エリザベート2008年版 観劇記

 エリザベートと言えば一路真輝の当たり役。しかし彼女が無期限休業に入り、新エリザベートが2人誕生した。ひとりは涼風真世で、もうひとりは朝海ひかる。俺は迷わず涼風真世バージョンで観劇した。
 結論から言うと「素晴らしい!」の一言。何が素晴らしいって、歌が全然違う。自分にとってエリザベートは音楽に魅力のある作品だったので、歌唱力のある女優が演じることで作品も別物に感じた。一路真輝はヒロインとしての圧倒的なオーラや芝居という面で本当に魅力的だったが、肝心の歌は100%ではなかった。特に年月と共に高音のかすれが気になり、いつの間にか歌には期待しないようになっていた気がする。
 エリザベートにおける涼風真世の素晴らしいところは、単に歌唱力があるということだけではない。場面ごとの芝居によって、声や歌い方をきっちりと演じ分けていることにも感心した。特に最終場近く、エリザベートが老年になって歌う「夜のボート」という曲などは、ベテラン女優ならではの歌だったと思う。歌自体せつないものなのだが、彼女が歌うと、ご自身が人生経験を積んでいるせいか、歌の深みが何倍にも増して聞こえた。
 芝居は時々アニメチックな台詞回しが気になることもあるが、総じてそつがなく器用。ヒロインとしてのオーラも、一路真輝に比べて圧倒的というほどではないが美しい。しかしこの作品の歌の魅力を存分に届けてくれた涼風真世は、とにかく大健闘であった。

 さて、世間では賛否両論の武田真治のトート。これまで山口祐一郎、内野聖陽で観てきたので、これまでのトート像は一気に崩れた。涼風エリザベートと並ぶと、否応なしに背の低さを感じさせ、また武田・涼風の実年齢もちょうど一回り違うということもあって、最初はアンバランスさが気になった。しかしトートは本来人間ではなく、物語上も人としてエリザベートに絡むことはないので、舞台が進行するにつれて俺はアンバランスさも気にならなくなった。前向きに捉えれば、彼の中世的な雰囲気がトートという抽象的な役どころに合ってなくもない。ただ歌に関しては決して下手ではないが、もう少し精進してほしいところ。

 そのほか初見のキャストについて記しておくと、まず皇太后ゾフィーを務めた寿ひずるは、確かな歌唱力と圧倒的な存在感で迫力があった。オーストリア皇帝フランツ役・石川禅の歌は、いつ聞いても言葉が明瞭で聞きやすい。頼りない皇帝の雰囲気もよく出ていた。皇太子ルドルフ役の伊礼彼方は、名前すら初めて見る若手だが、歌もそつなくこなし姿もフレッシュであったが、特筆すべきところもないといった印象。

 新しいキャストで生まれ変わった『エリザベート』。朝海ひかるバージョンはわからないが、少なくとも涼風真世バージョンに関しては、歌のうまい役者が揃って楽曲の魅力がより一層引き立っていた。歌がちゃんと物語を引っ張っていく、これぞミュージカル!という印象であった。


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