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 その日、僕達は渋谷のある映画館にいた。
 『僕達』というのは、僕と、僕の親友…というのか、親友の中でも一番の人、かな?僕にとっては初恋の人、ともいう相手と一緒に映画を見に行ったんだ。
 僕達の共通の友人の勧めで見に行った作品だったんだ……死に別れた恋人によく似た人に恋に落ちるという、ちょっと切ないラブストーリーだったんだけどね。

 

「…どうした?先刻から黙り込んで」
 先刻から映画の事を思い返して、思考に飛んだままの僕に征士が声をかけてきた。
「え、うん。さっきの映画のこと考えてた。随分とロマンチックな話だったなぁって」
 そう、僕はその映画のことを考えていた。ヒロインの心情に、ちょっと自分の心情と照らし合わせてみたりして…我乍ら女々しいとは思ったけど。
「男二人で見に行く作品ではないが……仲々の話だったな」
 征士の言う通り、ラブロマンス映画を男二人で見に行くのは、世程の映画通同士でもない限りはちょっと寂しいものだろう…実際、僕達は特に映画通という訳でもない。見た目にも普通の『たまには映画にでも行こうというタイプ』だし…
 ただ、見た目の話をしてしまうと、征士はちょっと…どころかかなり外見が『普通』じゃない。日本人にしては長身で、染めた訳でもない天然の金色の髪、そして、紫水晶の綺麗な眸、スーパーモデル並の顔。同じ男の僕がいうのもなんだけど、凄く、『綺麗』なんだ。よく、通りすがりの若い女性の注目を浴びたりしている。そんな男が、男連れでこんな映画見に行ったもんだから、劇場の受付嬢からパンフ売りの小父さん迄、目を見開いて注目していたみたいだったけど。そんな状況も気にならないのが征士らしい。
「そうだね、普通に考えれば、こういうのは好きな女の子と一緒に行った方が、雰囲気を味わえるだろうしね」
 しかし、僕達にこの映画を薦めてくれたのは意外な人物だ。
「あの秀が、『俺は良い話だと思った、見る価値はある』と言っただけある」
「そうだね。秀の薦める映画って、功夫アクションばっかりだもんね」
 確かに、香港映画のワイヤーアクションは凄いけどさ、とか言い乍ら、僕達は繁華街の中を歩いていった。
 実際に、秀に薦められる映画と言えば、『世界の大哥』のコメディアクションや、ワイヤーアクションを駆使した武侠ものばかり。
 そんな秀は、華僑の家柄だけあってか、日廣バイリンガル。時折、日本未公開の怪しい映画や、『三級片』とかいう類の映画なんかも見ているらしく、面白いのがあると僕にもVCDを貸してくれる。尤も、僕には広東語音声と、広東語と英語の字幕しかない映画見たって、雰囲気しか解らない事も多いけどね。
「前に秀が薦めた映画と言えば、『未来警察がタイムスリップしてくる』マンガかゲームみたいな話だったしな」
「あれはあれで、めちゃくちゃすぎて面白かったよね」
「日本で公開するには、問題があり過ぎたがな」
 お互い、その問題のシーンを思い出して、肩を揺らして笑った。

 

