僕が小さい頃からよく見た夢があった。
僕は水の中に居る。
『居る』と言うより『住む』と言った方が正しいような…僕は水の住人みたいなんだ。
そして、その水に差し込んでくる陽の光に惹かれて、僕は光の方へと泳ぎ出す。
水面へと近付くに連れ、光の暖かさを感じ、その陽の光が、人の姿を象っているように見えてくる。
僕が水辺から顔を出すと、陽の光を象徴する様な人がそこに居る。
金色に輝く髪と、全てを見すかす様な紫水晶色の眸を持った、とても綺麗な人。
一度も逢った事がないのに、遥か昔に逢った事のあるような、既視感。
僕は一瞬で彼に魅入られてしまう……その眸に吸い込まれてしまいそうで、その人から目を離せなくなる。
僕の胸が高鳴る。
彼が、水面に顔を出した僕に手を差し伸べ、地上へと僕を誘う。
僕が差し出され立てに自分の手を重ねると、僕を浮かび上げる様に、優しく水面の上へ導いた。
そして、彼と目が合う。
僕はこの眸に逆らえない。
全てを見すかすような眸。
僕の大好きな眸……
その眸で、なんとも言えない優しさで僕を包んでくる。
「水精霊の姫君よ」
彼は、何故か男である筈の僕を、「姫君」と呼ぶ。
何故だろう……
嫌な気分がしない。
そのまま抱き寄せられて、その人の両の腕が作る小さな檻に捕われてしまう。
この場所は、僕が安らぎを感じられる場所だから。
年が経つにつれ、彼が出てくる夢を見る頻度が高くなる。
僕は彼に憧れを抱き、惹いては恋をしているのだろうと自覚した。
まだ見た事のない人。
何故、彼は夢の中にしか現れないんだろう。
現実の僕の前には現れてくれないんだろう………
現れたとして、やっぱり「姫君」とか言われてしまうのだろうか?
その日も僕は、彼の現れる夢を見た。
中学を卒業して、高校進学の決まった春休み。本当は、地元の学校に進学する予定だったんだけど、僕が受け継いだ『珠』が、僕を東京に向かうように駆り立てた。『珠』を受け継いだ僕は、『戦士』として戦わなければならなくなる。そしてのその決戦の場は東京の方にある、と感じたからだ。
そういう事で、僕は都心にある大学の私立の付属高校に進学を決めていた。身体の弱い母親と、たった一人の姉を残して東京に出るのには、少しだけ心残りはあったんだけど、志望校を決める時の母の「やりたいと思う事をすればいい」と言う言葉も受けて、東京へ出る決意を決めた。
下宿先への荷物も殆ど送り、準備も済んで、そろそろこの住み慣れた萩ともお別れ……という頃だ。
何時もの様に、僕は彼と水面で出会った。しかし、彼の姿が何時もと違う……彼は、大剣を帯びていた。いや、剣ではなく、刀だろう。片刃で、少しだけ彎曲した特徴の日本刀。しかし、その刀そのものが、光を集めて固めたのではないかという程に眩しい。
彼は、静かに僕に告げた。
「ようやく私達は出会える時を迎えたらしい」
言っている意味が、イマイチ解らなかった。
「『ようやく』って……僕達は何時も此処で逢っているよね?」
首をかしげると、彼は僕の両の手をとって答えた。
「そう……何時も『此処』でしか出会う事が出来なかったからな。私は、貴女を失ってから、悠久の時を待っていた」
そのまま、彼は恭しく跪いて、僕に頭を垂れる。そして、僕の指に、そっと唇が当てられた。何だか、『誓いの儀式』みたいに。僕は胸の鼓動が速くなっていくのが分かった。
「次に出会った時こそ、私は貴女を守り抜く、と誓った。もう二度と、私の為に貴女を失いたくはない…」
彼と僕…いや、僕自身なのか、僕の前身なのか、それとも僕に何かを重ねているのかは解らなかった。
「僕には、何の事だか解らない。思い出せないんだと思う。でも、もし……僕が、貴殿の為に自分が犠牲になったのだったなら、きっと後悔はしていないと思う。貴殿を、失いたくなかった筈。だから………」
僕には詳しい記憶がない…彼とは『此処』でしか逢ったことがないし、自分の前世やらがあったとしても、覚えていない。だから、こう答えるしか出来なかったし、それは僕がその立場だったら、の本心でもある。
「だから、立って下さい…」
僕が、彼の手を握り返す。
「頭を上げて下さい………僕に、その眸を、見せてくれますか?」
彼がゆっくりと表を向けて、ゆっくりと立ち上がった。僕の手を取っていた彼の手が、そっと、僕の両頬に触れた。僕の顔を、あの綺麗な眸がじっと覗き込んできた。
「姿は変わっても、貴女の眸は昔と変わらない、清らかな水の輝きをしている…」
そう言われて、僕の顔の温度が上昇していくのを感じた。
「今度は、共に戦う為に出会う事になるのだろうか……それでも」
そこで、一度言葉を区切って。
「私は、愛する貴女を守り抜く」
まっすぐな告白と共に、彼の唇が僕のそれと重なった。僕はそれを受け入れ、自分の両腕を彼の肩に回したのだった。
それ以来、彼の夢は見ていない。
僕が東京での暮らしを始めて間もない頃。僕は、唯ならぬものを感じて、その気配の先へと向かう。
魔界都市・新宿。
人ともののるつぼ。休日も平日も、何人もの人が此処を行き交い、此処に集まる様な所に、人為的とは思えない、淀んだ雲がハッキリと見える。そこは、僕が向かうべき処…水の鎧・『信』の心を受け継いだ僕の戦いが、今、将に始まろうとしているんだ。
既にパニックに陥りつつある新宿の街を、僕は『珠』の力を纏ってすり抜ける様に走る。
そして、あるビルの上で僕は立ち止まった。
殺気ではない他人の気配。それが僕と一緒に同じ方向へ向かっているのを感じたからだ。この『珠』の力で、僕は常人には見えないスピードで、走る事も飛ぶ事も出来る。その僕と同様の動きができると言う事は……仲間なのだろうか。
「誰だい?僕の後ろにいるのは?」
敵ではない事は確信出来た。緊張感を欠いた言い方で訪ねると、その人物がゆっくりと僕のそばに寄ってきた。
「………!」
僕と同じ『珠』の力の姿…僕は水色で、彼は新緑の様な緑色の姿だけど…光を象徴するかの様な金色の髪、そして髪で覆われていない方の眸が、全てを見すかす様な綺麗な紫水晶色をしていた。
……出会える時を迎えたらしい……
僕は確信した。彼こそ僕の『夢中人』だという事を。
「何を惚けているのかは解らんが、どうやらお前も私の仲間の様だな」
『夢中人』と変わらない口調で、彼が言う。彼は、僕の事は知らないのかな…そう思うとちょっと寂しい気もしたけど、これから知れば良い。僕達の他仲間の事も、みんな。
「そうだね。ホラ、早速始まってるよ」
僕らの見下ろした地上では、白い虎と、赤い姿の一人が黒い鎧武者と戦っている姿が見えた。そして、同じく青い姿と、橙の姿の二人がその戦いに飛び込んでいった。
「遅れを取る訳にはいかんな」
「行こう!」
僕達はビルの屋上から飛び下りた。
「やけに手間取ってるじゃないか!信の心で悪を討つ!水滸のシン、見参!」
「どうやら間に合った様だな。礼の心で悪を討つ!光輪のセイジ、見参!」
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