ぶーん・・・・・・


あれほどやかましかったエンジン音が遠退き、一瞬静寂がやって来たような気がした。
頭の中が真っ白になったようで、視覚に何が映っているかもはっきりしない。
が、それは本当にほんの一瞬のことだった。

ごおっ!

凄まじいまでの風切り音が全身を包む。

目には、正面に見える地面の茶、山の緑、海の青が飛びこんでくる!
「手を広げて!」
ジョンが叫ぶ。気が付くと、手を前で交差したままだ。慌てて両手を広げる。
少しぶれていた体が安定した。


「Free fall」日本語に訳せば「自由落下」。その語感や、過去に見聞きした映像や体験談から、ある程度漠然としたイメージは作り上げていた。
しかし、空中に放り出され、実際に体験してみたそれは、勝手に作り上げていたイメージを粉砕した。
私個人としては、そこに「落下」と言う感覚は全く感じなかった。
「前方」に存在する空気の壁に向かってぶつかり、突き進んで行くという感覚。それは、強いて挙げれば、バイクに乗って猛スピードで直進している時の感覚に近い。
ただ、カウルも何も無い剥き出しの状態で、機械の力を借りる訳でもなく空気を引き裂いていく事で得られる爽快感と、その圧倒的迫力は、バイクに乗って得られるものの比では無い。
風圧に逆らって、少し首を巡らせて見る。360度視界を遮るものは何も無い。海が、山が、森が、街が、そして空がそれぞれの色を持って、輝いているように見えた。
ふと気付くと、自分の顔が笑っているのが分かる。意識して笑っているわけでなく、自然に笑いがこみ上げて来ている。更に、別のものがこみ上げてくる。この際、我慢しないで解放してみよう。

るるるるるるるるる・・・・・・るおおああああああああ・・・・・・きゃーーーはっはっははは・・・・・」

・・・・・全くもって自分でも何を言いたい訳でも無いのだが、次から次へと雄叫びと笑いが噴出する。後ろから何か言葉をかけて来るジョンに、ただ親指を立てて答え、ひたすら叫び、笑い、景色を眺める。

何度目かにジョンが何か言ったと思ったら、急に首根っこを引っ張られるような感じがして、身体が直立し、落下スピードが鈍った。パラシュートが開いたようだ。
身体の中を暴れまわっていた高揚感が、すぅっと引いて行き、気だるい虚脱感と、未だ身体の奥底からふつふつと沸いてくるような興奮が綯い交ぜになったような不思議な感覚に支配され、しばし呆然となる。頭の中は全く真っ白な状態が少し続く。
(蛇足ながら言い沿えておくと、上記で落下中に思ったかのように書いている思考や分析は、後に冷静になってから体験を振り返って思ったことであり、落下中はこんなことを考えている余裕は無かった。ただ、慌て、叫び、笑うことに精一杯であり、またそれだけで充分だった。)

ぱたぱたぱたぱたぱた・・・・・

見上げると、真っ青な空に映える、妙に派手な紫色のパラシュートが風を孕んでいた・・・・・







「少しでも読後に爽快感を残したい」
というあなたは
「とりあえず最後まで付き合ってやろう」
という奇特なあなたは
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