浮躁
fu zao

 

九 月 天 高 人 浮 躁
九月 天高く 人は落ち着かない

 

………遅い〜〜……
 既に時刻は24:00を回り、日付が変わっていた。伸は縫いぐるみの熊猫を抱き締めて、部屋に転がっていた。
 食事はしてくるという話は前々から聞いていたし、遅くなるとも分かってはいるのだが、この時刻になっても未だに同居人から何も連絡がないのだ。
 既に風呂にも入ったし、学校は前期試験休み中、明日はバイトの予定もないから、洗濯や掃除をしたり、良い天気だったら2人で出かけようか、と言う週末である。もはや後は寝るだけなのだが、まだそんなに眠くはないし、同居人が帰ってこない内に先に寝る…という気にならない。「お帰り」を言ってから寝たいのだ。
 伸の同居人は、大学の1期後輩でもあり、恋人でもある伊達征士。この春、彼が同じ大学に通う事になってから、同居生活を送るようになった訳だ。学部の上では後輩であっても、彼は最愛の恋人。毎日が新婚生活のように幸せな日々だ。先日、自分達とは所縁のある「仲間」であり、今は新聞配達をし乍ら苦学を続ける遼の処に差し入れを兼ねて遊びにいったのだが、その後、遼ですら「あの2人は俺の処にのろけに来たのかな?」と当麻と秀にぼやいた程のものらしい。
 本日、征士は、剣道部の絡みでどうしても辞退出来ない飲み会の予定が入った。あまりそう言ったイベントは好きではないのだが、何分運動部は上下関係が厳しく、幾ら部内で一番の腕前と段位を持っていても、1年生である征士が断る事が出来なかった。
「遅くならないで帰る」
とは言ったものの、この時間迄連絡の一つもない……
……イライラする……
 仰向けに転がった伸は、胸に抱いた2匹の熊猫の縫いぐるみを掲げてみた。それは卒業旅行と称してアジア周遊バックパッカーの旅をやってのけてきた当麻と秀からの土産で、チャイナ服を着た熊猫だった。何故、自分達にはこれを土産にくれたのかは解らないが(遼にはシャツや変わった石鹸等の生活用品だったから)各々「平和」と「幸福」の名前が付いたこの熊猫達は、伸のお気に入りとなっていた。清朝の女性の様な服と、帽子付きのチャイナを着た熊猫達を並べていると、何となく幸せで、自分もずっとこんなでいられたらな…と言う気持ちになる。
 でも、今の伸の気持ちは晴れなかった。伸は熊猫達を何時もいる棚の上に戻し、再び転がった。
 今はあの2匹が、まだ恋人が帰らない自分に当てつけているように見える程………イライラしていた。

 

 

 カタン、という物音がして征士が帰ってきたのかと思ったのだが、その音は机の上からペンが落ちてきただけであって、征士からの連絡ではない。すっと手を伸ばし、それを机の上に戻した。
……う〜〜〜〜……
 只、その時。
 自分の足に何となく流れるように当たってしまった自分の手に、背筋をゾクッとする寒気を感じた。
 寒気というよりは、欲求のような熱さ。
 ゆっくりと、己の身体に己の腕を回す……自分で自分を抱き締める。征士がしてくれるように。
 そのまま目を閉じて、服の上から己の手で肩の辺りをすっと撫でてみる。いつもそうしてくれる征士の姿が瞼に浮かんで、一層身体が熱くなる。
「せいじ……」
 肩から胸元へ、己の手を撫でる様に這わせてると、びくん、と身体が跳ねた。自分の名を呼ぶ征士の声が、頭の中でだけ響く。両肩を抱き締めたまま、うずくまった。
 しかし、誰もいない寒さに、身体が震えた。
……何やってんだろ、僕。
……愛人が来るのをただ待つだけの女じゃないんだから…
 そう思って、もう一度とん、と横になった。
……でも、その気持ちが何となく解るなぁ…
 傍にいてほしい時にいない。そんな気分で。
 そのうちに「まさか飲み会でいい女の子と出会った」とか、「勝手に先輩の家に泊まり込む」とか、「女の子を家まで送っている」とか、余計な心配が頭を駆け巡った。切ない気持ちから、再びいらだちへと変化する。
「あー、もう!日付け越すなら越すって一言連絡寄越せばいいのに!征士のバカ!」
……心配になるじゃないか…
 他に誰もいない部屋で悪態を付いて、勢い良く伸は立ち上がった。
「もー、知らない!閉め出してやるから!」
 玄関の方に歩いて、その入口の鍵とチェーンもかける。征士が合鍵を持っていたとしても、これでは入る事が出来ない。更に風呂場やトイレ等、表に面した窓の鍵をかけ、ベランダに出るサッシの鍵もかける。そして、自分が使う分だけの一組の布団を敷き、滑り込む様に布団を被るのであった。
……………
 途端に、また寒さを感じる…時に一緒の布団で寝る相手が、いない事に。確かに、お互い合宿等でいないという日が続いた事もあったので、それに比べたら辛いものではない筈なのだ。只、その時も夜はいつも電話を入れて「おやすみ」を言っていたので、遠くにいると言う寂しさは今程感じなかった。そう思うと、何となく涙が溢れてきた。
「……もうッ………知らない…………」
 身体を横に向け、普段征士が寝る布団の位置に背を向けた姿勢で丸くなった。そのうちに、次第に伸の意識が薄れていった……

