作:はるか
タイトル 『 SURVIVAL 』

シャキーン!
「ブラッドペイン!」
「どあぁ〜! …ってキロス!もうちっと他の起こし方出来ねぇのかよ!?」
「こうでもしないと起きないきみが悪いんだろう!
 大体なに悠長に寝てるんだラグナ君!!明日が何の日か忘れたのか!?」
「明日ぁ〜?え…っと今日は何日だっけか…あ,ああ〜〜っ!!」
「……思い出したようだな」
「何ボケっと突っ立ってんだ,キロス!ルナ・ゲートに行くぞ!!一刻も早く脱出だ〜っ」
バタン!
「………(ラグナ!)」
「ウォード!ドア壊すんじゃねぇ!エルにまた怒られる〜っ」
「………(ルナ・ゲートが封鎖されてるぞ!)」
「なにぃ!?」
「………(エアステーションもだ,国内からの脱出は不可能だ!)」
「なにぃ〜!?じゃあまた"あれ"やるしかないのかよぉ〜(泣)」
「…国内から,と言ったな。では国外からの入国はどうだ?」
「………(それは大丈夫だ。外貨を稼ぐチャンスだからな)」
「…ならば方法は在るな。ラグナ君,きみのJr.(ジュニア)君を喚んでくれたまえ(にやり)」
「お,おう…(キロスがこんな笑い方したときはロクなことねぇんだよな〜…)」
「………(冷汗)」
「"SeeDはナゼと問うなかれ"か…ふふ,いい言葉だ…」

 ***

「…もう一度言っていただけますか?学園長」
「お見せしますよ。その方が早いでしょう」
バラム・ガーデン2階の学園長室。
シド学園長はにっこり笑うと,SeeD要請依頼書をPCからプリントアウトして俺達の前に差し出した。
「『要請依頼書』ってこんなんなんだ〜」
アーヴァインがのほほんと呟きながら俺の手元を覗き込む。
「今問題なのはそんなことじゃねぇと思うんだけど」
ゼルが珍しく建設的な意見を述べた。
「また…"極秘任務"ですか。しかも"期間未定"で」
半ば諦めの境地に達している俺と比べて,ゼルとアーヴァインは不服そうだ。
「スコールが要請されるのはまぁ分かりますけど〜ラグナロクタダ借りの条件だし」
―――"エスタからの派遣要請には俺が行くこと"…何度思い出しても腹が立つ条件だ。
「でもこの但し書き…<男3人で来てね(はぁと)>ってのが胡散臭いよなぁ…」
エスタからの"極秘任務"で胡散臭くなかったものなど,無い。
「ゼル,アーヴァイン。SeeD心得,斉唱してみますか?」
ますますにっこり微笑んで,学園長はそう口にする。
「"SeeDはナゼと問うなかれ"です…」
「そのとおりです,ゼル。では速やかにエスタへ……アーヴァイン,まだ何か不服ですか?」
「…なんで"男"3人でなんですか〜!?」
―――あ。マズイ
俺とゼルが思わず顔を見合わせる前で,予想通り学園長の態度は豹変した。
「いつもいつもセルフィと組めるとは思わないことです!
 …まさかあなた,任務と婚前旅行を混同していた訳じゃないでしょうね!?」
「めめめ…滅相もございませんっっ」
―――図星か…
わたわたするアーヴァインを一瞥すると,学園長は血走った目でくるりと俺達の方に向き直った。いつもの"あの"学園長と同一人物とは思えない…
「あなたたちも!まさか娘たちを結婚前に"食べちゃったり"してないでしょうね!?」
「………別に(こんな時のためのポーカーフェイス)」
「…食べちゃったり…って学園長,パンじゃないんですから〜……は・はは…」
ゼルがひきつりながら乾いた笑いを浮かべた。
(ちょっとどういうことさ〜!?)
アーヴァインがこそこそと聞いてくる。
このガーデンに転校してきてずいぶん経つのに…知らなかったのか?
ゼルが声を潜めて答えた。
(うちの学園長は女子生徒が絡むと人格変わるんだよ。な?スコール)
―――俺に振るなよ…。溜息をついて応じる。
(……"花嫁の父"やるのが趣味の人だからな…)
(なんだよそれ〜?今時ヴァージン・ロードをその名の通りで歩く娘なんて居ないって〜!)
(そうでもない…と思う。…少なくともこのガーデン出身者は)
("不純"異性交遊にかけちゃ,目の光らせ方が違うからな〜)
(だから"秘密の場所"なんてのがあるのか〜!なんで女子寮の前にも教官立ってるんだろとは思ってたけど)
(お互い,逢うにはその位苦労しろってことだろ。ちなみにバレたら放校処分だからな。気をつけろよ)
(え〜っ!?なんだよ,なんなんだよそれ〜っ!?)
("不純"じゃなきゃ大丈夫だって!)
(……って,今更言われても〜……)
アーヴァインの呟きに呆然とするゼル。思わぬところで状況が大体わかったな…
―――って,今の会話聞こえてたら…
恐る恐る視線を向けると,学園長は仁王立ち状態だった。
「…あなたたち,即刻ここから出て行きなさい!」
「そんなぁ〜っ」
「俺達もっ!?」
「公私混同しないで下さい,学園長!」
「だったら,"男3人"に文句を言わないでとっとと行きなさい!はい,コレ契約書です!
 ちゃんと『任務完了書』貰うまで帰って来るんじゃありませんよ!!」
…目の前に突き出された契約書をしぶしぶ受け取った。
「それから,スコール。あなたの休暇ですが」
「半日になったっていうんでしょう?わかってます」
取れずに溜まりまくってもう何日になるのか定かではない休暇だが,ようやく3日は取れるはずだった。
しかしこの状況じゃ,明日の朝一で出なければならないんだろう…!?
「いえ,午後一で出て貰いますから。まぁそのうちゆっくり休んで貰うということで」
学園長は再びにっこりと笑う。
「…今,たった今!ドールから戻った所ですよ!?そもそも俺は,"今日から"休暇の筈だったんです!」
「SeeDなんてヤクザ稼業で,今稼がないでいつ稼ぐんです!?」
―――あなたにその台詞は言われたくない…
真っ白になった雰囲気にさすがに気まずくなったのか,学園長は咳払いを一つして続けた。
「…エスタでは明日から任務に入って貰う必要があるようなんですよ。
 それに,午後出発したのが確認出来ない場合,明日の朝一でラグナロク回収しに来るそうですから」
―――俺たちがごねるのを見越したような対応だな…依頼主はラグナじゃなくてキロスか
それが分かった時点でもう,この場はどんなに抵抗しても無駄だと諦めた。
相手の手の内が読めない上に,キロスと学園長との取り決めじゃ,どう見てもこっちに分が悪い。
仕方ない…あとは行ってから考えるか。
アーヴァインを見ると,ほっとしたように胸をなで下ろしていて(どうやら放校処分にはならないで済みそうだからだろう)唯一ゼルが抗議の声を上げた。
「別にラグナロク回収されたって構わないじゃないですか!…俺ほとんど使ってないし」
「あなたはドール任務が多いですからね。
 でもスコールが1週間かけてエスタに行くようになれば,あなたにも2日かけてデリングシティに行って貰いますよ。
 移動に時間がかかればその分,休暇は減るでしょうねぇ…」
二の句が継げないで口をパクパクさせているゼルの肩を叩いて,アーヴァインは宥めるように言った。
「…それじゃあ行こうか。"男3人で"ね〜…」

