その頃の僕等
我們想去旅行〜

 

 あの生々しい戦いの日々も過ぎ、一・平凡な日本人として生活を送っているある春先の事である。
 しかし、この2人には「平凡な日本人」というのには多少なりとも語弊があるのかも知れない。片や中国国籍と日本国籍を持つ華僑人、片や人並み外れたIQを持つ天才。前者も日本国内では比率は少ないだろうし、後者に至っては国内で目立つ事をした訳でもないが、一応稀代だ。しかし、それを除けば平凡な日本人そのものである。
 大凡接点のなさそうな2人が出会ったきっかけというのが、そもそも平凡ではない。千年前の侍だか武人だか魔物だかの怨念やら何やらが絡んで生まれ出た『珠』に導かれた結果だ。『魔神壇鬥士』だか『侍騎兵』だか、その先年の怨霊と戦う『鎧戦士』として…同胞として出会った訳だ。
 鎧の性質も、本人達の性格も正反対なのだが、何故か妙な処で息が合っていたのもあり、戦いの後、片割れがもう片割れの家に下宿をしていた。
 羽柴当麻…IQ250という人並み外れた脳みそを持つ天才は、浪花の男である。東京の某国立大学に出入りがしたかった事もあり、その片割れ…ハマッ子・秀麗黄の家に高校3年間の間、世話になっていた訳だ。秀の家は横浜市港南にある横浜中華街の中の大きな飯店。更に大家族ではあるが、中国人は義を重んじる。息子の親友で、受験時の恩人…と言う事で、家族同様に受け入れてもらったのである。只、下宿する代わりに、「休みの日は店を手伝う」という住み込みバイトという形で、居候させてもらっている訳であった。

 

 