 僕と征士、それから僕達にこの映画を薦めてくれた秀と、あと二人。僕達五人は、生死を共にした仲間だ。その使命からも解放された今でも、時々戦いの最中手助けをしてくれたナスティや純も含めて集まったりするけど、それ以外に個人的にお互いの住む街に遊びに行ったり、誰かと出かけたりもする。誰かと共同生活を…と言う事もある。実際、秀の処には、僕達の仲間の一人でもある当麻が下宿しているらしい。
 僕は、高校から東京の学校に進学をして、そのままこっちの大学に進んだ。今は新宿から少し離れた住宅街で一人暮らしをしている。勿論、大学は実家の萩の方に戻ったって良かったんだけど、戦いの為だけに此処の街に来た訳じゃないし、僕自身もこっちでやりたい事があった。それから…あの戦いの最中にようやく出会った僕の初恋の『夢中人』の、少しでも近くにいたいと言う気持ちもあったから。
 僕の夢の中にだけ出てきて、僕に優しくしてくれた、陽の光の様な人。僕が東京に出る前に「出会える時を迎えた」と夢の中で告げ、それ以来僕の夢に現れた事はない。
 だけど、彼は現実に、僕の前に現れた…光の戦士として。夢の中での言葉通り、彼は僕を守ってくれていた。戦士としての宿命を終えてからは、彼は実家の仙台に帰っていたけど。
 僕は、彼を『夢中人』としてではなく、彼自身に惹かれている。彼が一度交通事故にも遭った時、そのまま彼の元へとすっ飛んでいってしまった程…。そんな僕の想いに答えてくれる彼とは、仲間の中でも一番高い頻度で連絡を取り合ったり、こうして直接逢ったりしている。
 そして、その彼…征士と僕は、この春から一緒に暮らす事になったんだ。征士は、僕と同じ大学への進学が決まったから。「東京は家賃も物価も高いし、学校も同じなんだし、一緒に下宿しない?」って誘って、征士は二つ返事で快諾。高校の卒業式を終えて、征士は簡単な生活用品を持参して先に上京してきた。他のものは春休みの間に実家から送ってくれるみたいで、僕は予定より早く征士と過ごせる喜びに溢れていた。これからの事を考えると、僕は凄く幸せな気分なんだ。
 それで今日は、早速卒業祝いも兼ねて、映画にショッピングに…って町にくり出したって訳。

 

「それで、これからどうする?」
 時間帯も夕刻の良い頃合。時間的には、そろそろ夕食と洒落こんでいい。
「そうだな……今日は、出来ればこの辺りで、伸の気に入った店か何かがあったら、そこで食事にでもしないか?」
 ちょっと考えてからの征士の返事。僕は思い浮かんだ幾つかの店の場所を考えていた。
「そうする?和食と洋食と中華だったら、征士は何処がいいかな?やっぱり和食?」
 征士はかぼちゃの煮物が好きだし、多分和食をとるだろうと思って、煮物が美味しい場所を考えていたんだけど。
「いや、伸が今一番食べたい処にしよう」
「でも……今日は僕、征士のお祝のつもりだし、征士の好きなもので…」
 僕が言い切る前に、征士が僕の言葉を遮って返した。
「そんな事、気にしないでほしい。私が伸の処に厄介になる用なものだから」
「……僕が、一緒にって誘ったんだから、気にしなくていいのに」
 何かを言い返そうにも征士の『否』と言わせない雰囲気には、幾ら周りから『饒舌』と言われた僕でも、これ以上返す言葉がない。征士は僕の両肩をぽん、と叩いて
「私は、伸が食べたいものが食べてみたいのだから」
 僕を納得させるような事を言ってくれる。そんな征士の言葉に、つい甘えてしまう。
