感 情 生 活
gan qing sheng huo

 

 僕達は、新宿での妖邪との戦いに勝利した。
 ……けれど、僕達もその戦いに力を突くし、疲れ、傷付いていた。その身体を癒す為に、僕達五人は新宿で出会い、バラバラになった僕達を探すのに協力をしてくれたナスティの別荘に世話になる事になった。結構大きな処で、部屋数は余っているから気にしなくていい、との事だ。
 激戦の中、最も傷付き、疲労した遼は、あれからずっと眠り続けている。
 僕自身も、まる二日は寝込んでしまっていた。他の三人は、僕よりも回復が早かったのか、一日位で起きだして来たらしい…。確かに僕は、彼等に比べてそんなに体力がある方ではないけど、何だか、攻撃に切り込みにいっていない癖に、回復が遅いっていうのは、少し自分が情けなく思う。特に、僕はさり気なく光の戦士に守られていた感じがしたし…。

 

 

 あの時新宿で、僕はこの四人の仲間達と初めて出会った。中でも、『礼』の心を持つ光輪の戦士とは、他の三人より先に出会っている。只、それは僕の『夢の中で』であって、この現実では皆と一緒。それに、覚えているのは僕が一方的に…だから、当の征士本人がそんな事に気がついている訳はないと思う。ちょっとそれとなく聞いてみたけど、これといった反応がなかったから。
「征士は、『既視感』とかって感じた事ある?」
 昼前、遼の様子を見に行ってから戻ってきたこの居間には、征士しか残っていなかった。ナスティは食事の用意をしているし、当麻は柳生家の書斎に隠って古文書読み。秀は、あれだけの疲労があったにも拘らず、日々欠かしていないカンフーの練習とか(「功夫は一日にしてならず」とか偉そうに言っていたな)いって、外でずっと一定の型をくり返し練習している(「これは套路だ」とか言っていた…僕にはよく解らないけど)。
「唐突におかしな事を聞くものだな」
 手にしていた新聞から顔を上げて、僕の方を見上げてきた。僕が好きな彼の綺麗な眸が見える。
「僕と新宿で初めて逢った時、征士は『どうやら仲間のようだ』って僕に言ったでしょ?それを確信したのには、何かあるのかな?って思ったから」
 僕が征士を『仲間』だと思ったのは、僕が夢の中で見たあの人と同じだった事が一番強い。
「伸からは、特に怪しい気を感じなかったからな。昔逢った事がある、とか言う既視感めいたものは、なかった」
「そ、そうなんだ…」
 特に悩む事もなく、あっさりと返されてしまった。だから僕は、間の抜けた声でごまかす様に返事をするしかなかった。でも、
「伸には、あるのではないか?」
 こうもあっさりと、返されてしまう。
「え?!何でそう思うの?」
「そうでもなければ、そんな事を聞いてくる訳なかろう」
 舌戦は得意分野なのだが、こういう時は何故かぎこちなくなる。というより、相手が悪い。征士には、全部お見通しみたいで、僕が何を言いたかったか、それとなくどころではなくバレてしまったみたいで。でも、僕が眞に言いたい事を言ってしまったら、征士は嫌な気持ちになるかも知れないし、少女的な考えだって笑い飛ばすかも知れない。
「うん……僕は…」
 どう切り出そうか迷い乍らそこ迄言いかけた時、ダイニングの方から、僕らを呼ぶナスティの声が聞こえてきた。そろそろ食事の時間だ。
「あ、ごめん。僕、ナスティ手伝いに行ってこなきゃ」
 言いたい事が中途半端に終わったまま、僕はこの続きを征士に話す事から逃げ出した。

 

 