 この春、元の仲間達各々が高校を卒業をした。とは言っても、伸だけは自分達よりも1つ学年が上なので、既に大学生であり、こちらで1人暮らしをし乍ら大学に通っている。只、その祝いにかこつけて、この前は新宿に集まって飲めや歌えや踊れや戦えやの大騒ぎであった。(居酒屋→ゲーセン→カラオケの3hit-comboと推測出来る)
 その時の話では、征士は伸と同じ大学に進学が決まり、この春から伸と2人で共同生活を送るらしい。昔からこの2人は取り立てて仲が良かったが、今は今で仲睦まじく見え、気持ち「新婚さん」に見えなくもないイメージであった…無論、親友同士の仲の良さから出たものかも知れない、と考えてはいるのだが。遼は、写真の勉強出来る芸術系の大学への進学を決め、新聞配達奨学生になるという。山暮らしの長かった遼には、早朝の新聞配達も苦ではないだろう。その話を聞いた時、昔はちょっと頼り無く、仲間達にとってつい構ってしまいたくなる弟の様な存在の遼が、自立していった…という錯角に捕われたものだ。3人共、この春休みは進学の準備で色々と忙しい。
 しかし残りのこの2人。秀はと言うと、臺灣は臺北の大学への留学を決めていたし、当麻は当麻で米國の某有名大学工学部に留学が決まっている。日本と違って新学期が9月になる両者は、学校が始まる迄の半年程、空虚な時間が出来てしまったのだ。バイトでお小遣い稼ぎをするつもりであったが、ひょんなことから秀家一同と当麻の母親から卒業祝いのお小遣いを貰ってしまった。御丁寧に当麻と2人分。
「時間もあるし、折角だから、卒業旅行と洒落込んできたらいいんじゃない?」
「若いうちだけよ〜、無理して楽しめるのは!」
というのは、前者は秀、後者は当麻の母親からの言葉である。留学に向けて護照(パスポート)は拾得してあるし、何ならいっそ海外にでも行くか!と言う話がまとまった訳である。
「で、何処にする?」
 旅行代理店の航空券リストを片手に、場所の検討をしているのは当麻である。時間もある、が、学生なので、予算はそんなにない。宿もゲストハウス等の安宿になるだろう。何処に行き、どの航空券が得か、今はその脳細胞がそれに注がれていた。
「ッつっても、俺達これから留学するから、ヘンな処行ってもしょうがねーけど…」
 麻花兒と呼ばれる中華風のかりんとうをかじり乍ら答えたるは、秀。
「そうだよな。俺は今度からアメリカ、お前は中國。似たような処へ言っても面白くないよな」
 当麻も袋から麻花兒を取りだしてくわえる。
「1〜2ヶ月位時間かけて、うまいもん食べ歩きしても面白いよな」
 ぼりぼり、と音を立てて麻花兒をかじり、新たにもう1つを手にする。
「バスで国境越えても面白そうだな」
 くわえていた麻花兒を素早く食べきり、こちらも新たな一つを手にして早速かじり出す。
「だったら値段で妥当なのはアジアだなー」
ぼりぼり
「言葉の方は、取り敢えず問題はないな」
ぼりぼり
「普通話と広東語以外は任せた」
ぼりぼり
「お前、英語も出来るだろう?」
ぼりぼり
「いや〜、越南とか泰國とかはわからんから」
ぼりぼり
「…ま、自由に周遊するとして、何処から入るかも問題だな」
ぼりぼり
「無難な処で、臺灣か香港か?」
ぼりぼり
「韓国だと、北朝鮮を通らないとまずくなるから、それはいささか面倒だな」
ぼりぼり
……姑く、会話と麻花兒をかじる香ばしい音が続いていた、が。当麻の視界の端で、小袋の中身が一気に空になるのを見逃さなかった。
「あ、秀!貴様!最後2個まとめて食べやがったな!!」
「そんなのんびり価格表見てるお前が悪いんじゃんか!」
……この2人、食べ物の事となると骨肉の争いである。まさしく弱肉強食。既に空になった袋を引っ張りあって争っていたが、ノックの音と共に秀の妹が来た時、ぴたっと止まる。たっぷりとポーレイ茶の入った急須を差し入れてくれた。
「唔該(ありがとう)、玉華」
 何事もなかったの様に袋をゴミ箱に放り、妹に礼を告げる。
「玉華ちゃん、サンキュ」
 この2人の食べ物の取り合いは毎度の事である。もうすっかり慣れている玉華は、何事もなかったの様に、2人分のお茶を注いでいだ。当麻は、口でお礼を言いつつも、香港飲茶風に机を人さし指と薬指でトントン、と叩いた。
 彼女が「大哥(にいさん)も、当麻さんも、あまり騒がないでよね」と言いつつ去って行った後、当麻は無言で自分の後ろに隠していたドライマンゴーの袋を取り出し、食べはじめるのだった。
「当麻、お前、そんなもん隠してやがったな」
 言い乍ら、秀も引き出しから『芝麻球』と書かれた袋を出して食べはじめる。
「言えた口か」
……しかし、絶対に独占する訳でもなく、「お前も食えよ」と言わんばかりに、きちんとお互いの方に袋の口を向けてはあるのだ。暗黙の了解。当然、お互い気を使う事もなく、双方のおやつをも食べているのであった。
 結局、香港をスタート地点に広東省から大陸に入り、そこで広州まで出て、エアか地道に陸地を通ってかでベトナムへ。そしてタイをまわり、臺灣へよって帰る、と言うルートで彼等の『B級グルメ食べ歩きの旅』のおおまかなルートが決定した。

 

 

 日本で学生達の新生活が始まって1ヶ月程経った頃、羽田空港は国際線ターミナル。国内線ターミナルから徒歩で15分程、大抵はシャトルバスを使うのが正解な、『離れ』になる此処に、バックパックを背負った当麻と秀の姿があった。これから、彼等は臺灣経由で香港へ向かう。週に2便しか出ていないエアな上、出発が午後だったので、格安航空券の値段を比べた中で一番安かった。臺灣の中正空港に着くのは夜になるが、臺灣から香港は乗って1時間程。なんとかうまく乗り継げそうなので、ストップオーバーにはしなかった。臺灣は帰りにタイ経由で寄るとして、そのまま香港迄乗り継いで、香港に数日滞在する予定である。
 中正でのトランスファーは時間があまりなく、空港内のスタンドではあまりグルメを満喫出来なかった2人ではあった。しかし、午後便で東京発>乗り換えて夕刻便で臺灣発…臺灣時間にして16:00と19:30という時間差でミールが出る。ミールコンボ。こっそりロールパンをテイクアウトする事なく完食した辺りから、彼等の食の旅は始まっでいるのだ。

 

 

