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【このミュージカルについて】 カトリーヌ・ドヌーブ主演の映画『シェルブールの雨傘』の音楽があまりにも有名な、ミッシェル・ルグラン。彼がエイメの小説を原作とし、1996年にフランスのナントで幕を開けたミュージカルが、この『壁抜け男』。やがてパリでは異例の1年以上のロングランとなる。日本ではその3年後に福岡で初演の幕を開けた。 音楽はピアノ、リード、パーカッションの三人編成。また出演者も12人と、なんともこじんまりとした作品。役者も5人以外は二役、三役と掛け持ちであたっている。 |
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【物語】 中年にさしかかったデュティユルは平凡な郵便局員。苦情処理課で、同僚たちに馬鹿にされながらもひとり黙々と働いている。趣味は切手集めとバラの水遣り。職場と家を淡々と往復するある日、デュティユルは体の異変に気づく。なんと壁を抜けられるようになってしまったのだ。慌てて精神科へ急ぐが、医者は長い病名を告知するだけで埒が明かない。頭が痛くなったら飲めという薬を処方され、また本気で女を好きになったら壁は抜けられなくなるという忠告はされるがわけがわからない。 平凡だった毎日に少しずつ変化が訪れる。興味本位でパン屋に忍び込み、パンを盗んでみた。そしてそれはやがて宝石店で宝石を盗むまでに至った。盗んだ品物は困っている人たちに与えていたことから、世間は「義賊が現れた!」と大騒ぎ。 デュティユルの隣に住むイザベルは、夫に自由を奪われた籠の鳥。彼女に憧れるデュティユルは自分の存在を知って欲しく、わざと銀行に忍び込み、逮捕されマスコミに報道させる。デュティユルが世間を騒がせている義賊だと知った職場の同僚たちは、それまでの態度を一変させ、彼の解放運動まで始める。またイザベルは壁を抜け自由に行き来できる義賊に憧れを持ち始める。やがて刑務所の壁を抜け、脱走したデュティユルはイザベルに会いに行くのだが…。 |
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【観劇記】 ありえない現実を物語にする夢物語や悲劇…ミュージカルにはそんなテイストが多いが、『壁抜け男』は「壁を抜ける」という非現実を題材にしながらも、不思議と現実的な生活や人生観を感じさせるのが特徴だと思う。そして平凡な毎日を全面的に肯定してくれるミュージカルで、普通の人間や普通の暮らしが、どれだけ幸せなのかをしみじみと謳いあげてくれるのが魅力。俺などは何度見ても、『壁抜け男』に癒されている。「人生に疲れたら壁抜け男を見よう」と、そんな感じだ。 さて、主役のデュティユルは石丸幹二。初演以来演じ続けている役だが、今回の感想としては主役がダントツに素晴らしいということ。今まで石丸幹二のデュティユルって特別な感想もなかったのだが、何がどうなったのか、とにかくいい。まぁ、ひとつ考えられるのは、石丸さんがまだ若かった頃は「寂れた公務員にしちゃあイケメンすぎないか?」という見え方もした。しかし年を重ねて…というか、今や急速に老け込んだ感のある石丸さんが演じると良いバランスでデュティユルが見えてくるのである。モテない役だからといってブサイクが演じるとリアル過ぎていただけないし、オトコマエでも若いと「オマエがモテないわけねーだろっ!」的に嘘くさい。ちょっと老けたオトコマエは良いバランスだ。 ほかのキャストでは、『オペラ座の怪人』で主役のファントムが好演だった高井治の部長役が良かった。歌の上手さはよく知っていたが、演技も結構上手いなぁと感じさせた。イザベルの木村花代は俺のお気に入りなのだが、あまり人妻という感じがしなくて残念。ていうか、花ちゃんにこんな役をつけてやるなよ!と、怒ってみたり。やはりこの役は、微妙にいつも疲れ顔にして幸薄そうな顔立ちだった井料瑠美さんがピッタリ。もう退団しちゃったけど。娼婦にして八百屋のオバハンは、今回も丹靖子。ハマリ過ぎ。丹さん以外に考えられない役だが、彼女が退団したら誰が演るのだろう。 それにしても今年の初めにソウルで同じ作品を見てきたが、これと比較すると四季の舞台ってやはり優等生的だなぁーと改めて感じさせた。『壁抜け男』は本来笑いどころも多数ある作品。でも四季の公演では、目だった笑いは起きない…というか笑わせてもらえない。ソウル公演の『壁抜け男』なんて、出っ歯の付け歯までしたブサイクな女が出てきたり、オネェキャラの刑務所の監視員が出てきたりでハチャメチャ。韓国語がわからなくても大笑いさせてもらった。他所でこういうのを見てしまうと、四季には笑いのセンスが著しく欠けていることが残念に思うのであった。 |