エビータ

演出:浅利慶太
作詞:ティム・ライス
作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
エビータ衣装:森英恵
美術:土屋茂昭

ルビ吉観劇記録=1988年(大阪)、1996年(東京)
1998年(大阪)、2005年(東京) 
2007年(京都)→京都公演の観劇記はコチラ★★★ 
【このミュージカルについて】
 初演は1978年のロンドン。今やミュージカル界の重鎮とも言えるティム・ライスやロイド=ウエバーの初期の作品であり、楽曲の完成度、多様性は彼らの作品の中でもナンバー1と誉れ高い。日本では劇団四季により、1982年に東京の日生劇場で幕を開けた。初演のエビータ役は久野綾希子。以後、野村玲子、五十嵐まゆみ(岡まゆみ)、
鈴木京子、堀内敬子が同役を務めている。
 今回の公演は“『エビータ』の決定版”と銘打ち、装置なども一新された。そしてエビータ役は六代目として井上智恵が務めた。
【物語】
 アルゼンチン大統領(ペロン)夫人・エビータ。ミュージカルは彼女の33年間の生涯をモチーフに描かれる。私生児だったエビータは次々と男たちを手玉に取り、やがて女優に、そして副大統領夫人の座を射止める。政治の世界にまで登場してしまった彼女は貴族階級や軍部から猛烈に糾弾されるが、それにひるむことはなかった。貧しい労働者階級を扇動し、ついには夫を大統領の椅子にまで導くのであった。しかしエビータの活動は、ファーストレディの冠を得たところで終わることはなかった。積極的な外交、慈善事業と、その情熱は留まるところを知らない。しかし貴族から金を巻き上げ、そして自らを飾り、またその一方で貧しい者たちに金をばら撒くだけの活動は、アルゼンチン経済を根幹から揺るがすに至らしめた。だがエビータ自身の体にも暗い影が差し始め…。
【観劇記】
 実はこの『エビータ』こそ、俺が初めて観た本格派ミュージカルであり、ミュージカルにハマるきっかけを作った作品なのです。1988年・春のことでした。余りの面白さに、一週間で3回も劇場に通ったことが懐かしく思い出されます。そして俺の中では特別な意味を持つこの作品が、初めて観た日から17年、最後に見た日から7年の月日を経て、急遽東京で開幕することになったのです。

 すべてが新しくなったという『エビータ』は本当に素晴らしく、“決定版”の名に相応しい仕上がりでした。物語の構成こそ何も変わっていませんが、やはり舞台装置や照明デザインが一新されるだけで印象はずいぶん変わるものです。装置では何が驚いたかと言うと、二幕冒頭のバルコニーのシーン。ここは、エビータがついに大統領夫人にまで登りつめて初めて民衆の前で演説をする場面なんですが、作品最大のヒット曲である「アルゼンチンよ、泣かないで(Don't cry for me Argentina)」を歌う最大の見せ場でもあります。過去の『エビータ』では、普通にそして簡素に作られたバルコニーのセットが舞台上に設置されていて、そこで歌っていました。しかし今回はなんと円形床の一部がクレーンで持ち上がり、前方客席にまでせり上がって来るという仕掛けになっています。民衆役の俳優たちは客席通路にまで降りてきて、大統領夫人の演説に応えます。最大の見せ場とはいえ、もともとこの歌が静かな曲であることもあり、これまでは“静かな盛り上がり”といった様相でしたが、今回は何とも派手な盛り上がりに変わっていました。場面のメリハリという意味では、こういう見せ方もアリだなぁと感心しました。

 さて、六代目エビータ・井上智恵。キャスティングされた時は意外な人選に驚きましたが、逆にその意外さに期待もしていました。そして実際に観ると、もう期待通りの素晴らしさがありました。主人公のたくましさ、したたかさ、もちろん美貌に及ぶまで、全て満点の演技で表現できていました。俺は歴代エビータ六人中五人を見ていますが、間違いなく最高のエビータでしょう。井上さんは歌のうまさは既に保証されているわけですが、今回はそれに加え、声の強さとか押し出しの強さが見事です。歌によっては彼女の第一声で、客の心は一気に舞台に引き込まれたのではないでしょうか。
 そのほかの役者たちは安定した技量でエビータの脇を固めていましたが、井上さんが余りにも突出しているので、今となってはあまり記憶にもありません。よって、覚えていることだけ少し…。狂言回しのチェ・ゲバラを演じた芝清道は桁外れの声量で客席を魅了しました。ペロン役の下村尊則は本来は中性的な人。この人もキャスト表を見たとき意外に思いましたが、想像してたよりはイケてました。ラテン歌手のマガルディ役は佐野正幸。マガルディのソロナンバー「星降る今宵に」はクセのあるやらしい歌い方で耳慣れているせいか、佐野さんの端正な歌い方は違和感がありました。ミストレス役は久居史子。美しいソロナンバーを持つ役ですが、久居さんの歌は可もなく不可もなく。アンサンブルの皆さんは、今回はとりわけ良かった。コーラスも美しかったし、ダンスも揃うところは美しく揃うなど、数人の方しか名前と顔がわからなかったのですが、実力ある人たちで揃えているんだなぁーということはよくわかりました。

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