「いやぁ〜よく来てくれたな,妖精さんたち!」
何度顔を合わせても,この緊張感の欠片もない男の血が自分に流れているのが信じられない。
エスタ,大統領執務室。ラグナは両手を拡げて嬉しそうに俺達を迎えた。
「ラグナさん…その恰好は〜?」
「ん〜?似合わねっか,やっぱしぃ?」
アーヴァインの問いかけに頭を掻きながら答える。
ラグナはいつものよれよれシャツという出で立ちではなく…一応スーツを着込んでいた。
Yシャツと上着を一緒に袖を捲って,ネクタイをだらりと下げた,とても"着こなす"とは言えない状態だったが。
「エスタ大統領が,何でスーツなんですか?エスタの民族衣装じゃなくて」
「…あれをラグナ君に着せると,周りの皆が迷惑するんだ。裾踏んで躓きまくる彼の下敷きになって」
ゼルの問いかけにそう答えたキロスも,いつもの訳の分からない衣装ではなくスーツを着込んでいた。こちらはちゃんと襟まで締めてネクタイをしていたが,いつも通りの髪型のせいかやはり違和感がある。
「だから,何でスーツなんだ?」
「………(これから"会議"があってな。我々はそれに出なければならないのだ)」
"とても不本意"という表情を張り付かせて,ウォードがそう身振り入りで話す。一番"スーツ"に違和感がないのが彼だというのが,不思議だ…。
「だから,あとのことは秘書どもに聞いてくれ。俺達は行かなきゃなんね。んじゃ,頼んだぜ〜」
「……?」
そそくさと立ち去るラグナたちに妙な胸騒ぎを感じる。
「とりあえず,早速戦闘ってわけじゃないみたいだな」
ゼルの言葉に無言で頷いて,大統領秘書は言った。
「では,こちらへどうぞ」

