『素敵な瞬間』

もう随分と昔の話しのように思える。たった2カ月ほど前に、間違いなく2000年を迎えた。西暦を記入する時、頭にすっと“2”の文字が書けるようになっている自分に気付いた時、何となく不思議な感じがした。僕の人生の99.642...%の間、西暦は“1”から書き始めていたはずなのに、それがもう遠く昔のことのように感じるなんて、言葉で表現される時間というものも、何ともいい加減なものだ。

2000年1月1日を迎える瞬間、僕は琵琶湖で開催されたカウントダウンイベントの場にいた。それは予定されていたことではなく、数日前に友人に誘われて、急遽行くことになったのである。誘われるまでは、Y2K問題が起きるか否かの瞬間くらい、家族と運命を共にするつもりでいた。

カウントダウンイベントに参加したのは初めてだった。例年、僕にとっては、コタツに足を突っ込んで、みかんでも頬ばりつつテレビをみているのが当たり前であり、その画面で1月1日0時0分の瞬間を確認することが年越しの儀礼であった。それが、その瞬間を琵琶湖畔で迎えようというのだから、たいそう派手な年越しとなったものである。

普段はさっさと終電車を迎える路線も、この日ばかりはいつもの何倍も活躍していた。そういえば、この路線がリニューアルされてから、滋賀県側に向かって乗車するのは初めてだ。昔はこの路線に乗って、父と琵琶湖まで釣りに出かけたものだったが、その最後の機会から、月日は随分と流れてしまっている。そして今や、僕はこの街から随分と遠い東京の街で暮らしているのである。

会場にはすでに大勢の人が集まっていた。人ごみが苦手とはいえ、来てしまったからにはどうすることもできない。しかし、Y2Kだなんだと騒がれている割りには、みんな平然としているもんだ。みんな、「私には関係ない」と思っているのか、「どうしようもない」と割り切っているのか、「起きる訳がない」と相手にしてないのか。あの会場に居た人たちは、どんなことを考えていたのだろうか。

カウントダウンが近づく。会場では、その瞬間に向けてのイベントを繰り広げられる。あっさりと予想できたPrinceの「1999」、T.REXの「20th century boy」をバックに従えてのレーザー光線ショウ。どこかチープ。とても1000年の時をまたぐという壮大さはどこにも感じられないのだが、なぜかどことなく琵琶湖らしいとも思え、不思議な懐かしさを覚えた。

いよいよカウントダウン数分前になり、会場の司会進行をしていた女性DJが、カウントダウンのかけ声についての説明を始める。そしてカウントダウンへと向かう流れの中、来場者にメッセージを送った。その全ては覚えていないのだが、きっとこんな感じのメッセージだったと思う。

「1000年の時を越える瞬間を迎えられるなんて、こんなに素晴らしいことはないでしょう。この後、また1000年経たないと、同じ瞬間はやってこないんですから。そんな素敵な瞬間を、あなたはどんな人と迎えるんですか? きっとそれはあなたにとって、とても大切な人なんでしょう。」

僕はハッとして、思わず隣にいた友人を見た。
「そんな瞬間を一緒に迎えているこの人の存在って、一体何なんだろう。」

10年近く付き合いのある友人であることは、紛れもない事実だ。でも、去年でも来年でも10年後でも、そして生きているうちに二度と迎えることのできないこの瞬間を、僕はこの人と共にしているのだ。親でも兄弟でもなく、この友人と二人で。

そんなことを考えてながら見ていた、2000年の到来を祝う花火が終わった。この数十分の出来事は、僕にとってとてつもなく長い時間に感じられた。ひょっとしたら、僕が数十分と思っているだけで、それはわずか数分のことだったのかもしれない。しかし、スローモーションのように時間が流れていく感覚はなく、時計が確実に時間を送っていくのをわかっている中で感じる、不思議な長さをだった。

「こんな素敵な瞬間に、僕と一緒にいてくれてありがとう。」
不思議な時間の後、口にはできなかったが、僕はそういう気持ちで一杯になった。

それまであれこれと考えていたことは、花火の終焉によって、どこかに追いやられてしまった。きっと、それでよかったのだ。せっかくの瞬間をあれこれと考えたまま終わらせてしまうのは、あまりにももったいない。その時感じられた感動を、ありのまま受け止めればいいのだ。

帰りの電車を先に降りて、家へと向かって歩き始めたところで、東京の友人に電話をかけてみた。とっくに0時は過ぎていたが、この特別な日に、どんなことでもいいから何か話しておきたいと思った。その友人も、友達同士で飲みながら年越しを迎えていた。この人たちは、一体どんな瞬間を迎えていたのだろうか。



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