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「司令、まもなく火星空域に到達します。」 航海士の報告に視線を上げる。 艦橋から、 先行する葵の先に赤い小さな星が見える。 火星。 人類が初めて到達した、地球外の惑星。 火星は太陽系第4番惑星で、直径6,794km、 太陽からの距離2億2794万km。 フォボスとダイモス、 2つの衛星を持つ。 年間平均温度はマイナス55度。 夏の昼間で27度にもなるが、 冬の極点ではマイナス133度にもなる、寒暖の差の激しい星である。 大気は薄く、その95%が二酸化炭素だが、 温室効果を望めるほどではない。 平均気圧7ヘクトパスカルは、 地球の大気圧の1%未満しかない。 しかし、激しい風が吹き、 時には惑星全体を数ヶ月間覆い尽くすほどの砂嵐を巻き起こす事もあり、 気象的に厳しい環境である。 過去には火星にも居住区があり、 小規模ながら複数の都市が存在した。 しかし、ガミラス大戦勃発後、 他の惑星の都市共々ガミラス艦隊の攻撃に遭い壊滅。 わずかに点在する観測所を残すのみとなっている。 戦況が深刻化するなか、 観測員は正規宇宙戦士から訓練生へと移行していった。 「うむ、火星空域の状況はどうか?」 「はっ、現在、火星空域周辺に敵の反応はありません。 オールグリーンです。」 徐々に大きくなる火星のシルエット。 火星に近づくにつれ、 土方は一人の訓練生を思い出していた。 古代進。 ヤマトの戦闘班長だ。 彼を特別訓練生として火星の観測所へ送ったのは、土方であった。 「火星の観測所で訓練なんて…、一体なんの役に立つんだ?」 宇宙戦士訓練学校。 その教室で不満を口にする少年がいた。 「俺は早く卒業して、兄さんと一緒に両親の仇を討ちたいんだ。 観測所勤務なんて遠回りはしてられないんだよ」 少年の名は古代進。 宇宙戦士訓練学校では艦載機科を専攻していた。 しかし、空間戦闘、地上戦闘にも非凡な才能を発揮し、 将来を有望視されていた。 そんな彼が、 突然閑職とも思える観測所へ訓練に送られることになったのだ。 彼の不満も当然だと思われた。 だが、彼も、 彼の同期生も気づいてはいなかった。 火星の観測所への派遣こそ「特別訓練」だと言う事を。 勤務人員は2名。 火星の観測所と言う限られた空間にたった2名で長期間勤務することは、 宇宙での生活に慣れない者にとって、並大抵の精神負担ではない。 この訓練を乗り越えた先に、 人類の存亡をかけた特殊任務が待っているのだった。 まさに有望視されているからこその観測所勤務なのだ。 「だめだ、どうしても納得がいかない! 土方先生に直談判してくる!」 彼は直情径行で、こうと思ったら一直線、頑固な性格だった。 また、親の仇を討たんが為、血気にはやっていた。 いずれ指揮官として成長するには、危険な要素であった。 すくっと立ち上がると、脇目もふらずに駆け出す古代の後姿を、 親友の平田がため息混じりに見つめていた。 「古代も、もう少し落ち着きがあるといいんだけどな…」 「君には古代の観察もしてもらいたい。 奴は血気にはやりすぎる。 この訓練を通して、古代が精神的な成長を遂げるかどうか、 報告してほしい」 「はい、わかりました」 宇宙戦士訓練学校の校長室。 校長の土方は、 もう一人の特別訓練生と話していた。 航海科専攻・島大介。 17歳とは思えないほど大人然として、冷静沈着だった。 ドン・ドン! 少し粗暴な感じで、ノックが聞こえる。 「誰か?」 「艦載機科、古代です。 土方先生にお話があり参りました」 「入れ」 古代は開いた扉を後ろ手でしめると、室内にいる島に気がついた。 しかし、すぐに視線を土方に戻し、早い足取りで土方の眼前に立つ。 一方土方は、古代の視線を真正面から受けとめ微動だにしない。 島は古代の様子を察し、土方に一礼して部屋を後にした。 「土方先生、単刀直入に申し上げます。 自分の火星行きを取り止めにして下さい」 「古代、貴様も宇宙戦士ならば、命令に従え」 興奮気味の古代を静かに諭す父親の様に、土方は応えた。 その姿が、返って古代を刺激したようだった。 「先生! 今この時も、 多くの宇宙戦士がガミラスと戦っているんですよ。 自分の兄も前線で命を賭けて戦っています。 自分も一日も早く前線に立ち、地球に平和を取り戻したいんです。 のんびり火星の観察なんかしてる場合じゃないんです」 普段の彼なら、こんな不躾な事は言わなかっただろう。 冷静な土方を前に、興奮の度合いが増してきてしまったようだ。 「古代、命令に説明はない。 下がれ」 土方の厳しさを備えた鋭い眼光に圧倒され、 古代は言葉が出なかった。 握り拳が震え、奥歯を噛み締めながら、 古代は校長室を去っていった。 その後姿を見送った土方は、 小さなため息をつき、窓の向うに広がる校庭を見やった。 <落ち着きが出てくれば、いい指揮官になれるんだがな…> 「やれやれ、年寄りも駆り出さねばならないんじゃ、 地球もおしまいかね?」 輸送作戦の第二段階、輸送艦運用計画に伴い、 退役した宇宙戦士に召集がかかった。 艦隊勤務経験者を中心に3交代120名が召集された。 先の言葉とは裏腹に、みなその顔にやる気がみなぎっていた。 