秘書に続いて大統領官邸内を歩く。さわさわと衣擦れの音をさせてすれ違う事務官たちの動きもどこか慌ただしい。
「こちらです」
ぶ厚いドアの前で立ち止まり,俺達に中に入るよう促す。扉を開けると,中は三方をドアに,もう1方を窓に囲まれた部屋だった。
「ささ,ずずいっと奥へ」
「……?」
俺達が部屋に踏み込んだ途端,前方の2つのドアから着飾った女性達が次々と現れた。
各ドアから…10人はいるか?つまり総勢20名余り。
訳も分からず呆然とする俺達の前で,彼女たちは黄色い(?)声を上げた。
「いや〜ん,このボウヤ,めっちゃ好み〜っ!この金髪ツンツン頭!」
「あら,あっちの長髪の彼の方が背も高いし,素敵だわ〜」
「やっぱりSeeD司令官よぉ〜!あの髪の毛柔らかそう♪」
な…なんだ!?この女性達は…いや,この背筋を走る違和感…おぞましさは何なんだ!?
感じてるのは俺だけか!?
「ボウヤって言うな!俺はもう18なんだぜ!!」
―――感じてないみたいだな,ゼル…。
「あらぁムキになっちゃって。そうよね〜18じゃまだまだボウヤよね〜」
「なんだとぉ!?じゃああんたらはいくつなんだよ!?」
「レディに歳を聞くなんて,ホントウに"ボウヤ"ねっ!!」
「―――女性(レディ)〜…?!」
地を這うような低い声で呟いたアーヴァインの言葉で,"おぞましさ"の正体を知る。
彼と無言で視線を合わせると,ぱっと方向転換して入ってきたドアへと向かった。
「えっ!?おい,スコール!?」
「(がしっ!)逃げようったってダメよ〜♪素敵な女性(レディ)にしたげるからおねーさんたちに任せなさい!」
「なにぃ!?…うわっやめろぉ〜っ!」
背後からゼルの絶叫が聞こえた。
「うわぁ!?」
…アーヴァインはコートの裾が捕まったらしい。ズルズルと後方へ引きずられていく。
伸ばされる腕を振りきってドアに辿り着いたが,外から鍵が掛けられていて,重い扉はぴくりとも動かない。
この俺が,退路を確保するのを怠るなんて!
いや,バハムートでも喚び出せば何とか…って,あいつとの相性はサイアクなんだ。喚び出すまでに何分かかるか…!
意を決して振り返り,瞬時に魔法を唱える。
「トリプル!…スリプル!!」
腕を伸ばしていた3人は眠り込んだが,すぐにその背後にいた女性(?)たちが近づいてくる。
あと3人眠らせたって4人残ってしまう…その間に捕まる!
くそぅ,何で俺は全体魔法が唱えられないんだ!?
「何で逃げるの?まだ何もしてないじゃない!」
腕を伸ばしながら,リーダー格の最も華美な女性(でも本能が違うといっている)が問いかける。
「"これから"何かする気だろう!?」
ゼルは3人の女性?に乗りかかられ,アーヴァインは体格の良い女性…と言うにはいくら何でも憚れるほど…に羽交い締めにされていた。
そのままズルズルとドアの向こうへと引きずられていく。
「お着替えお着替え♪この金髪ツンツン頭にはあのブロンドのかつらが似合いそうね」
「ドレスは紫のシルクのかしら〜?」
「ダイヤのティアラもつけちゃいましょ♪」
「こっちの彼には真っ赤なドレスね。似合うわよ〜」
「髪はアップにしてカーラー巻いて〜赤いリボンをつけましょうよ」
「セクシーコロンもおまけにつけたげるわ♪♪」
バタン!無情にも扉は閉められ,二人の絶叫だけが聞こえる。
「俺の服!服を返してくれ〜っ」
「やめてくれよ〜!あ〜っ僕の銃〜っっ!!」
「…俺達をどうする気なんだ!?」
次々と伸ばされる腕を必死で振り払って問い質す。
「あら,知らないの?今日は年に1度のお祭りなのよ…あたしたちの」
「エスタではお祭りはしょっちゅうあるけど,"あたしたちの"お祭りは今日だけだもの」
「普段日陰者のあたしたちの,年に一度の晴れ舞台!」
「どうしたって気合いが入るわよね〜っ!!」
「だから,それと俺達と何の関係が在るんだ!?」
「そんな無粋な恰好でパレードに出るつもり!?"大統領代理"さんたち?」
「…大統領代理!?」
「そうよ。エスタ大統領は全ての"お祭り"に参加する義務があるのよ。
 だから参加する大統領代理にもそれなりの格好して貰わなくちゃ,一緒に参加するあたし達が恥ずかしいじゃないの!」
「俺達が恥ずかしいのは構わないのか!?」
「どこが恥ずかしいのよ!ちゃんとキレイにしてあげるって言ってるでしょ!」
「ラグナ様達も今まではこの時期ルナサイド・ベースに行っちゃってて,参加して下さったの最初の1回だけだけど,
 でももうあそこには行く必要ないし。
 だから今年は絶対出ていただこうと思って宙港も空港も全て閉鎖してもらったのに…会議ですって!」
「…ウソだ!体の良い口実を付けて逃げただけに決まってる!!」
「ウソじゃないわよ。だってラグナ様がスーツ着るの,年に1・2回しかないのよ?
 …何も"今日"会議しなくても良いと思うけど」
