ミュージカル李香蘭

原作:『李香蘭〜私の半生』 山口淑子・藤原作弥著
企画・構成・演出:浅利慶太
作曲:三木たかし
衣装:森英恵

ルビ吉観劇記録=1991年(東京)、1992年、1996年、
1997年、2000年(大阪)、2005年(京都)
【このミュージカルについて】
 山口淑子さんの初めての自伝をもとに、ミュージカルとして作り上げられた作品。元・参議院議員の大鷹淑子さんでもある山口さんは、昭和13年から終戦までを、“李香蘭”という名前で満州映画協会の女優として生きてこられた。このミュージカルでは国策に担ぎ出された山口さんの数奇な運命と共に、今なお根強く残る中国の反日感情がいかにして生まれたのかを我々に教えてくれる。
 初演(1991年・東京青山劇場)以来700回以上の上演を繰り返している、断続的ロングラン作品。主役・李香蘭はほぼ全公演を野村玲子が務めている。
【物語】
 終戦直後の上海軍事裁判所。日本の国策映画に数多く出演した李香蘭が死刑を求刑されている。中国人でありながら、祖国を裏切り日本と手を結んだ反逆者だというのだ。しかし彼女は主張する。「今まで隠していましたが、私は日本人・山口淑子です」。誰も信じないなか、彼女は“李香蘭”という二つ目の名前を持ったいきさつと、そこから狂い始めた自分の運命を語り始める…。
【観劇記】
 終戦60年となった今年(2005年)は、テレビでもいくつかのスペシャル・ドラマが放送された。それらは戦争の史実のみならず、人間はどうあるべきかをも教えてくれた。俺が特に感銘を受けたのは『二十四の瞳』の大石先生。出征する生徒たちに「名誉の戦死などしてはいけない」と教え、戦死した夫の遺骨が帰ってきた港で、「国のために死んで喜ぶなどあるものか。泣きなさい」と息子に教える姿は涙を誘った。そして『ミュージカル李香蘭』。この作品では、愛する許婚を日本軍に虐殺されながらも山口淑子を救おうとした愛蓮の姿や、判決を言い渡す裁判長の言葉が強烈な印象を残す。そこにも人のあるべき姿を見出せるからであろう。怨みを報復行為で晴らすのではなく、徳を以って報いる…“以徳報怨”という老子や孔子が説いた中国の思想なんだそうだが、『ミュージカル李香蘭』を見てあらためて“人の道”を深く考えさせられた。

 さて『ミュージカル李香蘭』の舞台作品としての出来栄えである。昭和史のお勉強的な構成だとか、李香蘭が犯した罪が具体的には表現されないといった疑問は相変わらず残るものの、時代に翻弄された人々の人間ドラマとしては秀逸だと思う。主演の野村玲子は年々歌えなくなっていることに痛々しさを感じるが、劇団随一ともいえる華やかな存在感は昭和初期の銀幕の女優という役どころにはぴったり。狂言回しをも担う川島芳子役の濱田めぐみは『ミュージカル・アイーダ』のアイーダ役で絶賛された女優。声の力強さと端正ないでたちが女スパイとして暗躍した川島芳子を違和感なく表現していた。李香蘭にとって幼い頃から姉のような存在である中国人の愛蓮役は五東由衣。暖かい歌声は「松花江上」をはじめ数々の楽曲でその魅力をいかんなく発揮していた。このミュージカルは三人の女優がメインであり、男優の影は比較的薄い。それゆえ俺にとって『ミュージカル李香蘭』は、男性キャストの良し悪しに関わらずあまり印象に残らなかった演目なのだが、今回は王玉林役の芹沢秀明のカツゼツの悪さに苛立ちを覚えた。また男性アンサンブルにイケメンが何人かいて、それも印象的であった。もっさりとした男ばかり出ていた初演当時とは雲泥の差。しかし戦時中という時代背景を考えると、初演時のアンサンブルの方がしっくりおさまっていたのかもしれない。

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