防衛軍生活を終えて、戦場を去って言った猛者たちは、 この戦争の行く末を憂い、 自分たちが志半ばにリタイヤしなければならない事に歯噛みしていた。 自分たちに再び出番が来た事は、人員不足が著しい証拠。 悲しい現実ではあるが、だからこそ一層奮起した。 ひよっこども、待っていろ。 今俺たちが鍛えてやる。 いきり立つ宇宙(うみ)の猛者たちがそこにいた。 「土方司令、榎の大森艦長から艦長室へ入電です」 「うむ、繋げておいてくれ」 今回の輸送艦隊では、土方は艦隊司令、三笠艦長兼任だった。 通常ではありえないことだが、敗戦に継ぐ敗戦に優秀な宇宙戦士は戦死、 または負傷入院となり人材の枯渇がすすみ、 操艦技術のある指揮官がいなかった。 先に宇宙ドックで見つけた廃艦同然の艦も、輸送作戦で再生したとしても、 それを運用する乗組員の確保が困難であった。 この輸送艦隊も、乗員定数の60%ほどの人員で運用しているのだ。 ハードもソフトも枯渇寸前の地球なのだ。 「土方司令、火星をみてると古代を思い出しますね」 柔和な顔から、さらにやさしい笑顔がこぼれる。 大森艦長は榎に乗艦し、多くの新米宇宙戦士の慣熟航行を行っていた。 宇宙戦士訓練学校を卒業した宇宙戦士たちは、 実働部隊に配属される前に教育部隊に配属される。 教育部隊での訓練を経て、配属部隊、配属科が決定される。 榎はこの教育部隊に所属し、主に内惑星圏内を行動していた。 その榎の艦長、大森が古代を懐かしむのは、 本来ならありえないことだった。 「大森くん、火星空域と言えども、今はまだ敵制宙圏と言っていい。 そんな中、私的な通信とは関心できんな」 「すみません、司令。 司令も古代と島を懐かしんでいるのではと思いまして。 あの子たちは伸びますよ。 必ず地球に帰ってきます。 立派な宇宙戦士になって」 火星の観測所への往来は、輸送物資とともに輸送艦で行っていた。 しかし、古代と島の場合は、その任務の特殊性から榎で行い、 火星までの航海を彼ら2人の慣熟訓練にあてがった。 航海科専攻の島は操舵手に就け、古代は艦載機科であったが、 戦闘指揮に当たらせた。 月軌道脱出後とフォボス空域で演習を行い、 荒削りではあるが、2人とも才能の片鱗を伺わせる出来栄えだった。 島は重力の弱いフォボスへの着岸をこなし、 正規航海士の助言があったものの、火星への軟着陸を成功させた。 古代は、仮想敵艦に見立てた標的を10個中8個撃破。 戦闘指揮中の操艦で被弾1に抑えた。 2人の成績は、 初の慣熟訓練としてはずば抜けた成績だと言っていいだろう。 大森は目を細めて、 防衛軍本部に報告した事を昨日のように思い出していた。 「彼らは戦える強力な艦と沖田さんと言う歴戦の勇士に鍛えられ、 立派に任務を果たしてくれるだろう。 私もそう信じている。 その時、地球が無事に彼らを迎えられるよう、 我々も任務を真っ当しよう」 「はっ、まったく同感です、司令」 いつしか後ろに回りこんだ火星。 赤い三日月のようにその姿を変えて、虚空に浮かび上がっていた。 ツツー、ツツー 三笠艦長室の艦内インターホンがコール音を鳴らす。 大森と話したことで、しばし過去の時を彷徨っていた。 その土方をコール音が現実へ呼び戻す。 「土方だ、なにか?」 「はい、まもなくアステロイドベルトに到達します。 艦橋へお越しください」 「了解だ」 アステロイドベルト。 火星と木星の軌道の間に存在する、 太陽の周囲を回る公転軌道を持つ小惑星群である。 その岩石は、第10番惑星の成れの果てだ。 「土方司令、艦橋に入ります」 土方が艦橋に戻ると、操舵手、レーダー手を除き、 艦橋クルーが直立敬礼で迎える。 「全艦隊に通達。 これよりアステロイドベルトに進入する。 進入後はアイーダに艦隊を隠し、進路索敵後に進出を再開する。 進出再開まで緊急時を除き、各艦、通信はこれを禁ず。 以上」 アイーダはアステロイドベルトのコロニス族の小惑星で、 太陽からの平均距離2億7000万キロ、 大きさ58×23キロの細長い天体である。 アイーダは1.6×1.2キロの球形に近い衛星ダクティルを持ち、 小惑星において初めて発見された衛星をもつ小惑星となった。 土方艦隊は、アイーダに向かってアステロイドベルト内を航行した。 航行速度を落とし、小惑星と同化するように進み、 万一、外惑星域に敵がいたとしても、その発見を遅らせる行動を取った。 「アイーダに接近します」 「ダクティルに気をつけろ。 他の小惑星と動きが違うからな」 小惑星の衛星で極めて小さいとは言え、 全長数百メートルの艦とは比べ物にならないサイズである。 だが、このダクティルのお陰で、艦隊の存在が隠しやすいとも言えるのだ。 「百式探索艇を出せ。 進行方向へ100宇宙キロの範囲で索敵せよ」 4機の百式探索艇が索敵に飛び立つ。 虚空に吸い込まれ、 すでに肉眼では目視できなくなった。 レーダー上でも、 4機は小惑星や岩石にレーダーが阻害され、確認が困難になっている。 索敵機がもたらすのは、穏やかな航海か、嵐の予感か… |
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| 初出:2005/02/08 |