「でも今年はあなた達が代わりに出てくれるって言うから許したげたの」
「そう言うわけだから,カクゴしてね♪」
「……何が"そういうわけ"なんだ!?冗談じゃないっ」
ざっと目を走らせて,右手側が最も手薄(…といっても5人は居たが)なのを見て取る。
一番手前のヤツの肩に手をかけて,反動でその頭上を飛び越え,奴らの背後へと逃れた。
窓へと走りながら,その窓が填め殺し式なのを確認すると,ガンブレードを抜く。
ガシャーン!
ヒョオォオオ…
「…う…!」
窓の外へと抜け出そうとして,咄嗟に窓枠に捕まって踏みとどまる。眼下が,靄がかかって見えない。
高さ…何メートルあるのだろう?ここから落ちたら,いくら俺でも無事では済まない…!
「いけないわねぇ。仲間を見捨てて逃げようなんて」
がしいっ!!
…今度こそ背後から捕まえられ,窓の傍から引き剥がされてしまった。
見かけは女性だが,力はしっかり男だ。そいつらに両腕をがっちり極められ,床に組み敷かれそうになる。
「はっ離せ!」
ダメだ。ガンブレードを持ったままじゃ,身動きがとれない!
でも武器を手放すなんて…!
「いやん,やっぱりこの子の髪,ふわふわ〜(なでなで)」
「お肌も羨ましいくらいスベスベねぇ。化粧映えするわよ〜(さすさす)」
「あらぁこの子着痩せするのね。いいカラダしてるわぁ(つつつ…)」
――――――!
背筋を走る悪寒に,思わずガンブレードを投げ出し,その隙をついて奴らの手から逃れる。
必死で乱れた服を直し(リノアには絶対に見せられない!)睨み付けても,奴らは一向に気にした様子もなくきゃらきゃらと笑った。
「あぁんもう!そんなネコみたいに毛を逆立てなくたっていいじゃない」
「でもそこが可愛いのよね〜♪」
「諦めなさいな。あたしたちからは逃げられないわよ」
びったり。
文字通り身体中を流れる冷たい汗を感じながら背後のドアに張り付く。
こうなるともう究極黒魔法(アルテマ)でも唱えてやりたくなる。
―――百歩譲って全体攻撃風魔法(エアロガ)で妥協することにした。
詠唱モードに入ろうとしたとき,背後のドアが急に外側から開く。
「…お嬢さん方。準備は出来ましたか?」
入って来たときのドアを開けて,秘書が姿を見せた。
―――こいつらを"お嬢さん"と呼べるあんたの神経は並大抵じゃない…!
その開いたドアから外へと逃れようとしたが,一瞬早く俺の腕を取り,秘書はにっこりと笑って後ろ手でドアを閉めた。
「もうすぐ時間ですよ。パレードが始まります」
「え〜!?まだこの子着替えさせてないのに〜っ」
「そのようですね。他のお二人は?」
「こっちは準備万端よ〜!どぅお?」
ドアが開いて,二人が両腕をがっちり極められたまま姿を見せた。
抵抗しすぎて果てたのか,二人ともぐったりと抱えられている状態。
―――う…
ラグナのスーツ姿より,余程違和感がないのが信じられない…!!
「んまぁ憎たらしい!すごい綺麗じゃないのぉっ!!」
「日頃鍛錬を積んでるあたし達より美しいなんて,許せないわっっ!」
―――何の鍛錬だ,何の!
「どうぉ?そこのSeeD司令官さん?」
―――何を言えっていうんだ!?
「しょうがないわねぇ。お世辞でも"綺麗だ"くらい言えないと女の子にもてないわよ〜?」
―――ほっといてくれ!大体誰が女の子だ,この部屋のどこに女の子が居る!?
「あなたたちはどお?自分を見て」
「…畜生ぉ,なんで俺がこんな格好…っ(しくしく)」
「泣くんじゃないわよ,お化粧が落ちるでしょ!」
「ええもう美しくって,鏡見てると惚れちゃいそうですよっ(やけくそ)」
「うんうんわかるわ〜それが最初なのよね〜」
「……(冷汗)」
「んふ…んふふふ…どうよ,あたしのメイクテク!」
「バッチリよ!次はこの子をお願い!!」
「イヤだって言ってるだろうがっっ!!!」
「…残念ながら時間切れですね。代わりにこれを(ズボッ)」
「……!?」
はっきり言って背後からの攻撃には反応しきれなかった。普段の俺からは想像出来ない事態だが,そのくらい精神がパニクっていたのは否定できない。
秘書に頭から被せられた見覚えのある衣装に血の気が引いた。
「ふむ。背格好も似てらっしゃるとは思ってましたけど,コレほどとはねぇ」
「…仕方ないわね,それで我慢したげるわ。時間も無いことだし。あたしたちもメイク直さなくちゃ!」
「ちょっと待てっ!俺はイヤだぞ,こんな格好!!」
「じゃあきみもドレス着ろよ〜……(ぐったり)」
「…俺なんかよりずっと似合うぜぇ…(がっくし)」
「そうですね。"エスタ大統領の衣装"がお嫌なら,あとはドレスを着ていただくしかないですよ?
 そうそう,人間あきらめが肝心!ではコレとコレとコレ飾りです。」
「あたしたちが着けたげるわ〜♪」
「俺に触らないでくれっっ!!」

