〜Little Wish〜


昔々、身分は低くても、とても美しい少女がいました。
その少女は夢見がちで本を読むことが大好きでした。
木陰に座って少女が本を読む姿に村の青年たちは皆夢中でした。
子供から大人へと移り行く真ん中にいるその少女は並外れて美しかったのです。
しかし少女は村の青年たちには見向きもしませんでした。
少女は海に憧れていたからです。
少女の村からは海は見えませんでした。
本の中に出てくる美しい海や魚、人魚達に憧れを抱いていたのです。
「できることならば、人魚になりたい。」
ずっと少女はそう思っていました。
夏のある日、村はいつもの如く暑い日が続いていました。
ある貴族の青年が毎年行っている別荘に一緒に来てくれないだろうかと
少女を誘いました。
「別荘ならここほど暑くはないし、それに海があるんですよ。」
「海があるの?それならば、行ってみたいわ。」
少女は少しはにかむような笑顔で答えました。
少女はあまりたくさんの服を持っていませんでしたが
持っている中で質の良いものを選んで荷造りをして、青年とともに海の見える別荘へと向かいました。


昔々、深い海の底に人間に恋をした人魚がいました。
一年に数週間だけ夏の季節にやってくるその青年は驚くほど美しく
そしてやさしそうな瞳をしていました。
「ほんの少しだけでも彼と一緒にすごすことができたら。
 ほんの少しだけでも彼とおしゃべりができたら。」
美しい人魚はずっとそう思っていました。
夏が訪れるたび、美しい人魚は胸を高鳴らせ、少しでも青年を見たいという想いを秘めて
水面に浮かび、岩の陰からそっと青年が海を描く姿を見ていたのでした。
ある夏、例年通り海にやってきた青年の隣には美しい少女がいました。
あどけなさの残る大きな碧い瞳はカールした長い睫毛に縁取られ、
透き通るような白い肌に薔薇色の頬、まだ幼さの残るぽってりとした唇。
ゆるく波打つような長い栗色の髪。
どこか遠くを夢見るような神秘的な表情の中にまだ幼さの残る顔つき。

美しい人魚はその少女を見てため息をつきました。
あんなに美しくかわいらしい少女がいるなら、私なんかには気づいてくれないだろう。
叶わぬ願いとはわかっているけれど、あの少女になれたらいいのに・・・・・。
人魚の青い瞳から涙が二粒、真珠となって零れ落ちました。

その夜、人魚は青年を諦めきれずに浜辺で歌っていると昼間青年の隣にいた少女が歩いてくるのを見ました。
少女は歌っている人魚に気がつくと大きな目をさらに見開き、口元をほころばせました。
大事な服が濡れることにもかまわず、海に入っていき人魚に近寄ってきます。
少女が近付いてくることに驚いた人魚は歌うことをやめ海に飛び込みました。
「待って・・・・。」
思わず少女は人魚に声をかけました。
「私・・・・・人魚になりたいの。
 ねぇ、どうすればいいか・・・・・・知らない? 」
その言葉を聞いた人魚は驚いてくるりと少女に向き直りました。
「無いとはいえないわ。
 でも、それはとても危険。それに・・・・・もしばれたら大変なことになるわ。」
人魚は深刻な表情で言いました。
「私たちの世界では禁じられた魔法。
 永久追放だけでは済まないもの。」
少女は少し考えてから言いました。
「私・・・・・きっとうまくやれると思うわ。
 その魔法はどんなものなの?」
「魂の交換よ。あなたは私になって私はあなたになるの。」
「ステキだわ。もし・・・・貴女が私になっても構わないなら・・・・・。」
「構わないわ。今日、あなたと一緒にいた彼。
 私、ずっと彼が好きだったの。」
人魚の返事に少女は驚きました。
人魚は両手を伸ばして少女の指と自分の指を絡めるといいました。
「目をつぶって。心に強く念じるのよ。
 私があなたになって、あなたが私になるって。」
少女と人魚は目を瞑りお互いに願いを強く念じました。
しばらくして足に違和感を覚え二人が目を開けると、少女は人魚に。
人魚は少女へと入れ替わっていました。
「私・・・・・私・・・・・人魚になったわ・・・・・。」
「足がある・・・・・。尾ひれじゃないわ・・・・・。」
少女だった人魚と人魚だった少女は顔を見合わせて微笑みあった。
「お父様とお母様によろしくね。それと・・・・貴女の大好きな彼にも。」
「ええ。あなたもお姉さまによろしくね。」
そう言葉を交わして、人魚だった少女は陸へ。少女だった人魚は海へ。
期待を胸に二人は新しい世界へと旅立ちました。

作:Alex