込みながら、
―― そして、月面は白い光に満たされ、ムーンゲートは消滅した。
◇ ◇ ◇ ◇
月と地球との間の宇宙空間、衛星軌道上にテムジンの残骸が漂っていた。そして、それに近づく一機の中型宇宙船があった。形式も所属も不明なその宇宙船はテムジンを迅速に回収すると地球に帰還していった。
すべては終わったかに見えた、その時には…
This story is continued to
ORATORIO TANGRAM
written by GTS