スウィーニー・トッド

原作:クリストファー・ボンド
脚本:ヒュー・ホィーラー
作詞・作曲:スティーヴン・ソンドハイム
演出・振付:宮本亜門

ルビ吉観劇記録=2007年(東京)
【観劇記】
 タイトルだけは何度も目にするほど、ミュージカルでは有名な作品のひとつ。作詞・作曲のスティーヴン・ソンドハイムはヒット作の多い、アメリカを代表する巨匠のひとりであり、そしてこの作品は彼の代表作のひとつである。しかし俺はこのミュージカルを一度も見たいと思ったことがなかった。そもそもソンドハイムの音楽があまり好みではないという理由もあるのだが、『スウィーニー・トッド』は物語がおぞまし過ぎる。人を殺して、その死体の肉を使ったパイを売るなど、例えミュージカルでも生理的に受け付け難いプロットだ。ついでに言えば、宮本亜門の演出も余り好みではない。それでも今回観劇する気になったのは、大竹しのぶ市村正親がキャスティングされたから。大竹しのぶの女優としての個性は、俺にとってかなり魅力的。そこに芝居の上手い市村正親が絡むのだから、作品は何であれ見たくなる。見なければ、後悔しそうな気がしたのである。

 物語は、無実の罪を負わされ、愛する妻を悪徳判事に奪い取られた主人公、スウィーニー・トッド(市村正親)の復讐劇。刑期を終えたスウィーニーは、自分に好意を寄せるラヴェット夫人(大竹しのぶ)から、妻や娘の顛末を聞く。妻は気が狂った末に自殺。娘は悪徳判事に囲われて暮らしているという。それを聞き、一層の復讐心を燃やすスウィーニーは理髪店を装い、自分の素性を知っている男、復讐すべき男の喉を次々とカミソリで掻っ切っていく。死体はラヴェット夫人の営むパイ屋で処理。ロンドン一不味いと言われていたラヴェット夫人のパイは人肉を使ったことで、あろうことか美味いと大評判となる。しかし事はいつまでもうまく運ばない。ラヴェットのスウィーニーへの気持ちは一向に成就せず、またスウィーニーはラヴェットが隠し続けている、彼の妻に関する真実に気づかない。そしてパイ屋の周りでは変な臭いがするという噂が立ち始め、物語は戦慄のラストを迎えるのである。本当におぞましいストーリーだが、見始めると結末が気になって、固唾を呑んで舞台に見入ってしまった。物語にインパクトがあり過ぎるので、音楽など何も頭に残っていない。もっともこれはソンドハイムの音楽が難しいということも、原因のひとつなんだろうが。
 舞台でひときわ光っていたのは、やはり市村&大竹の主演ふたり。それぞれスウィーニーとラヴェットの狂気の沙汰を違和感なく、そして迫力を持って演じ、観客の目を釘付けにしたと思う。もちろん主演以外のキャストもよかった。頭の弱い青年トバイアスを演じた武田真治の芝居は真に迫るものがあったし、歌の上手さが際立ったソニン(スウィーニーの娘役)も印象的。また不気味な乞食女を演じたキムラ緑子はクセのある役どころを遺憾なく演じた。劇中唯一のさわやかな役・アンソニーを演じた城田優は、ルックスによるところも大きいと思うが、彼も芝居に貢献していた。

 このミュージカルについて詳しくないので偉そうなことも書けないが、喉を掻っ切るシーンなど、残酷な場面をストレートに表現した宮本亜門の演出は効果的。見終わった後に重い気分になりながらも充足感が得られたのは、おぞましい部分を中途半端に和らげなかった演出の賜物かもしれない。俺の好みとしては普段は何かが違うと感じる宮本演出だが、今回ばかりは納得。その他、松井るみの舞台美術は今回も素晴らしかった。工場をイメージしたようなセットは暗くて重苦しく、物語の悲惨さを増幅して見せた。

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