1997年 中国



私と同世代の人々にとって、「パンダ」という言葉の響きは、一種特殊な感慨を抱かせるものではないだろうか?もちろん人によって違うであろうが、少なくとも私にとっては、かなり複雑な思いを抱かせる言葉である。

日中国交正常化を記念して、中国から東京の上野動物園にパンダの「カンカン」と「ランラン」がやって来たのが1972年。私がまだ無垢なお子様だった頃である。
当時のパンダの人気と言ったらもの凄くて、パンダを見る為に何時間も並ぶ人がたくさんいた。また、それをマスコミが取材したりするものだから、その後数年間、祝日だの連休だのという度に、
「今日も上野動物園には大勢の人が詰め掛け、パンダを見るのに○時間も待つ人々で・・・」
等と言う、今考えると「何だったんだ?」という程異常な事態が続いたと記憶している。
しかし、東京でいくら騒いでいようと、こちらは四国の、しかも九州に近い側に住んでいる身である。おまけに生まれつきヒネクレモノの素質もあったらしく(誰が無垢なお子様だって?)、親から
「パンダ見に行きたいか?」
と聞かれても、
「あんなに並んでまで見る奴の気が知れん。」
などと言い放っていたそうである。
長じて、東京に行く機会も何度かあったが、流石に野郎一人で上野動物園に行くのも気が引けて、三十路に入るまで、結局パンダを生で見る機会を得る事はなかった。

さて、そんな自分が、30も超えた身で中国に語学留学をすることになった。中国に長期滞在していろいろなモノを見て来ようというのだから、動物園に行ってみるのは当然の流れであるし、中国の動物園に行けばパンダがいても誰も私を責めるものはいないであろう(元々誰も責めやしないだろうが)。
ガイドブックで留学先の南寧市を調べてみる。動物園の項目があり「パンダがいる」とある。思う壺である。
ヒネクレモノの30男は嬉々として中国へと向かった。

無事目的地の南寧市には着いたものの、初めての土地で言葉もわからない状態では流石に一人で動物園に行くのはちょっと辛い。順次到着して来た日本人留学生達と一緒に食事に行った時、
「動物園に行ってみようかと思ってるんだけど。」
と、切り出すと我も我もということで、結局7人で行く事になった。
7人の日本人はぞろぞろと動物園に赴き、孫悟空のモデルと言われるキンシコウや稀少動物である白頭葉猴などを見たりして結構楽しんだのだが、どうしたことかお目当てのパンダが見当たらない。
案内板には「熊猫館」があるのだが、その場所に行っても何もいない檻があるだけだ。
後日、我々より半年前から来ていて、夏休み中学校を離れていた人が帰って来たので聞いてみたところ、半年ほど前彼女が来た当時に行った時には確かにパンダが一頭いたのだが、その後再訪した時は既にいなかったそうで、死んじゃったんじゃないかという事である。
う〜む、何てこったい・・・

冬休みが来て、貴州、雲南方面に旅に出た。
最初に行った貴陽では体調を崩してしまって、山の上にある動物園まで行く体力がなく断念。その後に行く昆明に賭けることにした。
さて、昆明に着いた私は、宿のドミトリーで一緒だった日本人旅行者2人(男性1人、女性1人)と共に、動物園へと向かった。何故かイノシシが同居している猿山などを堪能した後、「熊猫館」と書かれたパンダ舎へと向かったのであるが・・・
何とした事か!そこにパンだの姿は無く、シャッターは無常にも閉じられていた。
「生でパンダを見る」という夢は、またしても打ち砕かれてしまったのである。
後になって聞いたところでは「パンダは死んだ」という説と、「お見合いのためどこかに行っている」という説があったが、どちらにしてもパンダが見られなかったことに違いはない。
昆明動物園パンダ館前にて涙に暮れる

傷心のまま南寧に帰ると、やはりこの冬休みに昆明に行っていたHさんとパンダの話になった。
「うーん、どうも我々の行くところパンダが死んでしまっているようですね。」
と、Hさんは言う。しかし、彼は以前上海に留学していたこともあり、その時に既にパンダを見ている。と、いうことは・・・・オレか?いや、しかし・・・う〜ん・・・
南寧での留学生活が終わったら、日本に帰る前に中国国内をいろいろと周って帰るつもりにしていて、どこかの動物園でパンダを見るつもりだった。しかし、まさかとは思うが、もし次に行った動物園でもパンダが死んでいたりしたら、私は一生「パンダを殺す男」のレッテルを貼られて立ち直れないかも知れない・・・う〜〜〜・・・
考え込んでいる私の脳裏に、ふと一つの考えが浮かんだ。
「パンダといえば、四川省ですよね。成都(四川省の省都)の動物園にも当然パンダはいますよね。」
「ああ、いますよ。」
「一頭だけでしょうか?」
「いや、5、6頭はいるって話ですよ。」
「5、6頭ですか・・・」
5、6頭もいるならば、1頭くらい死んだとしてもパンダは見られるな。
よし、成都に行くまで動物園には行かない!
もし万が一成都動物園のパンダが全滅しているようなことがあったら
・・・・・開き直ってやる!


何だか妙な決意を固めつつ・・・つづく