 その夜も、僕は遼の様子を見に行こうと部屋を出た。皆で交代で様子を見に行くようにはしているし、遼の部屋には白炎が一緒にいるから、何かがあっても取り敢えずは安心だ。それでも、これでもう四日目だ。病気とか、そういう事ではないと思うんだけど、まだ目も覚まさないというのが恐い。
 秀と一緒にあてがわれた寝室から出て、遼の部屋へ向かう途中、目的地の方から一人の人陰が見えてきた。
「あれ、征士?」
 向こうから来たのは征士だった。征士は、僕が来る事を確信していたみたいで、表情一つ変えずにいきなり口を開いた。
「今し方、遼の様子を見てきた。まだ、眠りから覚める様子もなさそうだが、衰弱しているという状態でもなさそうだ」
 征士も遼の事が心配なのだろう、僅かに声が曇っている。只、彼ははっきりと表情を変える事がないので、その微妙な状況から見るしかない……という事を、今迄の経過で僕は知った。
「あ…………大丈夫かな?遼…」
 もし、遼があのまま目覚めなかったら、と気になって僕は俯いてしまう。その時、僕の肩をぽん、とたたき乍ら、征士が言った。
「安心しろ、伸。遼は病気でもないのだから、大丈夫だ」
 征士に言われると、何だか説得力があって安心する。その征士の表情が、何と言うか、凄く優しくて、僕の『夢中人』を思い出した。
「それと、伸自身も、まだ完全ではないのだから、ゆっくりした方がいい。遼が起きてきた代わりにお前が倒れてしまっても、余計に遼が落ち込むだろう。夜は私が様子を見に行くから、無理をするな」
 その優しさと気遣いに、頬の温度が上昇してしまいそうになるのを誤魔化して答えた。
「あ…ありがとう。…でも、征士もだよ。あの戦いの時、征士はよく僕を援護してくれたから」
 激戦の中、先陣を切って征士が戦っていても、後方で僕が劣勢になったかと思うと僕の傍迄下がって戦っていた。何時もそうやって、僕は征士に守られてきたみたいだった。そう思い返す。僕は、そんな彼に惹かれているのだから。
 踵を返して「戻ろう」と言いかけた時、
「伸」
 呼び止められる。
「何?」
 ごく自然に僕は聞き返した。
「昼の話の事だが、何か、伸は私に言いた事があったのではないか、と思ってな。差し支えないなら、今、此処で話してくれないか?」
 全てを見すかす様な征士の紫水晶色の眸は、柔らかい光をたたえてまっすぐ僕を見ていた。ありのまま話してしまって良いのか戸惑う。僕が、君にこんな感情を抱いているなんて…
「あ、うん……大した事じゃないんだ……」
 僕は一度言葉を区切って、どういう風に言い出すか考え、少しだけフェイクを加えて切り出した。
「僕達みんな、あの時初めてあった筈なのに、僕は、征士とは以前にあった様な気がしたんだ。それが鎧珠の影響なら、みんなの事だって覚えている筈なのに、僕がそれを感じたのが征士だけだったから……だから、征士の方はどうかなって」
 すると征士は、わずかに顔を綻ばせた。
「そういう事か。私は、特に既視感と言う事はなかったが…」
 そこ迄言うと、征士は顎に手をやり、少し考え込んで
「そうだな、他の三人はともかく……伸から感じる『気』には、何か、懐かしいものがあった」
「懐かしいもの…?」
 その言葉の意味を考える…僕が征士と夢で出会ったように、征士も何処かで僕に逢っているのかな。
「あまり上手く説明が出来んが、遥か昔に感じた事のある様な、安らぎと暖かさを感じる『気』だ。伸は水の戦士『水滸』。水は全ての生命の源と言うから、伸から感じる気には、水がもたらす『安らぎ』を感じるのだと思う」
 だから、僕といると癒される、と。
 確かに、征士だけじゃなくて、遼も秀も当麻も、僕には癒される、って言ってたけど、僕自身、みんなや、特に征士に対して癒してあげられるような事したかな…?と思う。例えそうだったとしても、他の三人程ではない様な気がするし。
