http://www.aurora.dti.ne.jp/~mutsumi/study/meiji310.html
2002-05-15公刊,2002-10-06Web掲載
黒澤睦「社会の変化と刑事司法:『事件』当事者のニーズと刑事司法」明治大学学園だより第310号(明治大学,2002年5月15日)4頁。

  1. 原文は縦書きです。

社会の変化と刑事司法:「事件」当事者のニーズと刑事司法

(「平成13年度刑事政策に関する懸賞論文」佳作受賞の感想等と論文要旨)

大学院法学研究科博士後期課程 黒澤 睦

 二〇〇〇年三月に提出した修士論文「刑事司法における告訴の意義―親告罪における告訴を中心にして」が、今回の懸賞論文のテーマに関連していたこともあり、指導教授の山田道郎先生から応募の勧めがありました。テーマの大きさと、この分野に関する研究が最近とくに急展開していることなどから、論文執筆にあたっては、かなりの苦労が予想されました。しかし、指導教授に御指導いただいただけでなく、学外の研究会(Restorative Justice 研究会)でも、多くの示唆を受けました。とくに、文献に当たるだけでなく、他の学問分野の研究者や実務家の方々と議論ができたことで、型にはまった思考ではなく、〈視点を変えた〉自由で柔軟な発想をすることができました。これは、今回の論文執筆に寄与したばかりでなく、私の今後の研究活動にも大きな影響を与えるでしょう。
 それでは、論文の要旨を見ていくことにしましょう。
 従来、刑事司法の当事者は被疑者・被告人と国家とされ、刑事訴訟はその両者の対立構造という図式で捉えられてきた。そうしたなか、被害者等通知制度や犯罪被害者保護関連二法等が具体化され、刑事司法に被害者の観点が大きく取り入れられた。しかし、それでも、被害者に刑事司法の当事者として主体性が認められているとはいえない。この点に関しては、加害者や被害者のみならずコミュニティにも主体性を認め、害悪を受けた事件当事者全員の回復・関係修復を目指す、「修復的司法」(Restorative Justice)という考え方を参考にすべきである。
 事件の当事者(とくに被害者やコミュニティ)のニーズは、とても多様であるが、これを大きく分けると、(A)回復・関係修復的ニーズと(B)処罰・応報的ニーズの2種類がある(情報入手という被害者のニーズは、両ニーズの前提といえる)。このうち、(A)回復・関係修復的ニーズには、修復的司法がふさわしく、和解や仲裁というような選択肢が準備されるべきである。もっとも、無罪推定の大原則(加害者が誰であるかが明らかでない場合だけでなく、一見すると加害者が誰であるかが明らかであると思われる場合も含まれる)や、司法過程に関与することで生じる被害者等の二次的被害の回避、さらには回復や関係修復の実現可能性という点からも、修復的司法の方策の選択は当事者の完全な任意によるべきであり、現行の刑事訴訟制度という選択肢を完全に排除してしまうわけにはいかない。そして、修復的司法の方策がとられた場合における刑事訴訟との関係という点では、@代替的考慮(不起訴、公訴取消、手続打ち切り等)、A非代替的考慮(量刑や仮釈放での考慮等)、B無影響、という形態が考えられる。また、純粋な修復的司法論とは異なるが、犯罪被害者給付金制度の拡充、刑事制裁としての損害賠償命令(被害者の回復)や社会奉仕命令(コミュニティの回復、加害者のコミュニティへの再統合)の導入が望まれる。これに対し、(B)処罰・応報的ニーズには、私人訴追や公訴参加、さらには刑事裁判の中で民事上の責任を追及する付帯私訴(回復的ニーズにも大きく関わるが、当事者が直接的に対立しているという意味では処罰・応報的でもある)等の制度が必要になるだろう。というのも、回復・関係修復の努力が実らない場合に、被害者等の処罰・応報感情を汲み取る選択肢も準備されていることが、当事者のニーズを反映した刑事司法の必要条件だからである。もっとも、いわゆる感情刑法に陥らないためにも、適正な手続が確保されなければならない。
 この分野に関しては、論文執筆後もさらに研究を進め、検討をし直しており、私の考え方にも変化が生じてきています。これは、今回の論文が不十分であったからともいえますが、肯定的に解釈すれば、研究に対する私のスタンスを表しているともいえるでしょう。それは、研究者たるもの、通説や常識とされていることを鵜呑みにせず、常に批判的に検討しなければならず、また同様に、自分の正しいと考えていることも、常に批判的に検討(自問自答)し続けなければならない、というものです。そう考えると、私の自問自答(これは、ある先輩から大学院での研究を通じて学んだ財産ともいえるものです)のきっかけを与えてくれる他者からの批判がとても重要になってきます。それは、冒頭で述べた他の分野の研究者や実務家の方々との議論にもあてはまるでしょう。もし、この文章を読んで私の考え方に興味をもって下さった方は、私が今までに発表した論攷が掲載されている「黒澤睦のホームページ」 http://www.aurora.dti.ne.jp/~mutsumi/ を御覧いただき、御意見や御批判をいただければと思います。


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