「じゃ……肉料理でいいかな?」
 ちょっと首をかしげて言うと、征士は柔らかな笑みで頷いた。
 道玄坂を歩き乍ら、僕はお気に入りのレストランに征士を連れて行くことにした……値段の割に品のある味で、シェフやマスターの雰囲気も良いステーキハウス。あまり遅い時間になると混み合ってしまうんだけど、まだ席の方に余裕があった。マスターは、僕の姿を見ると、奥の方の禁煙席に案内してくれた。
 席に付いてメニューを渡される…この際、歳の事は抜きにして、食前酒にドイツものの白をグラスで頼む事にした。
「伸のお勧めはどれか?」
「うーん…コースものもいいけど、僕が此処で一番好きなのはサイコロステーキなんだ」
「じゃぁ、私もそれにしよう」
「それじゃマスター、サイコロステーキのディナーセット2つで」
 オーダーを取り終えて、ちょっと待つと、マスターが冷えたグラスとまだ栓をあけていないボトルを持ってくる。そして僕らの目の前で栓を抜き、そのまま注いでくれた。
「じゃ、征士の卒業と進学を祝って」
 僕らはグラスを軽く鳴らして乾杯をした。昔から酒豪と聞いていた征士に対し、僕は嗜んでつき合う程度の酒量な上、あまり苦いのは苦手。無理に、甘口の白ワインなんかにつきあわせてしまった。
「ごめんね、僕、あまり辛口が飲めないから」
「そんな事はない。こういう場で一人で飲んでも寂しいだけだから。それよりも、伸」
 タイミングを見計らった征士が自分の鞄から小さな包みを取り出して、僕の目の前に差し出した。
「伸。三日遅れたが、改めて誕生日おめでとう。私からのプレゼントだ」
 不意打ちに目を丸くしてしまった。
「そんな……電話くれた時に、何もいらないよって言ったのに」
 だって僕は征士と一緒にいられるだけで良かったから……勿論、そんな事までは言えなかったけど。
「それでは私の気が済まない。私の誕生日に必ずカードを送ってもらったのだし、受け取ってほしい」
 重ねて差し出された小振りの箱を、僕は素直に受け取った。
「ありがとう……開けていい?」
 征士は苦笑いで頷いた。
「あまりにタイミングが良すぎるものになってしまったのだがな」
 何だろう…?と思って包みをあけると、白い箱の中には横に小さなハンドルの付いた木箱。木箱の蓋をあけると……
「アハハ……ホントだ」
 蓋の裏には小さな楽譜とフランス語の歌詞が張られてある、手回しのオルゴールだった。この曲自体に僕の思い出もあって、前からこれが欲しいなと思ってたんだけど……よりにもよって、今日見た映画でも同じ様なオルゴールが出てきたんだ。
「征士。本当は今日の映画、知ってたんじゃないの?!」
「そんな事はない、偶然だ」
 真顔で言い返す征士がまたおかしくて、つい笑い出したら、征士もつられて笑った。
「でも、本当にありがとう。凄く嬉しいよ、征士………」
「そう言ってもらえると、私も嬉しい」
 早速僕はそのオルゴールを鳴らしてみた。フランス語の子守唄の曲が流れてきて
「これで、僕も願いごとが叶ったら、本当に映画の通りだね」
「だから、偶然だと言っただろう」
 苦笑混じりの口調で、征士が怒っていない事はよく解る。
 丁度いい処で注文のステーキセットが届いて、僕らは改めて食事にした…取り留めもない、学校の話とか、先刻の映画の話をし乍ら。味の方も征士の好みと合ったみたいで、何重にも嬉しい事ばかり。

