『父と僕と』

来週、父が上京する。既に定年を迎えて何年にもなるのだが、毎年6月になると、勤めていた会社が開催する東京での行事とかいうものに参加するために、東京へと足を運んでいる。当然、僕にも会っていく訳で、僕にとっても毎年恒例のイベントとなってしまった。もう、6年目になる。

つい先日まで何の連絡もなかったため、今年は来ないものだと思っていた。しかし、ちょっと元気のない声で、「何時になってもいいから、電話をください」という、ドキっとするような留守番メッセージを残すのはやめて欲しい。祖母のことがあった後だし、姉も出産を控えているこの時期だけに、こういうメッセージには過剰反応してしまう。とはいえ、そういうことに無頓着なところに、父らしさを感じたりもする。

そういえば、2年前の時には、父とヨーロッパ旅行の打ち合わせをしていた。ちょうど僕がこの年の5月に退職していて、何もすることがなかった時期だったのに便乗して、父が僕を誘って実現した2週間の庶民的豪華旅行だった。

父は、昔から、ヨーロッパに行きたいと言っていた。どうせ行くからには、のんびりと行きたいと思っていたのもあって、自らの定年を待ち、計画を進めてはいた。そして、一度は姉が結婚する前に行くことが決まっていたのだが、本人が体調を崩して入院してしまい、あげく姉の結婚がやってきて、計画は白紙に戻ってしまったのである。それからしばらくして、僕が退職。何もする気になれなかった時に、父から誘いの電話がかかってきたのである。ちょうど、今回と同じ状況で、東京行きの件と併せての電話だった。

このヨーロッパ行きは、僕にとっても救いだった。当時、気分転換をする気にすらなれなかったので、時間を利用して海外に行こうなんて、考えてもみなかった。人に言われて、そういう手もあることに初めて気がついたくらいである。そうして、父が僕の家に泊まって、細かい部分の打ち合わせをしたのが、2年前の今ごろだった。

2週間で5ヵ国を巡るパックツアーに参加した。しかも、高い。僕としては、ホテルは寝ることさえできればいいと思っていたのだが、やはり父には抵抗があったようで、それなりのホテルが組み込まれているプランになってしまった。現地で聞いた話しではあるが、スイスのホテルにいたっては、普通考えたら、このプランには入っていなくてよいくらい、ランクの高いホテルだったらしい。現地の土産屋で宿泊先のホテル名を告げると、店員がすこし驚いた表情をしていたのも、どうやらそのせいだったらしい。

そのツアーに参加しているのは、60代の夫婦が多かった。父と息子のコンビというのも稀なことらしい。
最初の3日間は色々聞かれる。
「お仕事はそんなに休めるんですか?」
「いえ、辞めました・・・」
何回そんな会話を繰り返したことだろう。

思えば、父と二人で2週間も過ごすなんてことは、それまでにもなかったことだ。部屋に帰るといろいろ話しもした。ある夜、父は寝付けなかったようで、僕にいろいろ聞いてきた。東京に残ったこと、これから何をしたいのか、・・・。ヨーロッパに来る前に、仕事のことや、東京のことなんかゆっくり話しもしてなった。いろいろ話しをしていると、父の口からはアドバイスが出てきた。最後には「後悔しないようにやるのが一番だ」という言葉だった。そのあと、父は眠ってしまったが、僕は頭の中を整理していた。そして、その時の会話が父と息子としてのものではなく、人生の先輩と後輩としてのものだったように感じた。こんな風に感じたのはそれまでになかったことだった。

それから2年。こうして父が東京にやってくるとなると、その時のことを思い出す。僕にとっては、この2週間の旅が再出発の起点となっている。意図されてはいないものの、僕が僕自身を少しでも取り戻す機会を与えてくれた父には、感謝している。



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