春夜

<原文語釈>

*1直 ねうち。値と同じ。 

*2陰 おぼろに曇ること。 

*3歌管 歌声と管絃(カンゲン)の音色。 

*4細細 かぼそく聞こえてくるさま。

*5鞦韆 ぶらんこ。女子の遊びに用いた。 

*6院落 中庭。 

*7沈沈 時が静かに過ぎるさま。 また、夜が更けゆくさま。

<解釈>

 春の夜のひとときは、千金に値するほどに美しい。花には清らかな香りが漂い、月はおぼろにかすみわたる。

<出典>

 北宋、蘇軾(ソショク)(字(アザナ)は子瞻(シセン)、号は東坡(トウバ) 1036―1101)の「春夜」詩。七言絶句の第一・二句。『東坡続集』巻二。

蘇東坡集

そとうばしゅう

 北宋の蘇軾(ソショク)(号は東坡 1036―1101)の詩文集。四十巻。東坡集とも言う。東坡の詩文集は早くから編定されていて、弟の蘇轍(ソテツ)が書いた墓誌銘に「東坡集」四十巻、「後集」二十巻、「奏議集」十五巻、「内制集」十巻、「外制集」三巻の名が見えている。これに「応詔集」十巻、「続集」十二巻を加えた七部が「東坡七集」として世に行われてきた。いま通行の「東坡七集」は、明の成化四年(1468)に刊行されたものによっているが、『東坡集』と『後集』は宋刊本が存している。また別に重要なテキストとして南宋の郎曄(ロウヨウ)編注『経進東坡文集事略』六十巻の宋刊本がある。なお『三蘇全集』には、文集と詩集を合わせた形の『東坡集』八十四巻が収められている。わが国では、赤松勲(蘭室 1743―1797)が選び訓点をつけた『東坡文抄』二巻が文化元年(1804)に刊行されて流布した。(横山伊勢雄)

 <解説>

 この詩は、三十代後半の作と考えられているが、六十代の初め頃の作かと思われる詞「蝶恋花(チョウレンカ)」には、「牆(カキ)の裏(ウチ)なる鞦韆(シュウセン) 牆の外(ソト)なる道、牆の外を行(ユ)く人のあり、牆の内(ウチ)に佳人(カジン)は笑う」とある。鞦韆で遊ぶ佳人のイメージは、作者の胸中に深く畳まれていたのだろうか。うたげも遊びも、先刻までのものである。今はそのはなやぎの余韻が漂うばかり。華麗と寂寞(セキバク)との交錯する静けさ――そこに作者は「直千金」の美を見いだす。鞦韆の佳人の面影が、この詩にも息づいていないか。(安藤信広)

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