「この国は17年も鎖国状態でした。
 …といっても,彼女たちのような他国では虐げられているような人たちが辿り着いた場合は,
 入国を許可していたんですよ。
 国内そのものでも,他国からの情報が入らない分,自国内で楽しみを見つけようってことで…
 お陰で今やこの国では世界各国のあらゆる"お祭り"が目白押しです。
 まぁ…大統領の許容量の広さの賜でしょうが」
―――単に何も考えていなかっただけなんじゃないのか?
「そういうわけですので,大統領には事情が許す限り"お祭り"には参加して頂いてます。
 ですから!あなた方も職務を全うして下さいね…大統領代理?」
「……"大統領代理"を縛り上げるものなのか?エスタという国は」
「人聞きの悪い。手首だけでしょうが。逃げないと誓っていただけたら解いて差し上げますよ」
「……」
パレード出発点の首都入り口に向かって,リフターは進む。
"エスタ大統領の衣装"は本当に裾を踏みそうで,歩きづらいことこの上ない。髪と耳,そして衣装に付けた飾りがしゃらしゃらと音を立てる。
俺の左右にゼルとアーヴァイン。黙って前方を見ている姿は充分女性に見える。
この衣装の俺とこいつ等が並んでる様は,ハタからどう見えるのか。これ以上考えたくない……やめよう。
手首を縛り上げている安心感からなのか,リフターに乗り込むまでがっちりと極められていた両腕は,3人とも自由だ。
アーヴァインがこちらをちらと見たのに気付いて,微かに頷いてゼルに視線を向ける。
ゼルは一瞬怪訝な顔をしたが,アーヴァインが視線だけ泳がせたのに気付いて,やはり微かに頷き返した。
四方を覆うリフターの壁が途切れる。
自由を奪う戒めを解いて(縄抜けなぞ朝飯前だ)衣装を脱ぎ捨て,飾りも外して傍に居るヤツに投げつけた。
一瞬の隙。それだけあれば充分!
リフターから真下の内周道路へと身を躍らせる。地上3階分,着地に失敗するほどの高さでもない。
「あぁ…またSeeDレベル下がっちまう〜っ…俺Tボートの支払いあんのに…」
「じゃあパレードに出ろよ」
「冗談だろ!」
「うわ〜動きづらい〜っドレスが脚に絡まる〜〜っ」
「破るか脱ぐかすればいいだろう!?」
「あ,そうか」
3人とも無事に着地し,ゼルとアーヴァインがドレスの裾を破くのを待って,すぐに走り出しながら言う。
「ゼル,お前そのままで大丈夫だな!?ラグナロクを抑えてくれ,脱出するぞ!」
「任せてくれ!…けど,スコール達は!?」
「武器を取り戻す!」
「わかった!俺の服も忘れないでくれよ!!」
「いや〜ん,逃げられたわ〜〜っっ!!!」
背後から上がる黄色い声(?)を聞きながら,ようやくヤツらの呪縛から逃れた。
虐げられた彼女たち…それは分かる。でも生理的嫌悪感はどうしようもない。…悪かったな。

