【観劇記】
大ヒット映画すら観ていない俺は上っ面の史実を知るのみで、2007年になってようやくタイタニックにまつわる物語に出会った。しかしタイタニックと向き合っただけで、舞台から物語は思ったほど伝わって来なかった。
舞台版『タイタニック』は乗客乗員の階級や背景から、それぞれのドラマを見せる群像劇である。映画版とは違うようだ。しかしその群像劇がどうも散漫。二等通信士(鈴木綜馬)、ボイラー係(岡幸二郎)、三等客室の女性客(紫吹淳)にはかろうじて感情移入も出来るのだが、他の人物は微妙。そして何よりも、全編通して見た時に感じられるメッセージが希薄。例え群像劇であっても、個々の物語がしっかりしていても、作品全体から感じる何かが欲しい。
予想外だったのは、俺はもっとパニック劇なんだと思っていた。しかし実際には船が沈むとわかってからも大した緊迫感がない。どの登場人物も腹をくくるのが早いというか、悟りの境地で死を受け入れてるかのよう。ミュージカル・ファンの俺が言ってはいけないが、「今は歌ってる場合じゃないだろっ!」みたいな(笑)。結局舞台に入り込む前に、幕が下りてしまった。もう少し他に見せ方があったんじゃないか?という思いは拭えない。
モーリー・イェストンの音楽は、俺には合わなかった。優美な旋律で美しくこの作品に合っているのかもしれないが、俺の心を掴む曲は一曲もなかった。強いて挙げれば、出航の華やかなシーンで歌われていた大ナンバーくらいか。また、舞台装置は期待していたが、変化に乏しく印象に薄い。船が傾いていくシーンは、舳先に見立てた舞台奥が少しずつ上がっていき、床を傾けることで表現していた。面白い見せ方ではあるが、とりたてて創意工夫を感じるものでもない。
こうして書き出すとろくなミュージカルじゃないといった感じであるが、唯一にして最大の魅力があるとすれば、キャスティングであろう。際立った主演クラスの俳優はいないが、実力(特に歌唱力)も知名度もある華やかな役者を多数揃えたところは、このミュージカルの魅力を大いに高めている。ベテラン、中堅、若手のバランスもよい。また出来栄えはさておき、森口博子や松岡充など舞台ではあまり馴染みのない顔ぶれを入れているのも新鮮。
キャストでの特筆はベテラン勢で、宝田明、浜畑賢吉、藤木孝、光枝明彦、諏訪マリーと豪華な顔ぶれ。特に船長役の宝田明が舞台全体を締めていて、さすが。また初見だったが、中堅では紫吹淳の骨太の芝居と存在感が印象的だった。
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