 

 

…♪透明な翼を広げ 輝ける月へ向かってと飛び立とう
 たった一つの最も美しい『現世の天国』を探して……

 枕元においてあった携帯電話から流れる曲で、浅い眠りの縁にいた伸の意識が蘇ってきた。この曲は、決まった電話番号の相手からかかってきた時にしかかからない…つまり、ようやく征士からの連絡が来たと言う事だが、伸は殆ど無意識で携帯に手を伸ばしていた。
「……もしもしぃ……もうりです…………」
『……伸、すまん。もう眠ってしまっていたか?』
「……ん〜〜〜〜………せいじぃ……………!!」
 ノイズの混じった恋人の声が聞こえて、そこで水でも被ったかの様に意識がはっきりとし、今までの事を思い出した。
「征士!こんな時間まで一体何処にいるの?!遅くなるならなるで連絡くれたって良いじゃないか!心配するだろ?!」
 深夜故に近所に気を使いつつ声を上げ乍ら、伸は壁にかかった時計に目をやった。針が、1時50分程を示している。
『すまない、色々面倒があって携帯電話も取り上げられてしまって、ようやく返してもらったばかりなのだ。今、丁度近くの河川敷を歩いている。後15分位で帰れる筈だ』
「もう!一体なんなのさ!」
 泣き言に近い叫びに、征士が携帯越しに理由を話し始めた。
 本日、大学の剣道部の絡みで飲み会があった…征士の個人戦優勝と、団体戦3位入賞を記念した祝賀会だったのだが、征士の知らない処で女子大の女学生の混じった合コン状態となってしまっていた。当然、征士はそのようなものには興味がないので、1次会で抜けるつもりだったのだが、征士をツテに女の子と接しようとする先輩や、征士の美貌にひかれている女の子達の為に、易々と抜ける事が出来なかったのだった。ほぼ強引に2次会、3次会とまで連れ回された。「同居人が心配するから」と言えば、伸と同ゼミの上級生が「俺が毛利に話つけてやる」等と言い出して征士の携帯をとってしまった。酔っぱらっていたが為、電話をかける事まではしなかったのだが…。女の子達に迫られて「恋人がいる」と素直に言えば(伸の事と迄は言わなかったが)、はぐらかすのが面倒な程矢継ぎ早に質問攻めを食らって閉口してしまった。中には酒の勢いで「私の方が魅力的でしょー」とまで迫ってくる子もいた程であった。
 日付けが変わる前に解散…と、ようやく解放されて帰ろうとしたら、酔っ払い共の処理という仕事が残ってしまった。征士の他に数人の先輩が酔いつぶれてなかった為に、分担で潰れた面々を送るなりタクシーに乗せるなりしているうちに、征士は終電を逃してしまった訳だ。そして、彼は此処まで歩いて帰ってきた訳である。
「……それなら、征士もタクシーで帰ってくればいいじゃないか!」
『この時間では深夜料金になってしまうのでな、今の手持ちの額では到底払えんのだ』
「それなら、着いてから僕を呼べば良かっただろ!もう!僕がどれだけ心配したと思ってるのさ!」
『済まない、もう寝てしまったかと思ったのだ…寝ている所を起こすのは忍びない』
「僕だって、征士に『おやすみ』言う前に寝たくないよ……」
 頬を思いきり膨らませて不貞腐れる。その場にいない筈なのに、携帯越しの征士には、伸のその様子が手に取る様に分かったらしい。
『そんなに頬を膨らませて不貞腐れないでくれ……ああ、家が見えてきた』
 深夜だから、征士は摺り足のように静かに歩いているが、起きている伸には征士の足音が聞こえる。そのまま玄関の方迄移動したが、先程の苛立ちもあって、伸は自分から鍵を開ける気はない。只、玄関の前に立っているだけだ。鍵が掛かっているのを確認するかのように、軽く取っ手をひねる音がする。
『伸?いるのか?』
 ノイズ越しではなく、もう扉越しに征士の声が聞こえる。
「……征士…」
 ようやく恋人が戻って来た安堵感はあれども、今迄の不安がたまって、無意識に不機嫌な声になる。それに気が付いたのか、征士のやわらかい声がする。
『遅くなって済まなかった。これからはちゃんと連絡をするようにする。許してくれ』
 扉の向こうで頭を下げているだろう様子が解った。
「…今度は、遅くなる時は連絡してよね?」
 言い乍ら、チェーンを外して鍵を開け、ドアをひいて征士を迎え入れる…
「…お帰り、征士……」
……と同時に、征士に抱き着いて、彼の胸の辺りをどたどたと叩いて八つ当たりをする伸の姿があった。
「もー!心配したんだからね!征士のバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ〜〜〜〜!!!」
「……あまり『バカ』と続けて言わないでもらえるか?伸……本当に私がバカに思えてくるのだ」
……否、既にバカだろう、二人共。