大統領官邸へと戻る内周道路上で,次の敵に遭遇した。
「"―――エスタ兵が現れた!"ってやつ〜?」
アーヴァインが緊張感のない声で言う。
「パレードに戻って下さい,スコール司令官!」
「武器なしのあなたなら怖くありませんからね!実力行使しますよ!!」
「…武器なし?」
思わず苦笑し,手近のエスタ兵の銃を蹴り上げる。
「そんなもん」
アーヴァインがその銃の奪い,隣のエスタ兵の剣を弾いた。
空中でそれを受け止め,そのまま斬りつける…刃を逆にして。
「奪えばいいだろう」
唖然とするそいつらの脇をすり抜け,そのまま突っ走る。
程なく,次の3人が現れた。
「スコール司令官!パレードに戻って下さい!」
「しつこい!!」
峰打ちを噛まして,また突っ走る。
「オレ達だって命令受けてるんです。休暇返上なんですよっ!」
「休暇?ルナティックパンドラの…市外地の警備はどうした!?」
今度のヤツは俺の剣を受けた。
「あなたが居ないのに行くわきゃないでしょう!?機械兵に任せてますよ!」
「なんでスコールが居ないと行かないの〜?」
アーヴァインがそいつを銃尻で殴りつけた。また走る。
「司令官いないと死者が出るんですよ。んなもん誰が行くかってんですよね!」
「お前らそれでも兵士としての自覚あるのかっ!?」
剣を弾いて,峰打ち。
「ありますよ!だから早くエスタ軍に来て下さいよっ!したらオレらも仕事しますって」
「何の理屈だそれはっ!」
「今やってることは仕事じゃないの〜!?」
パン!アーヴァインの銃がそいつの肩を射抜いた。慌てて回復魔法(ケアルガ)を唱える。
「ケガをさせるな!あれでも貴重な兵力なんだ,後で俺の仕事が増えるんだぞ!?」
「照準が狂ってるんだよ!武器管理も出来ないのか,エスタ兵は!?」
大統領官邸が見えてきた。
「仕事っちゅうより,今やってるのはまぁ…イベントのひとつですね」
「なにぃ!?」
…あ。
「剣が折れた」
「うわサイテー!」
「え〜!?コレ今日支給になった新素材使ったってヤツですよ!?」
「軽さがウリの」
「そうそう。オレらにも連続剣出せるっていう」
「出せるかっっ!!」
「…スコール…苦労してたんだねぇ…エスタに来る度こいつら率いて戦ってたんだ…(ほろり)」
「……しみじみ言わないでくれ…」
折れた剣の柄で殴りつけてまた走る。アーヴァインももう撃たずに銃尻で殴りつけて走ってくる。
「ちょっとした疑問なんだけどさ〜何で会話が続いてるの?」
「そりゃあいつら,お互い戦闘服に付いてる無線でやりとりしてるからだろう」
「…てことはさ,僕らの進行方向もバレてるってことだよね?」
「もとから隠す気なんかない!こっちに引きつけられれば,その分ゼルが楽になるだろう?」
「…なるほど〜」
―――新たな敵が現れた!
「…じゃなくて!なんでエスタ市街地にルブルムドラゴンがいるのさ〜!?しかも官邸前広場だよ!?」
「……あいつらが仕事しないでここにいるからだろう」
「あぁもうさいて〜っ!この武器でどうせいっちゅうのさ!!」
「うわわわ〜っスコール司令官頑張ってください!」
「オレらまだそいつとは10人がかりでやっても勝てませんから!」
「あ。そうなの〜?それじゃあスコール居なくちゃ市外地(そと)に出れないねぇ」
「そうなんですよ〜!オレらだって命は惜しいですから」
「偉そうに言うなっ!だったら俺たちの武器取ってこいっっ!!…あ,その前にその武器寄越せ!」
「はぃい〜〜〜〜っっ」
「…で,どぉすんの?」
「とりあえず………連続剣!!」
…最初の一撃で剣が折れた。
「ショット!……だーーーっ!やっぱり当たんね〜っ!!」
「ヒューヒュー!おねぇちゃん,頑張れよ〜!!」
「お…おねぇちゃん!?」
「なんでギャラリーが出来てるんだ!?」
「そりゃ,ホンモノのSeeDのバトル見れる機会なんて,一般国民にはそうありませんからねぇ」
「危ないだろうが!」
「あ,大丈夫です。あそこオダイン博士作シールド内ですから」
「僕のどこがおねぇちゃんなんだよ!?」
「……どこからどう見てもそうだと思うが」
「今頃褒められても嬉しくないっ!」
「………(褒めたつもりはないんだが…)」
ルブルムドラゴンは"うるさいな"とでも言ったようだ。エスタ兵に向けて深紅の炎を吐いた。
「うわちち〜ぃっ!何だよこの戦闘服も新素材なのに!」
「炎にめっちゃ強いってふれ込みだったよなぁ!?」
「ダメです!オレら離脱します〜!!」
「……ああもう勝手にしてくれ…」
「最初からアテにしてないしね〜…でもあの人達僕らよりずっと年上だよね?」
「…何の関係があるんだ?」
「………いや〜若いモン見捨ててよく逃げられるなと」
「何言ってんですか!SランクSeeDに助太刀なんて必要ないでしょうが!!」
「おぉ〜っ!Sランクか,すげぇなねぇちゃん!」
「すごいでしょう!!」
「ギャラリーに混じって,何でお前等が自慢する!?」
「ねぇちゃんて,言うな〜〜っ!!」
"うるさーーーいっ!"と言うようにモンスターは思いきり炎を吐き出す。ついでとばかりに頭を一振りして隕石を降らせた。
咄嗟にアーヴァインと交互に防御魔法(プロテス・シェル)を唱えたお陰で小ダメージで済んだが,さすがにこのままじゃヤバイ。
「こいつ相手じゃ,魔法だけじゃ不利だよ!」
「そんなこと言っても武器はまだ…」
「はい!司令官,武器です!褒めて下さいっ!」
頭上から声が響いて,ガンブレードと銃が降ってくる。
「ああはいはいごくろ〜さん。ほらスコールも」
「…何で褒めなきゃならないんだ?」
言いながら受け取る。構える。…やはり安心する。
「ハイパーショット!」
同じく愛銃を受け取って,アーヴァインが攻撃を開始した。白い光弾がドラゴンを射抜く。
「今度こそ…連続剣!!」
きっちり8回斬りつけた。ついでだ。
「エンドオブハート!」
下から斬り上げる。横へ薙ぎ払う。最後の一撃!ガンブレードを叩き付け,トリガーを引いた。
ズズーー…ン!
ルブルムドラゴンは小さな炎を吐いて,大きな音を立てて,倒れた。
「すっげーーーっ!一撃で倒しちまったぜ!!」
ギャラリーからの拍手喝采。……やりにくいな。
「…スコール,ストレス溜まってただろ〜?いきなりエンドオブハートだなんて」
「……お前もな,アーヴァイン。いきなりハイパーショットだし」
顔を見合わせ溜息をついて,ギャラリーの目が倒したドラゴンに向いているのを確認する。
「………あれ?司令官たちは?」
「…あ〜〜!逃げられたーーーっ!!」