 

 食事が済んだ処で、今日は家に帰る事にした。勿論、まだ僕達なら遊んでいるだろう時刻ではあるけど、ちょっと今日の食事が学生の身分にはずんだのもあれば、東京に着いたばかりの征士をそのまま連れ回して遊び歩いてしまったから。
 渋谷から電車に揺られて、これから僕の今住まっている…これから征士と暮らすアパート迄の道を歩いていた。時刻もかなり更けてきて、住宅街は静かだ。
「それで、征士は、やっぱり剣道部に入るつもりなの?」
「一応、そのつもりだが…」
 征士の剣の強さは、国内のその道の人には知られている。何よりも、鎧戦士として生死をかけた戦いをしていた彼だ。僕の行く大学の剣道部は、さして強剛と言う訳ではないから、征士にとっては物足りないかも知れないけど、きっと剣道から離れる事は出来ない、って僕は思う。
「征士の強さは折り紙付きだからね。僕も見惚れちゃうよ」
 僕自身、剣を握って戦っている姿の征士が一番好きだから。
「嬉しい事を言ってくれる」
 月明かりと、街頭の明るさだけの中でも、征士の笑みは綺麗に見えた。
「伸は、何かサークルにでも入っているのか?」
「うん、ダイビングの。シーズン以外では、あんまり顔、出してないけどね」
 アパート迄の道のりを、これからの事や、共同生活での決めごと等、他愛もないこんな話で綴っていた時、いきなり征士がこんな話を切り出した。
「…伸は笑うかも知れないが、今更の事だから言ってしまおう。私は幼い頃、夢でしか逢った事のない女性に憧れた事があった」
 女性が苦手だ、と言う征士にしては珍しい事なんだけど、『夢で逢った』というのに僕は聞き入る。
「私は、自分の過ちでその人を失ってしまう…という夢を何度も見た。もし、現実で出会う事が出来るなら、清らかな水の輝きの様な、綺麗な緑の眸をしたその人を絶対に守りたいと常々思っていた。そして、伸と初めて出会った時、私は彼女と同じ眸をした伸を守りたい、と思った」
「征士……?」
 何だか胸が熱くなって、呼び掛けたけど、征士はそのまま言葉を続けた。
「夢の人は女性で、伸は男だ。その上、身替わりに見てしまった事は申し訳なく思う。しかし、共に戦っているうちに、夢の人のかわりではなく、『伸』個人を守りたいと思ったのだ。だから、改めて言う」
 そこで言葉を区切って、僕をまっすぐ見つめた。
「私は、『伸』が好きだ」
 豪快に胸が高鳴り、一瞬にして僕の頬が真紅に染まった。僕の眸から、雫が溢れてくるのが分かった。
「し、伸?!」
 僕が泣き出してしまったので、ちょっと慌てて呼び掛ける征士に、僕は倒れ込む様に征士の胸に縋った。
「あり…がと……征士……僕も、『征士』………好き…」
 それ以上言葉にならなくて、暫く征士の胸に抱かれていた。征士の腕が、僕を包み込むようにして抱きかかえてくれているのが解る。ようやく落ち着いた処で、僕も征士に告白をする。
「…僕もね。小さい頃、同じ様な夢を見たよ。征士みたいな綺麗な眸の、陽の光の様な戦士に逢って『次に出会った時は、あなたを守り抜く』って言ってた」
 僕は、頭を上げて、少しだけ征士から離れて彼の顔を見上げた。僕の大好きな紫水晶が、僕に慈愛の光を与えてくれる。
「どうやら私達は、同じ夢を見ていた様だな」
「そうみたいだね…」
 その出会いのきっかけが、たまたま鎧戦士として。僕は、唯、守られるんじゃなくて、彼の助けになりたい…共に戦いたい、と思ったのだろう。
「ねぇ、征士。鎧戦士もなく、夢の話もなく、僕達もう一度出会いなおそうか。あの映画みたいに」
 映画の中で、ヒロインは失った婚約者と彼に似た主人公を重ね合わせてみてしまったけど、もう一度『恋』をする事を主人公に教えられ、改めて彼に恋をする。同じく恋人を失った主人公も、ヒロインと出会って彼女に癒され、やがて愛するようになる。僕達はお互い、『夢中人』と相手を重ね合わせていたのだから、その辺り、お誂え向きの映画をみたのかも知れない。偶然だけど、秀には大感謝だ。
 僕は征士から離れて二、三歩先に進むと、先程征士から貰ったオルゴールを取り出して、くるりと征士に向きなおした。
「はじめまして」
 オルゴールを鳴らしながら、映画のヒロインと同じ台詞をいった。
「僕は毛利伸。どうぞよろしく。君の名前は?」
 征士は、僕に手を伸ばして答える。
「伊達……伊達征士だ」
 僕の身体を抱き寄せて、穏やかな笑顔で僕を見つめる。僕の額の髪をゆっくりと払い除けると、征士の柔らかな唇が触れてきた。まるで儀式の様に。
「よろしく」

 

 

 改めて、僕達は『恋人』になった。

劇   終

 

 


 歌詞の中で「有名な映画を見た帰りの夜だから、期待し乍ら街にくり出した。二人は良い雰囲気」と言う最初の歌詞の部分だけ引用して(因に自分の脳内翻訳だから、間違いはありそうだけど)書いてます。しかし、前二作より時間が経ち過ぎておりますなぁ…只のデート話だし。
 因に、セイジが言っている「未来警察がタイムスリップしてくる」映画は、『超級學校覇王』。劉徳華、張學友、郭富城、鄭伊健(黎明が出れば香港四天王勢揃いだったよな…)と、美味しい役者揃いなのに、内容はめちゃくちゃアホでした…(監督が『アホ映画作らせたら天下一品』とか本で書かれていた王晶だからなのかなぁ…)。
二人で見に行った映画の方は、張國榮と常磐貴子主演の『星月童話(邦題:もういちど逢いたくて)』。滅茶ラブストーリーです…作品内で、ちょっとだけオマージュ入ってます。

 全部を通して、シュウの描写が一番明確なのは、自分自身が「シュウ」と言うキャラクターを一番理解し易いから…と、言うより、自分とシュウは波長が近いから。
 シンの立場から話を書くのがこんなに難しいとは思わなかった。と、いうのか、征士×伸を自分で書くのがこんなに大変だとは思わなかった…何か、キャラが別物になりそうだし。

……この3作品を書いてから、暫くシン主体の話は考えられない、と本気で思った。

 

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