 

 

 

 その後、遼、正月休みで一時帰国した当麻、秀の5人で集まって忘年会を催した際、この時の事をちょろっと話したりしたのだが、それを聞いた3人は「のろけか…?」「のろけだよな…」「のろけだ…」と顔を見合わせるのであった。

 

 

どっとはらい

 

 


………只のバカップル。自分が書く征士×伸って、こんなのしか書けないんだろうな。最初は、年令制限風味を漂わせた激単文の予定だったんだけど、気が付いたら小咄程度にはなったらしい。読む方は年令制限あろうが全然OKなのに、自分では書けませんな。ヤン×ユンでは書くのにね……謎だ。
 実は、「酔っぱらって終電逃して歩いて帰って来て嫁さんに怒られた」ってのは、身近で仕入れた実話だったりします。

 一応ネタ解説。

  1. タイトル
     王菲「時代」に収録されてる曲。一応意味は「そわそわして落ち着かない」だけど、日本販売版CDの翻訳だと「いらいらする」になってる。
  2. トウマとシュウが寄越したお土産
     実は、自分が香港のDFSで買ったぱんだのぬいぐるみ「ping」くんと「hei-hei」ちゃん。この当時、既にDFSにあったかは不明。本当は他のお土産にしようとして、値段と冗談にも聞こえないから辞めたと言うエピソードも思い付いてるんだけど、書くかどうかは不明。
  3. 生活用品
     香港もそうだけど、アジアは生活雑貨はマジ安い。嗜好品は高い。(己が煙草を吸わない奴で良かったと思う)
  4. シンの着メロ
     王菲の「光之翼」のサビの一部分。どむみそで訳したから、間違い有るかも。
  5. バカ10回
     このモトネタを解る人が居たらレアだ。

……「バカ10回」のノリで征伸書き続けたら、セイジは「煮え切らない男」だの「セイジが女にモテる度にシンに殴られる」だの「セイジは料理が下手(シンはシェフ級)」とか「みいみいセイジ」ってなカンジのネタになっていく…(これで判ったら凄い)
 こんなノリの征伸で許されるんでしょうか…めっさ緊張中。良かったら何かコメント下さい…

 

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