芥川龍之介『藪の中』論
〈読み〉の多様化とそのルーツ
1:〈読み〉の多様化
大正十一年(一九二二年)一月の「新潮」に発表された芥川の短篇『藪の中』は、おそらく、彼の作品の中で最も多様な〈読み〉が提出されてきた作品です。
とりわけ、藪の中で起こった殺人事件についての犯人探しについては「百家争鳴」とも言える様相を呈しており、多襄丸犯人説(福田恒存氏など)、真砂犯人説(大里恭三郎氏など)、武弘犯人説(大岡昇平氏など)それぞれに優れた推理が発表されてきているだけでなく、それに従って作品の〈読み〉も多様性を増してきています。
また、最近ではインターネット上にも『藪の中』関連のサイトが設けられ、犯人探しに留まらず、そこから作品の新たな一面を照らし出すような、斬新な視点からの〈読み〉も発表されてきています。
これらのことから、まず、『藪の中』は読むものに独自の〈読み〉を求めさせずにはおかない、不思議な魅力を持った作品である、とまとめることができると思います。
では、その魅力は一体どこから生まれてくるのでしょう。
『藪の中』は、一般的な小説とはかなり異なった構造を持っています。小説の形式としては、まず事件があり、それについて解決が示される、という推理小説のオーソドックスな形式を持っているわけですが、問題となるのは、その解決編が三種類存在していることです。この三種類の解決編は、それぞれに整合性と矛盾点を孕みながらも、説得力を持ったものとして読者に提示されます。そのため、読者は解決編を提示されながらも真犯人を指摘できない、という状況に陥ることになってしまいます。
現代のミステリ作家、東野圭吾は『どちらかが彼女を殺した』や『私が彼を殺した』といった作品で、解決編の提示されないミステリを発表しましたが、発表直後、出版元である講談社には、作品の真相を訊ねる電話がひっきりなしにかかってきたそうです。謎が解決されないまま残るミステリというのは、いうまでもなく読者を落ち着かない気分にさせるものであり、隠された真の真相を探させずにはおきません。
これは、『藪の中』についても同じことが指摘できると思います。読者は、カタルシスを求めて真の真相を探し続けます。その過程で、『藪の中』の〈読み〉が多様化してきたのです。『藪の中』が色あせずに現在まで読み嗣がれてきた原因の一端がここにあります。
ところで、犯人探しによって〈読み〉の多様化が進められてきた『藪の中』ですが、肝心の犯人については、発表から八〇年近く経った現在でも決着を見ていません。そればかりか、<「「藪の中」には〈原画〉としての〈真相〉が存在していない」。なぜなら、「三人のモノローグは、存在しない原画、換言すれば客観化されてない事実についてのまったく恣意的な意見の羅列にすぎない」からである。「したがって、「藪の中」の真相究明とか称して行われる作業、すなわち三人のモノローグの一致点を集めたり、矛盾する部分を削除したりして、三人が現実にくり広げたであろう事実を確定しようとしたりするのは、もとより徒労なのである。」>(芥川龍之介論攷 昭和六三年二月)とする〈読み〉まで発表されています。
海老井英次氏のこの〈読み〉の中で、三人の証言が「客観化されていない事実についてのまったくの恣意的な羅列」という指摘については、私は賛意を示します。なぜなら、『藪の中』はト書きと各章の始めにつけられた章のタイトル以外はすべて登場人物の口から発せられたセリフであって、客観的な事実と呼べるものは一つとして描かれておらず、そのことが最終的には真の真相を隠蔽してしまっているのは事実だからです。(このことから逆に、ト書きや章のタイトルの重要性を指摘することができます)
しかし、「「藪の中」には〈原画〉としての〈真相〉が存在していない」とする指摘には、私は違和感を覚えます。〈真相〉がないと感じられる推理小説が、八〇年近くも犯人探しをされ続ける、ということはありえるでしょうか。私には少し無理があるように思えます。やはり、そこに〈原画〉が隠されていると感じられるからこそ、長期間に渡って犯人探しが続けられていると見るのが自然でしょう。少なくとも、その作業が「もとより徒労である」とする判断は、「藪の中」の犯人探しを巡って繰り広げられてきた(また、この先繰り広げられていく)一連の〈読み〉のなかでの達成を軽視することにも繋がりかねません。
『藪の中』が犯人を指摘されることなく、また逆に、読者に飽きられることなく読まれ続けているというのは、芥川が作品に仕掛けた、絶妙なバランスに調整された罠によるものであるように思えます。その罠のおかげで、『藪の中』からは、これから先も新たな〈読み〉が引き出され続けていくことになるのでしょう。
『藪の中』は、いわば永遠に「過去のもの」にならない作品なのです。
2:『藪の中』のルーツ
芥川は『藪の中』において、意図的に作品の完結性を放棄することによって〈読み〉の多様性を引き出す、という方針を採りました。具体的には、主観的な言説のみによって作品を構成することで、真の真相を隠蔽したわけですが、これと同じ方法で、〈読み〉の多様性を引き出すことに成功した作品が他にもあります。『藪の中』が発表から遡ること四年、大正七年(一九一八年)に発表された『地獄変』です。
『地獄変』の中心的なプロットとして描かれるのは、大殿と絵師良秀との争いですが、それを語るのは、大殿の側についている一人の語り手です。芥川自身が「日向」と「影」という言葉を用いて説明しているように、語り手が語る物語は、事実をある一方から恣意的に語ったものでしかありません。それはいつも大殿の側に寄り添った形で提示され、真の良秀像は、「影」の部分、つまり語りの裏側の部分にしか表れてきません。良秀に関する客観的な描写がないため、読者はそれを想像で補うしかないのです。
そのため、良秀についてはこれまでにも様々な〈読み〉が展開されてきています。中でも、彼の死の真相については、作品の主題と関わることもあり、活発な議論が繰り返されてきました。代表的なものを挙げておくと、そこに良秀の人間性(道徳性)を見るものや、芸術家としての積極的な自決(最高傑作を仕上げたあとの、残余の人生との決別)と見るものなどがあります。
おそらく芥川は、『地獄変』がその結末の解釈において、正反対の〈読み〉が引き出されることを見越していたし、それが彼が作品に仕掛けた罠であったように思います。同じ作品において、ある読者には道徳性を重視する〈読み〉を展開させ、ある読者には芸術性を重視する〈読み〉を展開させることに成功しています。このことから、『地獄変』は、道徳と芸術という、少なくとも芥川の中では二律背反の関係にあった二つの要素を無矛盾に統合することができた、希有な作品であるということができるでしょう。
そして、この作品の形式を突き詰めていけば、読者がそれぞれの真相を描けるような作品ができあがってくることは、芥川には容易に想像できたはずです。その延長線上に、『藪の中』が浮かび上がったとしても、それほど不思議ではありません。
また、『地獄変』の発表と同じ時期に、芥川は『羅生門』の改稿を行っていますが、末尾の文の「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあった」から「下人の行方はたれも知らない」への書き換えは、下人の行く先を読者にゆだねる方向へと向けられています。
『地獄変』が発表され、『羅生門』が改稿された一九一八年。私自身はまだ研究の端緒についたばかりで、これ以上詳しい指摘をすることはできませんが、この年は、『藪の中』の成立を考えていく上で、一つのポイントになるように思えます。
[参考文献・ホームページリスト]
『地獄変・偸盗』 芥川龍之介 新潮文庫
『芥川龍之介必携』 三好行雄編 学燈社
「芥川龍之介を読み直そう」(http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/akutagawa.htm)
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