変身

・・・最初は夢だと思った。もちろん、今も。
それでも、目の前で餅と格闘している兄貴を見ていると
やはり現実なのだと思い知らされる。
自分と同じ大きさの甘い餅に、一生懸命かじりついている彼を見ていると・・・。
「・・・何だよ?」
視線に気付いたのか、むぅう、とふくれた顔をして見上げてくる。
テーブル、・・・いやテーブルの上に置かれた桃色の餅にちょこんと座ったまま。
「いや、・・・そろそろ、その餅が」
「すあまだってば・・・」
睨み付けてくる仕草も、それ程変わらない。
・・・幼児体型になった上に・・・10分の1以下に身体が縮んでも。
「・・・はいはい。そろそろ、もらってきたすあまが残り少ないなって・・・」
それに少し暗い声で彼が答える。
「・・・・・・その時は・・・その時・・・」
「だって・・・他のものを食べたら、全部吐いたじゃないか?」
う、と返答に詰まる彼をひょいと手の平に乗せる。落とさないように気を付けて。
「なっ!?何するんだよ・・・!」
「・・・もう、お腹いっぱいだろ?部屋に帰ってなよ・・・」
落ちないように必死に手にしがみついてくる彼を部屋に連れていく。
・・・本当は運ぶと言った方がいいのかもしれないが。
机の上に乗せても、彼は殆ど動かない。というより、動いているようにはとても見えない。
・・・・・・動きがとても遅すぎて。

仰向けに寝転んで本を読んでいたら、不意に影で読みにくくなった。
本から目を逸らして見上げると静かに呟かれた。
「・・・人のベッドの上でお菓子を食べるなって・・・何度言ったら分かるんだ?」
うわ、青筋立ってる。
思わず、口にしていたそれを落としそうになるけど・・・かろうじてセーフ。
・・・また、怒られたくないしな。
それでも、ベッドからは降りずに横の奴を見上げる。
「悪ぃ悪ぃ。今度から気を付けるから!」
「それ、何度も聞いたんだけど・・・」
目を逸らしたまま、長い溜め息を吐かれる。
「自分の部屋だけじゃなくて、俺の部屋まで汚して・・・」
ごそごそ片づけている背中に哀愁が漂っているような気がして
「ごめん・・・。」
・・・素直に謝ったのに。
「・・・本当にそう思ってる?街中で喧嘩した後だって・・・
 後始末した俺に悪い悪いって謝っておいて、次の日にはまた違う奴と・・・」
その言葉に、一瞬何も言えなかった。
「・・・喧嘩は関係ないだろ!?何だよ、素直に謝ったのに!!」
・・・折角、謝ったのに!!本当に悪いって思ったのに・・・!
「逆ギレするなよ。・・・キれたいのは、こっちの方なんだ。」
片づけながら冷たく言われたそれに・・・ぷちっと何かが切れる音がした。
「こんのー!」
いつもより激しい喧嘩。
・・・そのまま、部屋は散らかったままで。
むしろ、暴れたせいで余計汚れた気がする・・・。
喧嘩の後、互いに床に座り込んだまま、ぜえぜえ息も荒かったんだけど・・・
何とか立ち上がって捨てゼリフ。
「・・・もう、お前なんか口きいてやらねぇ!」
我ながら、小学生並の言葉だと思うけれど・・・
「・・・・・・」
目線を逸らして、無視するこいつもこいつだ!
乱暴に床を踏みならし、ずかずかと部屋を出ていった。
何か忘れ物をしたような気がしたんだけど・・・その時はただ腹が立っていて・・・。
・・・それを取りに行っていたら・・・こんなことにはならなかったかもしれないのに。

・・・のろのろと立ち上がって、片づけを再開する。

   「・・・もう、お前なんか口きいてやらねぇ!」

自分でも子供っぽい言葉だと思ったのか、真っ赤になっていた彼を思い出す。
・・・そして、2回目に謝罪もあっさり否定されて傷付いたような顔も。
少し言いすぎたかもしれないけれど・・・でも、俺の苦労も少しは分かって欲しかったから。
足に柔らかい何かがぶつかる。
「・・・?」
床にうつぶせに寝そべっているそれが目に映る。

  「これ、可愛いでしょ?日本のおじちゃんにもらったの!」

今朝、家に来たシャオメイに2匹のうち1匹を押しつけられたんだっけ。

  「・・・・・・・・・可愛いかな?」
  「ヤン、何言ってるんだよ!可愛いじゃんか!」

パンダというより、・・・シュモクザメみたいなぬいぐるみに少し首をかしげると、
兄貴に肘で強くつつかれた。
彼女に気を使っていたのかもしれないが・・・俺にはどうも可愛いとは思えない。
結局、彼がもらうことになったのに、彼女に延々とそれの生態を詳しく説明されるわ、
もうひとつのおみやげ・・・それの好物の餅を貰うはめになるわで、散々だったが。
・・・パンダらしいそれを床から抱え上げる。

  「このお餅、すあまが大好きなんだって!」
  「動きがすっごい遅いんだよ?1時間に3メートルも進めないの」
  「メカのもいるんだって・・・でも、特にたたかわないらしいよっ」
  「気が付くと側にいたり・・・。殆ど手も掛からないんだって。」

