ぱたぱたぱたぱたぱた・・・・・


風を孕むパラシュートの音を聞きながら、ゆっくりと降下する。
フリーフォール中の暴力的とも言える高揚感とは別の、リラックスした感覚が味わえるのがパラシュート降下だとも言える。
ずいぶん落ち着いてきたので、ゆっくりと周りを見渡す。青い海と空、緑の大地、セスナ機の中、フリーフォール中と同じものを見てきたはずだが、状況によって何となく違う感じに見えるのが、何とも不思議な気がする。
ふぅ・・・何とも幸せな気分だ。このまま当分浮いたままでもいいな・・・などと思えてくる。

後ろから、ジョンが声をかけて来た。
「Rolling?」
・・・え?・・・あれですかぁ?あのぐるぐる回る奴?
首を思いきりジョンの方へ向け、右手の指をぐるぐるさせてみる。
ジョンも指をぐるぐるさせながら頷く。
そっか・・・気持ち悪くならないか、ちょっと心配だが、興味はある。なにしろ、こんな経験は次にいつ出来るか分からない。やっておかないと、後悔しそうだ。
「OK. Please.」
「OK!」
思わず、胸元のハーネスを握り締めて備える。
さあ、いつでも来い!
お・・・お・・・おおおおおお・・・・・!
身体が、ものすごい勢いで振り回される!
・・・こ・・・これは面白い!
昔、幼少のみぎり、近所の公園でブランコ遊びをするのが好きだった私は、ブランコを思いきり漕ぎながら、時々このままブランコでぐるぐると回ることが出来たら、どんなに面白いだろうと考えていた。その希望が、今叶った感じである。
いやいや、ジョンよありがとう。と、ジョンが、また声をかけて来る。
「Again?」
ん?いやいや、もう結構。経験から言って、多分もう一度やったら、気持ちが悪くなると思う。人間引き際が肝心だ。
と思ったのだが、どうしたことか、言葉が上手く出て来ない。元々英語は全くダメだが、口が上手く動かない。どうやら、フリーフォール、ローリングと続いた強烈な体験に、顔面神経が麻痺してしまったのか?
「あ・・・え・・・と、う・・・」
意味をなさない言葉をボソボソ言っていたら、何を勘違いしたのか、ジョンが
「OK!」
と叫んだ。
ちょ・・・ちょっと待ってくれ、ジョン。君は何か大きな勘違いをしてえああああああ・・・
しっかり、回されてしまった。そして、私の腹の底からは、明らかに嫌な兆候が這い出しつつあった。こうなっては、何とかおとなしくこの場を乗り切り、地上まで到達しなくては・・・。
と、背後から悪魔のささやきが・・・
「One more?」
こ、これはまずい。何としても、これ以上の回転は阻止せねばならぬ。先刻のような、曖昧な呟きでは、また回されかねん。どうする、どうする?
パニクった私は、何気なく右手を挙げた。
これがいけなかったらしい。
「OK!」
え・・・?何がOK・・?え・・・?ジョン・・・?ジョ・・・・・オ・・・・・・・・・
トドメの一撃だった・・・
先程腹の底で蠢いていたものは、既に胸元から喉の奥の方まで這い上がりつつあった。
「うっ・・・・ぷ・・・」
事ここに至って、やっとジョンも私の異変に気が付いたらしい。
「Are you sick?」
後ろからジョンの心配そうな声がする。
ああ、そうか。こういう時は「sick」を使うのか。勉強になるなあ。
「I’m sorry.」
ジョンが本当に申し訳なさそうに声をかけて来る。
別にジョンが悪いという訳でもない。元はと言えば、ろくに英語も喋れない私自身が招いた結果でもある。それにしても、中学、高校、大学と10年近くも英語を習っていて、こうも喋られないとは情けない。いや、もしかして、私が情けないと言うよりも、10年も勉強させて、これほど喋れない人間しか作り出せない日本の教育システムが悪いんじゃないか?おお、そうだ。責任者、出て来い!
苦し紛れに、問題をすりかえて気持ちの悪さを誤魔化そうとしたが、どうも上手く行かない。大体、教育の責任者と言っても、情けない事に、過去、現在を含めて、文部大臣の名前が一人も思い出せない。
それにしても、この気持ちの悪さは何とかならないだろうか?こんな上空で、すっきりする訳にもいかない。下には人の生活がある。ある程度降下して来たおかげで、車だけでなく、人の動きも見えるようになってきた。あの人たちの上にぶち撒くわけにもいかんよなぁ。
そうだ!こういう時は深呼吸しよう。深〜く息を吸って・・・ほら、自然の恵みの美味い空気だ。周りを見廻してみよう。何処までも青い空。青い海に行き交う白い船。街には人が行き交い、車が走る。豊かな自然と、人々の営みを感じる!
・・・ああ、なんて清々しくて、気持ちが悪いんだ・・・やっぱし、あかん。

しかし、どんな事にも終わりはやってくる。下らんことをいろいろ考えているうちに、どうやら地面が近づいて来た。降下ポイントがすぐ下に見える。よし、あそこまで行けさえすれば。
下の見物人の中から、私がカメラを預けたスタッフが進み出てきた。どうやら着地の瞬間を撮ってくれるつもりらしい。
足を少し上げて、着陸態勢に入る。
ぼちぼち降りまっせぇ
地面に足が着く!・・・かっくん・・・ありゃ、膝が・・・ベチャ・・・ひえぇ、手ぇついてもうた・・・恥ずかし・・・(汗)
スタッフが駆け寄ってきて、すばやく私とジョンを繋いでいる金具を外してくれる。カメラを持ったスタッフが目の前に進み出てきて、カメラを構えた。ここは、お約束である。にっこりと笑顔を作り、親指を立ててポーズを決める(後日、出来あがった写真は、笑顔は一応作れていたが、顔色は土気色だった)。
カメラを返してもらい、そそくさとスーツを脱ぎにかかる。うう・・・ツナギは脱ぎにくいから嫌いじゃ!
やっと、スーツを脱いだところに、パラシュートを外したジョンがやって来た。
「気持ち悪くさせてしまって、申し訳無い。」
と言って、謝ってくれているようだ。
「いや、ジョン。君は何も悪くないんだ。英語もろくに喋れない俺、ひいては日本の教育制度や名前も知らない、歴代の文部大臣が悪いんだ。君は何も悪くない。スカイダイビングは、とっても面白かったんだ。すばらしかったし、気持ち良かった。ちょっと最後に気分が悪くなっただけさ。」
と、明るく言い返したいところであったが、そんな英語がスラスラ出てくる筈もなく、何より今少しでも口を開くと、違うものが出て来そうである。
私は、日本人特有と言われる「曖昧な笑み」を口元に浮かべ、ジョンに向かって軽く右手を挙げると、踵を返して空港の建物に向かってダッシュした・・・





おしまい