「戦利品は"闘気のかけら"3つか…まぁまぁだな」
「ねぇ僕らの服はっ!?」
「…諦めろ」
「そんなぁ〜!この恰好でガーデンに帰れっていうのかい!?」
「…わかった。バラムに寄ればいいんだろう!?」
「どうせ買うならショッピングモール(ここ)で買ってくのが一番いいんだけどなぁ〜…」
「ムリを言うな!」
ショッピングモールを抜けたところで雑魚敵(鉄巨人)と遭遇した。今度はしっかりアイテム(星々のかけら×4)をぶんどってから,なぎ倒す。
エアステーション脇のラグナロク格納庫に辿り着く頃には,アイテムが余るほどモンスターを倒していた。
―――これでギャラリー(一般市民)も少しは安全に家へ帰れるだろう…
通路の向こうからドレスをボロボロにしたゼルが走ってくる。
「わりぃ!モルブルに当たっちまった…死ぬかと思ったぜ〜!」
「一人でよく逃げられたねぇ」
「ギルガメッシュはエクスカリパー使いやがるしよ〜っ!ぬか喜びさせやがって!
 いやもう全回復薬(エクスポーション)使いまくりだったぜ!」
―――本当にここで買い物してから帰りたくなってきたな…
「まぁとにかく帰ろうよ〜追っ手が辿り着かないうちに」
「そうだぜ!…スコール,どうしたんだよ?」
「…そういえば…空港閉鎖されてるって言っていたな…」
「なにぃ!?どういうことだよ,それっ!」
「……まぁバリケードの一つや二つ,ぶっ壊せばいいことだな」
「…そ,そうだな(ぶっ壊れてきてるのはお前の方だぜ,スコール…)」
「じゃあ帰ろう!一刻も早く帰ろうよ〜(スコールがこれ以上壊れないうちに…)」
「お待ちなさいっ!逃がすと思ってんですかっ!!」
モンスターにやられたのだろう,ボロボロになった大統領秘書が,エスタ兵を連れて現れた。
気にせずラグナロクに乗り込もうとすると,彼は傍にいたエスタ兵をゼルにめがけて投げつけた。
「ふぎゃっ」
「いてぇっっ!!」
―――避けろよ,お前も少しは…被害が大きくなるだろうが!
「お待ちなさいとゆーのにっ!これが目に入らないんですかっっ!!!」
「あ」
「ずるいよ,それ〜っ!」
秘書官が高々と掲げたそれは

