やっぱり私会社やめます。

ライン

1997年5月リストラについての面接。
 A 「君は対象外だけど、仕事は変わるよ」
 B 「うーん、じゃ辞めます。」
 A 「そんな急に決めなくても。」
 B 「でも今後それほど仕事があるとは思えないし。」
 A 「じゃ中国に行ってくれよ。」
 B 「中国だって計画よりもかなり遅れているって聞いているし、今行ってもまだやることなんてないですよ。」
 A 「じゃ、いつがいいかな。早いほうがいいんだけど。」
 B 「行かないですよ。」
 A 「君は独り者だからすぐにでも行けるよな。」
 B 「行きませんよ。」
 A 「期間はとりあえずどれくらいがいいかな。半年、いや4ヶ月くらいかな。
   ある程度はいてもらわないと向こうに対して印象悪いし。」

 B 「行ったって仕事無いですよ。」
 A 「じゃチケットとか頼んどかないとな。」
 B 「仕事無いですよ。」
 A 「仕事なんか自分でつくればいいんだ。遅れてるならそれまでに準備することだってあるだろう。
   もしほんとになかったら、そのときはそのときで何もしなくてもいいから。」


 そんなわけで私は中国に行くことになった。
目的は簡単である。社内関連部署や中国側に対して「うちはちゃんとやってますよ。」ということを示すのみである。
人質である。
実際に行ってみると予定より半年ほど遅れているらしい。
つまり出張中の仕事はないわけだ。
挨拶だのなんだので1週間ほどすぎたら、本当にやることがない。
仕事がないということは中国人と話すチャンスもあまりないということなので、中国語もちっとも上達しない。
そこで、漢日辞典を購入してリーディングだけでも覚えていくことにした。
その後実際には3ヶ月半ほどで送還され、もう2件海外出張をやらされ、晴れて退職と相成りました。

中国人について   

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