ミス・サイゴン

音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
詞:リチャード・モルトビー、JR./
アラン・ブーブリル
訳詞:岩谷時子
演出:ニコラス・ハイトナー

ルビ吉観劇記録=1991年(ロンドン)
1992年、1993年、2004年(東京)
2008年(東京)→観劇記はコチラ


【このミュージカルについて】
 1989年にロンドンで開幕した『ミス・サイゴン』は、『キャッツ』『オペラ座の怪人』、『レ・ミゼラブル』などと同じくキャメロン・マッキントッシュがプロデュース。日本ではロンドン、ブロードウェイに続く3番目の上演地として、1992年に東京で開幕。当時の日本では珍しい、常設劇場(帝劇)での1年半に及ぶロングラン公演であった。
 当時は帝劇が1年半も同じ演目を上演することがニュースとなったが、実物大のヘリコプターや5m以上もあるホー・チ・ミン像などスペクタルな舞台装置が登場することも話題に。また、劇団四季を退団した市村正親がこの作品で復活すること、マス・メディアからは姿を消した感のあった本田美奈子がいきなり主演ということにも驚かされた。

 今回の公演は、日本公演としては再演になる。『ミス・サイゴン』は舞台装置が大掛かり過ぎで劇場の改修工事が必要なゆえ、誰もが再演は望めないと思っていた。
そういう意味で、今回はかなり貴重な公演と言える。
【物語】
 1975年、陥落直前のサイゴン。爆撃で両親も家も失った17才の娘キムが、その夜
はじめてキャバレーのホステスとして店に出た。店を取り仕切るエンジニアは、やって来た客のG.I.のひとりクリスにキムをあてがう。戦争に対する疑問と虚無感いっぱいのクリスは、女などどうでも良かった。しかしキムの心情を知るにつれて、彼女に惹かれていく。キムもまた同様であった。互いが心の救いとなっていくのに時間はかからなかった。キムの許婚トゥイに邪魔をされながらも、やがて2人はかりそめの結婚式を挙げる。だがサイゴンが陥落し、アメリカ軍が敗退する日は目前であった…。
 1978年。キムは息子のタムを、たった一人で育てていた。いつかタムの父親クリスが戻ってくる日を信じながら。そんな折、トゥイが現れタムの存在を知り逆上する。アメリカ兵との間に出来た子供など認められず殺そうとする。咄嗟にキムはクリスから預かり
大事に持っていた銃で、トゥイを射殺してしまう…。タムのためにも、もう逃げるしかないキムはエンジニアに救いを求めた。その頃エンジニアは何の夢も持てないサイゴンを捨て、アメリカに渡ることに奔走していたが埒が明かない。しかし、自分がキムの兄になりすまし、タムを理由にアメリカに行けると考えたエンジニアは、キム親子を連れてサイゴンを脱出する。

 アメリカではクリスと親しいジョンが、アメリカ兵とベトナム人の間に生まれた私生児をアメリカに呼び寄せるブイ・ドイ財団で働いていた。ある日クリスはジョンから、キミの子供とその母親がバンコクにいると教えられる。すでに妻のエレンがいるクリスは、愕然とする。しかしエレンに全てを話し、バンコクに向かう。
 バンコクで再会の日。ホテルの一室で夫の帰りを待つエレンは心穏やかではなかった。そこにクリスと会えること以外なにも知らされていないキムが、喜び勇んで訪れてくる。妻の存在を知ったキムは半狂乱になるが、息子の幸せだけは必ず実現させるべくある計画を実行する…。

【観劇記】
 再演で俺が楽しみにしていたのはキャスト。初演はキャストが素晴らしく、特にエンジニアは市村正親、キムは本田美奈子で役のイメージが完成してしまっていたのです。それを今回、誰がどう崩してくれるのか?が俺の見所でした。一方では、今のミュージカル界でふたりを超えられるエンジニアとキムはいるのか?という疑問もありました。
そういう意味で待ち望んだキャスト発表会。すぐにネットで確認して、俺は驚きました。
キムの松たか子、知念里奈は「ああ、なるほど」って感じでしたが、エンジニアの橋本さとし、筧利夫はホントにびっくり。その手があったか…と。胡散臭い濃い目のキャラは彼らにぴったり。このキャスティングを知っただけで早く見たい!と心躍るというものです。
 俺が選んだ公演は、エンジニア=橋本さとし、キム=松たか子を外せないとして、後は歌の上手さが保証されてる役者で決めました。その結果、クリス=坂元健児、ジョン=岡幸二郎、トゥイ=泉洋平。エレンは石川ちひろが希望でしたが、上のキャストを固めたら高橋由美子になってしまいました。

 新しい役者を迎えて、『ミス・サイゴン』は見事に生まれ変わったと思います。特に橋本さとし、松たか子の力は大きい。橋本さとしは市村さんより飄々としたエンジニアを演じ、全編重くて暗い舞台に、唯一息抜きのできる喜劇的味わいをもたらせてくれました。長身でロン毛というのも舞台栄えしていい。松たか子はさすがです。芝居の上手さは天下一品だと思ってますが、歌もかなり上手くなっていたように思います。気持ちいいほどの(?)悲恋のヒロインぶりで、客の涙を誘ったのではないでしょうか。明瞭な発声も本当に好感が持てます。クリスの坂元健児、ジョンの岡幸二郎は歌が素晴らしい。歌だけで言うと、この2人がイチバンです。特にこの2役は名曲とも言えるソロナンバーがあるのですが、彼らは充分に聞かせてくれました。エレンという役は、夫が何か秘密を隠し続けていることに苦悩し、果ては夫にベトナム人の妻と子供がいたという現実を受け止めなければならない女性。エレン役はそれを出番の少ない短い時間で演じなければなりませんが、こういうクセのある役どころはさすがに高橋由美子は上手いなぁーと感心しました。
 俺が見た公演のキャスト以外にも魅力的な役者は大勢いて、千秋楽までに別キャストでもう一度観劇したいものです。

 ところで、『ミス・サイゴン』を最後に見たのが93年なので、およそ11年ぶりにこの作品を見たことになります。この11年間にベトナム戦争の史実は変わらずとも、世界におけるアメリカの立場は微妙に変わりました。一旗あげたいエンジニアはその気持ちを『アメリカン・ドリーム』というナンバーに乗せて歌いますが、アメリカン・ドリームって言葉自体が2004年の今、俺には空々しく思えて仕方ありませんでした。

【ミス・サイゴン/今後の公演スケジュール】
◆東京・帝国劇場 11月23日まで
◆S席13,500円 A席9,000円 B席4,000円
※東宝HPにて空席状況を確認できます。

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