 返還を数年後に控えた香港の夜景は、『黒いビロードの上に宝石を零した様な』輝きである。飛行機からで着いた時から、美しさを堪能出来るのだ。香港国際空港・カイタック空港は、九龍半島と香港島の間、市街地の中にあり、まさしく『町中に飛行機がおりる』感覚だ。
「すげー……本当に街ン中降りてくぜ〜」
「99年には新しい空港が出来るんだよな?こんな光景は今のうちだろうな」
 此処より西にある香港で一番大きい島・大嶼島に、今の空港の倍以上ある新空港が建設される。
「ああ、香港は移り変わりが激しいってー言うからな」
 昨日あった店が、今日にはない…と言うのが当たり前だ。
 夜景の美しさと、その夜景の中を降りていく飛行機……幾ら『食』が目的のこの2人も、この光景を堪能するのだった。
 入国審査を済ませ、バックパックを背負ってエアバス乗り場を探す。中華街の華僑の皆からも卒業祝いと称して、交通費&翌朝の御飯代+ゲストハウスの保証金程度のHK$を貰っていた為、空港内の酷いレートで両替をする必要がない。このまま尖沙咀の重慶大廈迄乗っていこう。銀行に行くのは明日だ。下の両替商でも、まだギリギリ開いているだろう。
 初めて訪れた國・都市であっても、天才と日廣バイリンガルの2人組なので、言葉に迷う事はない。
 秀にとっては憧れの成龍の國に来た訳だ。明日から数日は、B級グルメ散策から、オタクビルめぐり迄、足が痛くなる迄遊び尽くすのだろう。
「取り敢えず、李小龍喫茶は絶対に行くからな。後、利工民と、信和中心と〜」
「お前……金、大丈夫か?まだ旅は始まったばかりだぞ」
 嬉しさのあまりに行きたい所を羅列する秀に、当麻が冷静に質問。
「へへ、いざって時はバイトし乍らの旅って決まってるだろ?」
……こんな調子で、彼等の旅が始まった。

……続く、かも知れないけど取り敢えず劇終



戻る

 

 

 

 この小咄は、03冬コミ発行の征士×伸本「光之翼」と連動しています。セイジとシンが新婚生活……ではなく共同生活を送っている頃、他のメンツは…?と言った感じに考えてまして、自分なりに、「高卒後の彼等」を考えてみた訳です。
 ……『当麻×秀』の様に見えるかもしれないけど、書き手としては至ってノーマルに『トウマ
シュウ』の凸凹コンビつもりで考えました。本当は、小ネタ4コマとして考えていたネタがあるんですが(まだ描いてない)その経過に至る迄を考えていたら、『旅の計画を立てる2人』というのを考えついて、ちょっと起こしてみたくなってこの小咄が出来た訳です。書いてて、「何だか、うちのヤン&ユンみたいなやり取りだなー」…とか思ってたら、この『コンビ』も考えてて楽しくなってきました。……自分、これでもセイジ・シンの次にシュウが大好きです。

 取り敢えず、自分の処のシュウは日・廣・普通話(一般的に日本人が言う中國語)・英OKのバイリンガルです。只、英語に関しては悠長というより、生活には困らない程度で、ネイティブ並なのは前者3つ。
 トウマは興味を持った言語は何でも出来ますが、喋りがネイティブクラスなのは取り敢えず日・英・独・仏。廣東語は読解とヒアリングはOKでも、喋りは「時々声調が狂って田舎者みたいだ」とシュウにツッ込まれてたり…という感じです。
 後、うちのトウマ、かなり食い意地はってます。食べ物絡むと、意外に意地汚い奴です。
 もひとつ。シュウの妹の名前知らなかったんで、オリジナルでつけさせてもらいました。
 最後に、自分はバックパッカーの経験がありません。香港と臺灣は行きましたが、タイとベトナムには行った事がないです。ついでに自分は、カイタック時代の香港には行った事がないので、当時の飛行機の乗り継ぎがどうだかとか全然知りません。臺灣の中正国際空港も、あった筈(何時松山から移ったか知らない…)。
今なら、NRT14:00>TPE16:30>TPE18:50>HKG19:50ってフライトやった事あるから解るんだけど。

 万一、読みたいとかいう意見があるなら「朝刊太郎な真田遼」の小咄も考えてみたいかも。つーか、この隔離コンテンツには何人が訪問してるんだろ?(片手の指で余裕だよね?)征士×伸の方でも、共同生活バカップルぶりとかやってみたり(ギャグだな、殆ど)

 ……どーでもいいけど、シュウの行動は考え易かったし、書き易いなぁ……