キス・ミー、ケイト

演出=吉川徹
作曲・作詞=コール・ポーター
原作=シェイクスピア
ルビ吉観劇記録=2002年(東京、名古屋)
■名古屋公演記はこちらから→☆☆☆
【このミュージカルについて】
 初演は1948年の年末。トニー賞にミュージカル部門が新設されて、初めての最優秀作品賞に輝いた作品。原作はシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』と言われているが、本作品はかなりの脚色が施されている。『じゃじゃ馬ならし』をそのままミュージカル化するのではなく、『じゃじゃ馬ならし』を演じる、元夫婦の女優と男優の物語であり、なおかつその元夫婦も『じゃじゃ馬ならし』さながらの関係に設定してあるところに個性が光る作品と言える。
 日本初演は1966年。江利チエミ、宝田明、岡田眞澄、山吹まゆみらによって上演された。その後は倍賞千恵子、立川三貴、岡崎友紀、井上純一らによるシアターアプル版、大浦みずきのトップお披露目として上演された宝塚版などがある。
 
【物語と感想】
 ボルティモアのフォード劇場では、まもなく『じゃじゃ馬ならし』の初日の幕が上がろうとしている。主役のキャタリーナを演じる女優リリと、キャタリーナの夫ペトルーチオを演じる男優フレッドは離婚したばかりの元夫婦。気が強く口の減らないリリと、それに応戦するも押されがちのフレッドは今日も何やら言い合いをしている。しかし開演直前、リリの楽屋にフレッドから花束が届けられる。花はフレッドがリリにプロポーズした時と同じもの。予想外の贈り物にリリは大喜びだ。しかし実はその花束はフレッドが若手女優ロイスに贈ったもの。それが手違いでリリの楽屋に届けられたのであった。リリは何も知らずご機嫌そのもので舞台に立ち、いよいよ『じゃじゃ馬ならし』の幕は上がった。しかし!!舞台の途中で花束の真相を知ってしまったから、さぁ大変!リリは怒り心頭で舞台で暴れ出し、それはもうキャタリーナ以上のじゃじゃ馬と化してしまい…。

***********************************

 実にミュージカルらしい楽しい作品に仕上がってました。俺個人の評価としては、総体的には合格。よく出来た本、そして魅力的な音楽、魅力冴えわたる主演女優。シンプルながら美術も素晴らしい。まぁ、それだけで作品としての完成度はそこそこあります。しかし肝心な歌に問題アリ。コール・ポーターの音楽がイチバンの魅力とされる作品なのに、歌が全般的にいただけない。さすがに歌の下手な役者が板の上に上がっていることはないものの、歌いこなせていないと思います。特にコーラス部分は最悪。「初日はヴェニスで」という主演クラス4名で歌う四重唱などは金を取ること自体いかがなものか?というレベルでした。それなりには歌える4名によって演じられているのにこのザマは、思うに“練習不足”。いかにも「稽古時間が足りませんでした」「4人揃うスケジュールが取れませんでした」といわんばかり。東宝ミュージカルでも『エリザベート』や『レ・ミゼラブル』などの大作はスクールまで設定して稽古を徹底しているのに、1ヶ月スパンの公演はどうも稽古を怠っているように思えてなりません。そう言う意味ではこの『キス・ミー、ケイト』、公演二ヶ月目に入る名古屋・中日劇場でどうなっているか見ものです。
【ルビ吉の好きなシーン、好きなナンバー】
■♪初日はヴェニスで(We Open in Venice)
リリ、フレッド、ロイス、ビルの4人が劇中劇『じゃじゃ馬ならし』のオープニングで歌うナンバー。リリは花束の真相を知る前にも係わらず、ロイスと小ぜり合いをするシーンが一瞬だけあります。まもなくやって来る嵐の前兆が、きっちりと描かれています。ただ上記の通り、歌は最悪。名曲なんですけどね…。
■♪トムでもディックでもハリーでも(Tom.Dick or Harry)
劇中劇ではロイス演じるビアンカは、キャタリーナの妹。美人で性格もよく、求婚者が後を絶たない。しかしじゃじゃ馬の姉が片付かないことには、誰とも結婚をさせてもらえないという父の命が…。「初日はヴェニスで」もそうだが、劇中劇で歌われる曲はなんとも言えず中世ヨーロッパを彷彿とさせるメロディー・ライン。そしてバックステージで歌われる曲はアメリカ的。この使い分けがコール・ポーターの技?
■♪あたしの愛し方(Always True to You in My Fashion)
『キス・ミー、ケイト』の曲の中ではダントツで好きな曲。ジャズナンバーとしてしか聞いたことのなかったこの曲が、舞台の中でどんな風に歌われるのかが、今回最大の興味でした。しかしロイス役の伊織直加によって、いともあっさり歌われてしまい色気も何もありゃしない…。かなりガッカリです。でも音楽はこの曲がやっぱりいちばん好きです。

【ルビ吉の俳優雑感】
一路真輝(リリ/キャタリーナ)…宝塚時代を知らない俺としては、こんなにはじけた一路真輝を見たのは初めて。劇中劇でのじゃじゃ馬ぶりも、楽屋などのバックステージでのじゃじゃ馬ぶりも演技力の幅を見せました。それ以上やったら下品になる、というギリギリのラインで演じていたのも見事と言えるでしょう。もともと華やかな女優ですが、今回はそれも特筆すべきものがありました。帝劇という大きな劇場をエンターテイメント感で溢れさせたのは、ひとえに一路真輝ただひとりの功績でしょう。
今井清隆(フレッド/ペトルーチオ)…声の素晴らしさは健在。じゃじゃ馬を中々ならせないツメの甘さもよく演じていたように思えます。でも別に今井清隆でなくても演じられるようにも思い、特別な個性は感じられませんでした。
赤坂晃(ビル/ルーセンショー)…今回の観劇でいちばんの掘り出し物が、この俳優。光GENJIのなれの果てもどきに何が出来るの?と、観劇前にはもっとも代えてほしい俳優でしたが、それはとんでもなかったですね。長い足は舞台映えし、芝居もきっちりと押さえ、ダンスも申し分なし。そして俺がもっとも拍手を送りたいのが、彼の声。美声であることはもちろんのこと、声に艶がある。これに歌唱力がつけば、本当に魅力的なミュージカル俳優になりえるでしょう。
伊織直加(ロイス/ビアンカ)
…宝塚の現役女優らしいです。しかも男役。なんでそんな女がこの役を…??俺の疑問は未だに解けません。このミュージカルは、意外にもロイス役の歌は多いのです。もっと女の色気を感じさせる歌を歌える女優をキャスティングして欲しかったですね。ただ女優に開眼してブラッシュアップすれば、そこそこ化ける可能性アリかも…と思わせる風格はありました。なんとなくそう思っただけですけど(笑)。