           『任務完了書』

「ふははははっ!さあスコール司令官!コレが欲しかったらあなたはここに残りなさい!」
「……残ったら,それは必要ないと思うんだが」
「そりゃそうですよね〜」
「あなた達どっちの味方なんです!?」
「いや,それがあれば僕らは帰れるし〜」
「お前ら俺を見捨てる気か!?」
―――一気に空気が緊迫した。
にらみ合う俺達の脇を通って,ゼルが頭を押さえながらこっそりラグナロクに乗り込むのを,視界の端で捕らえる。
「…わかった。交換条件をだそう」
「何です?」
「その『任務完了書』を寄越せ。タダでとはいわない。これと,引き替えだ」
胸ポケットに手を突っ込む。ヤツらの注意が俺に集中しているうちに,アーヴァインもラグナロクに乗り込んだ。
「早く見せなさい!何です!?」
「…これだ」
それは

            『一定時間味方全部無敵薬(聖戦の薬)』!

「うっわーーー!初めて見た〜!!」
「Sランクアイテムじゃないですか!どうやって手に入れたんです〜!?」
「さすがSランクSeeDっ!!」
「そんな書類あげちゃって下さいよ,秘書官!そんでその薬俺らに下さい!!」
「そうですよ!大体あなたには必要ないじゃないですか司令官!リノアさん…もといアンジェロがいれば!!」
「そうだそうだ!」
「うるさい!余計なお世話だっっ!!」
「あなた達少しは落ち着きなさいっ!!……あ!」
上方からラグナロクの長い指(アーム)が伸びて,任務完了書をつまみ上げた。
「あ〜〜っ!!(涙)」
「…交渉成立だな。ほら!」
聖戦の薬をエスタ兵の背後に投げつけると,発進のため後退を始めているラグナロクの腕に取り付いた。
そのまま,上部のハッチを目指してよじ登る。
「うわっうわわ〜っ!」
「どこだ,どこへ行った〜!?」
「落とすなよ,もったいないっっ!!」
「あなた達!どきなさ〜いっ!逃げられるじゃないですか〜〜っっ!」

「つ…つかれた……もう絶対エスタ任務は受けないぞ〜ぼくぁ…」
「…そういや俺の服は〜?」
「バラムに寄るよ。そこで買ってよ…」
「いやだっ!かあちゃんにこんな姿見せるくらいなら死んでやる〜っ!!」
「わかったわかった…じゃあドールに寄るよ…それでいいだろ,ゼル。…スコールも,いいね?」
「………お前等…本当に俺を見捨てる気だったな…?」
「いやだなぁ…ちゃあんと天井のハッチ開けておいたじゃないか〜」
「その前に落ちるところだったぞ,風圧でっ!!」
「いいじゃねぇかよ,乗れたんだからよ〜…1人だけいつも通りの服装してやがるくせに…」
「……」
「……」
―――海よりも深い溝が出来た気が,した…

* **

「…で。逃げられたと」
「申し訳在りません,キロス補佐官。ホントにバリケード破って逃げられまして」
「仕方ないな。…新素材の武器も防具もまだ実用段階にはほど遠いようでしたな」
「は。それは我が研究所がこれから責任を持って実用化に向け…」
「期待していますよ。今回はまぁ…その分兵士達のレベルが上がったようですので良しとしましょう。
 オダイン博士のシールドはさすがでしたな。ルブルムドラゴンの炎にもびくともしなかった」
「当然でおじゃる。オダインがつくったのでおじゃるよ!」
「その調子で手に入れた"聖戦の薬"の量産化もお願いしたいものですな」
「…"英雄の薬"ならばなんとか…でおじゃる」
「却下。"聖戦の薬"でなければ認めません。…ギャラリーの観覧代はどうだった?」
「充分です。バラム・ガーデンに今回の依頼料払ってもお釣りが来ますよ。
 結構あちこちでバトルやってくれましたからね」
「結構。視聴率の方は?」
「ゼルさんのモルブル戦の時が40%,官邸広場前のルブルムドラゴン戦は50%いきました」
「いやもう,SeeD様々ですわ。次回のスポンサーもうちにお願いしますよ,キロス補佐官」
「善処しましょう。では今日の会議は以上で。みなさんお疲れさまでした(モニターの電源を落とす)
 …あぁそうそう。きみ,今日のビデオ,シド学園長に送っておいてくれ。任務完了書のかわりだ」
「はい」
「怒られる〜またオレがスコールに怒られるんだ〜!
 スコール〜!とーちゃんは無実だ知らなかったんだ信じてくれ〜〜っっ(涙)」
「いいじゃないか,ラグナくん。次の依頼料の目途もたったし。
 スコールを逃がしたことは残念だったが,まぁ…二兎を追う者は一兎をも得ずと言うしな」
「………(これ以上何を得るつもりなんだ…)」
「国民も大喜びだったし,彼女たちも満足したようだし,我々も"あの"格好をしなくて済んだし。
 まさに"お祭り"だったな,今回のイベントは(会心の笑み)」


Fin

Exit
作画:朔実アンジ