「伸の傍にいるだけで、私は癒される…そう言った感じだ」
 征士のその言葉に、なんだか告白されているみたいで、ひとつ胸が高鳴った。
「多分、私だけでなく、当麻や秀、遼、ナスティもそう思っているだろう…最も気を許せる相手だと」
 面と向かってこんな事を言われるなんて、思ってもみなかった。
「そうかな…?僕は征士にそんな事、してあげられた気がしないんだけど」
 思い当たる事が、あまりない……と言うか、僕がもっと征士の近くに居たくて、考えが及び過ぎちゃうのかと思う。
「返って、僕の方が守られてた訳だし」
 すると、征士が少し間をおいて、少し苦笑いをし乍ら僕に言った。
「いや、その事は………この様な事を言って、伸を困らせてしまいたくはないのだが…」
 何かを決心した様に僕の方を見つめなおしたの綺麗な眸が、限り無く優しい光を讃えている。
「何かな…?僕は構わないよ。征士が僕を困らせるような事、言った事ないし」
 それでも、征士が続けようとする言葉が何なのかは解らない。僕は、緊張してごくりと唾を飲み込んだ。
「そうか……」
 何やら征士の方も、ちょっと緊張しているのか、眸が一瞬困惑したような色を讃えていた。
「…只、私は、伸に何事もなく、伸が幸せでいる様を見ていられるだけで、癒されている」
 一瞬にして、僕の顔の温度が上昇して、身体ごと跳ねてしまう。そんな僕の様子にもお構いなく、征士は言葉を続けた。
「私は、伸の『気』を感じた時から、『自らの過ちで伸を傷つけてはいけない』という気持ちに駆られているのだ……まるで、一目惚れをした異性に対する告白みたいな言い方で、気持ちが悪いかも知れないが……出来れば、深く考えないで欲しい。私自身、どうしてそう思うのか、まだ自分がよく解らないのだ」
 将に、『夢中人』と同じ言葉。征士が言い終わるより先に、僕は彼の胸に飛び付いていた。流石の征士も、僕のこの行動には驚いたみたいで、何時もの冷静さを全く欠いていた。
「し、伸!どうしたのだ、一体…?!」
 そのまま、彼の名前を呼び乍ら服の胸の辺りを握りしめていると、背中の辺りでそっと暖かいもので包まれているのが分かった。征士が僕の背中に腕を回して、優しく撫でていた事を。
「すまない、変な事を言った。落ち着いてくれ…」
「………違う、違うよ、征士………僕、嬉しいんだ…」
 その告白だけで、僕はもう十分すぎる。
「ありがとう、征士…僕はそんな征士が『大好き』だよ」
 僕の思う処と、征士の思う処のベクトルが違っても。
「伸……」
 僕のそんな想いに答えてなのか、征士はほんの少しだけ、僕を包み込む腕の力を強くした。
「迷惑でないのなら、私にお前を守らせてほしい。これからも」
 征士の告白に、僕は征士の胸の中で頷いた。

 

 僕達は、もう一度出会えた。

 

 僕達は、もう一度恋が出来るかも知れない。

 

 


『夢中人』とこの次の『等等』で、時代設定が開き過ぎなので、場繋ぎに追加した話。それでも、これと次の話もかなり間が長いけど。

「『あなただけを愛している』そう言ってくれれば、私は寂しく思う事はないのに あなたが何を思っているのか赤裸裸に話してほしいのに」のフレーズのみ引用。後は全然歌詞と意味違う。これで本当に両想いになったかも不明なまま終わってるしな。 本当は、最初この話だけ書くつもりだったのを、ネタが纏らなくて一度没にしたものだったりする。

 結局『夢中人』の続きで補足っぽいものになってしまった。無理に長くしたのがありありと出てますわ…

 あ、この歌、サイバーDAMに入ってます。日本語ルビ付きなんで、中国語判らない人でも歌えますよ。

 

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