・・・手も掛からない・・・。
「・・・兄貴も、お前ぐらいだったらな」
小さく呟きながら、赤ん坊ぐらいの大きさのそれを机に乗せる。
少し離れて見ると・・・可愛いくないことはないかも・・・。
・・・でも、やっぱり、少し得体が知れない。
それでも、手が掛からないという点を酷く羨ましく思えたのは
仕方がないだろう・・・。
・・・その時は、こんな事態になるなんて思ってみなかったから。

朝飯の時間になっても、彼は台所に来なかった。
喧嘩をした翌朝でも、必ず食事の時間には現れるのに・・・。
訝しがりながら、彼の部屋に行ったが・・・思わず立ちすくむ。
彼の机の上に置かれた、小刻みに震えている瓶を見て。
「・・・ヤン・・・!!」
彼が弱々しく暴れていた。・・・透明な小さな瓶に入ったままで。

  「こんな風にしておくと、捕まるらしいんだけど・・・」

昨日、シャオメイが入れた餅は瓶の中から綺麗に消えていた。
・・・・・・最初は夢だと思った。
それでも、瓶の中から、早く出してくれと叫んでいる子供は・・・・・・紛れもなく。

数日経っても、彼は元の姿に戻らなかった。
街で喧嘩もせず、部屋も汚さず・・・ただ俺の机の上で、ぬいぐるみと一緒に寝
転がっているだけで。
・・・微妙に動いているらしいのだが、止まっているようにしか・・・。
小さな身体を傷付けないように気は使うものの・・・以前ほどやきもきはしない。
なのに・・・何故か落ち着かない。以前より、トラブルも起こされていないのに。
もそもそと動く彼に手を差し出す。
「・・・どこか行きたいの?」
「ん・・・・・・台所。腹減った・・・」
少し間をおいてからの答え。
気を付けながら、ゆっくりと這う身体を手の平に乗せる。
以前なら、好きなだけ好きな場所に行ってたのに・・・。
「ヤン・・・ごめん・・・」
喉の奥から絞り出すような・・・申し訳なさそうな声に胸が締め付けられる。
変身する前に、俺が抱いた奇妙な思いを白状した時も
烈火の如く怒ったけれども、最後にはこんな風に謝って・・・。
お前が望んだだけで、こんな風にはなる筈もないし。
仮にそうだとしても、・・・そう思わせてしまった俺が。
・・・小さな声でそう謝られた。今のように小さく震えて・・・。
「いいよ、別に・・・。」
台所まで連れて来て、テーブルの上に乗せる。
最後の餅を箱から取り出して、皿に乗せ・・・彼にゆっくりと近づけた。
「・・・元に戻れなかったら・・・俺、どうなるんだろ?」
らしからぬ不安な声。
唯一口に出来る食物もここでは限られているし・・・それよりも
その身体の大きさに怯えているらしい。
「・・・大丈夫だよ。きっと戻るから・・・」
そうは言っても、自分自身も不安なのは隠しようがなかった。
元の姿に戻るように強く祈っているのに。・・・彼が変身した朝からずっと。
・・・本当は街中を縦横無尽に駆け回る姿が見たかった。
羽がもがれたみたいだ。空を自由に飛び回っていた鳥の・・・。
同情を含んだ視線を送らないように必死になっていると、呟かれた。
「本当に、ごめん。・・・俺、・・・変身して分かったんだ・・・」
・・・本当は自分の力だけで何処かに行きたかっただけなのかもしれない。
差し出された桃色の餅も、ただ・・・小さすぎる指でつつくだけで。
所在なさげなその仕草に、胸が疼いた瞬間、
「俺、ずっと・・・お前に迷惑かけて悪いなって・・・」
・・・テーブルが大きく揺れた。一瞬で元に戻った彼の体重で。
「兄貴!?」
何が起こってるのかよく分からない彼を見上げると・・・
「・・・あ・・・!」
見上げていた筈の俺が下にいるのに気付いて、彼が声を上げる。
「・・・よかった・・・。兄貴、戻れたんだ・・・」
「ヤン・・・・・・!」
泣き出しそうに顔を歪めた彼に降りるように両腕を伸ばすと・・・
ゆっくりと彼も両腕を伸ばしてきた。
が、
「やっぱり、お前が呪ったんじゃねーか!」
右の拳が勢いよく自分の顔面に向かってきた。
それを咄嗟にかわすものの、今のが当たったらと思うと・・・血の気が引く。
そして、次の瞬間には始まる喧嘩。彼が変身する前のように。
「呪うって人聞きの悪い・・・!いいから、テーブルから降りろ!」
「うるせぇ!!」
テーブルに乗ったままの彼とぎゃんぎゃん騒ぎながらも、本当は嬉しくてたまら
なかった。
数日ぶりに訪れた心の平安に。
・・・きっと、彼もそうなのだろう。
「何、笑ってるんだよ!」
悪態をつきながら俺の頭を軽くこづいた彼も・・・微笑んでいたから。


 静流さんコメント
私はたれが嫌いなわけではないです!
むしろ、外たれ(フラメンコとか)とかも大好きなのです。
嫌いだったら書かないと言う噂も。

いえいえ、可愛いですよ静流さん。実はこれは静流さんのHPで「5432」HITGETして、『キリ番プレゼント実施中』との事から強引に貰ったものだったりします……対不起〜……でも可愛いなぁ、今度絵にしてみようっと!……駄目?

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