『新生活』

新生活が始まった。東京に来てから4年半、同じ部屋に住み続けてきた訳だが、そろそろ抜け出さないといけないと感じていたことは、前にも話しをしたと思う。あとはタイミングの問題だけを残していたのだが、こんな急に実行に移すことになろうとは思ってもみなかった。

結果として、様々な理由があってこの時期になってしまった訳だが、ここまでに至る経緯を考えると、結構衝動的な決断だったと言えると思う。事実、引っ越しが決定してから、後悔に似た気持ちを感じたことがあった。しかし、最終的には時が全て解決をしてくれたようで、今となってはすっかり落ち着いてしまっている。改めて、自分の単純さに気付いたような気がする。

部屋の荷物が全て運び出された後、一人、部屋を眺めていた。その風景は、最初にあの部屋にやってきた時と同じだった。というのも、前の会社からあの部屋を与えられてからの2週間は、ほとんど物が無かったのである。

入社した年の4月20日頃に福島県での研修を終えた後、地元に一旦戻って、配属先へ新居の荷物を送るように指示された。しかし、それは布団と着替えだけを営業所宛に送るという制限付きのもので、本格的な引っ越しはゴールデンウィークの連休を使ってやれ、というものだったのだ。だから、最初あの部屋にあった荷物は、着替えの入ったカバン、スーツ2着、フトン一式だけだった。しかしラッキーなことに、大家に挨拶に行った時、荷物の少ないことを尋ねられ、事情を話ししたところ、使わなくなったラジカセを貸してもらえた。とはいえ、もっている音源は、ウォークマンに入っていたテープ一本だけ。ひたすらそのテープを聴くか、普段滅多に聴かないラジオ番組をBGM代わりにかけて毎日の退屈をしのいでいた。聴きたいものが聴けず、普段あるものが無い。全く、よくあんな環境で2週間も過ごせたと思う。

案外、その頃のことを思い出した以外、特別な感情は蘇ってこなかった。もっと感傷的になってしまうのではないかと予想していたのだが、新しい環境に対する期待のほうが大きかったからなのであろうか。今でも不思議な気がする。

本当にあの部屋ではいろんなことがあった。楽しいこと、悲しいこと、泣いたこと、笑ったこと・・・。この4年半の僕の全てがあったと思う。そして去年の秋、もがきながらもどん底の状況から這い上がってきた場所。大げさに言えば、僕が生まれ変わった場所だ。眠れない夜を過ごし、頼りにしていいものもわかず、人が信じられなくなり、一体自分が何処へ行ってしまうのかわからない状況からの生還。最近になって、あの頃書いていたことを読み返すと、そんな不安定な自分がよく見えてくる。そんな思い出のある場所であるにも関わらず、全く感傷的な気持ちにならなかったのだ。そう考えると、もう過去を全て整理できていたのかもしれない。

ただ最後には、「4年半ありがとう」と感謝していた。実家とは違って、もうこの場所に戻ってくることはない、いや、戻れない。そんな状況の中での素直な気持ちだったのであろう。でも、それだけでいいのだと思っている。整理できているのであれば、あえてその鍵を開ける必要もない。今の自分の土台として存在し続けてくれれば、それだけでいいのだと思う。

これからの新しい生活。中には、4年半で築き上げてきたものとの別れもあった。でも、ここでもう一度、ゼロに近い状態から歩き出してみたいと思う。そして、この新しい環境の中で、白紙に近い状況から、またいろんなものが生まれていくのだろう。それが、今の僕が持っているものと、うまく解け合ってくれれば最高だと思っている。



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