第一弾 西ヨーロッパ一人歩き




@「怒濤の前哨戦」編



 1998年7月、一ヵ月半に渡る初の単身海外放浪が始まる・・・その前にちょっとしたエピソードを。

 テストが終わって学校が夏休みに入り、一週間ほどそれなりに行事をこなしたもののその後は見事に暇になった。特に予定もなかったので「何しようかなぁ?」とボーっとしていたところに母の一声。

 「ちょこっと海外でも行って来たら?」 (←今にしてみれば物凄い気楽な一言・・・)

 いったん決めたら止まらない私の性格。試しにプランニングして、早速翌日には旅行会社へ・・・

 (テレビのドキュメンタリーの影響で)
 「シルクロード鉄道って乗れますか?」「多分無理ですね。」
 「じゃあシベリア鉄道は・・・」「つまらないですよ。それ以前に両方ともビザ取得が大変ですし・・・」

 国内旅行(というより鉄道か!)には精通している私ではあるが(←たまに友達からもプランニングを頼まれるんですっ!)、如何せん海外となるとそれまでに二度(両方ともある種の団体旅行みたいなもの・・・でもエピソードはそれなりにあるので後日また紹介します!)行ったきり。そっけなく出端をくじかれ早くも路頭にさまようが、こういうときに限って“捨てる神あれば拾う神あり”なんですね。中学の時に姉共々お世話になった社会の先生・・・このような肩書の人物ならばどこにでも居そうだが(先生、すみません!)、何せその先生は(私が卒業してから1、2年後に)日本人学校の先生としてバルセロナに赴任したという経歴の持ち主!そして何より“5年ぶりの音信復活”をする上で心強かったのは、先生の奥さんが母のフラワーデザインスクールの生徒だったこと!!これで少しは旅のヒントが・・・と、少々期待して電話をする。

 「イスタンブールあたり面白いんじゃないかな。あと、ローマの地下鉄には十分気をつけて・・・怖いから(笑)。もちろんバルセロナもいいよ!」(ちなみにその後直接に報告をしていない・・・すみません!)

 この一言で大体のルートが瞬間的に決定!出発地はイスタンブール!!で、ギリシャ、イタリア、フランス、スペインを周って・・・しかし、ゴールが決まらない。丁度その頃、大学の友人から電話が・・・

 「僕もイギリスに行くんだよね・・・あっ、そうだ!最後の方で一緒にイギリス一周しない?」

 この一言で見事にゴールがロンドンに決定!おまけに「8月7日の12:00にトラファルガー広場のネルソン提督像の前で待ち合わせ」(笑)というとんでもないプランまで決定!!ロンドンを含めてイギリスはその一年前に行っただけにある程度は勝手が知れていた・・・躊躇なく安心して英語も使えるし(笑)。

 ここまで決まったらもうこっちのもの。再び旅行会社に行って行き帰りのチケット、そしてユーレイルパスを手配・・・「宿ぐらいは行き当たりばったりで何とかなるっしょ!」(←その根拠、当然の如く全くなし)

 こうして親戚周り(こう書いて“せんべつかせぎ”と読む)や参院選の不在者投票(初めての選挙がこんな形になるとは・・・)などの諸準備を済ませ、期待と緊張(不思議と不安はなかった・・・)の入り混じる中、アエロフロート機(!)で成田を出発・・・型が古いどころか機長がウォッカ飲んだっくれて落ちるんちゃうか?