【観劇記】
もともとはそれほど好きなミュージカルではなかった。しかし秋に見る一発目の舞台としては「こういうオトナな味わいの作品がいいなぁー」と思い、王子と共に赤坂act劇場へ。結果としては予想外の満足度。観劇後に二人で美味しいタイ料理に舌鼓を打って、より楽しい一夜となった。まぁ、タイ料理は『シカゴ』と何の関係もないが。
『シカゴ』日本人キャスト公演は、開幕前から「ロキシー役の米倉涼子は歌えるのか?!踊れるのか?!」といった懐疑的な意見が、ミュージカル・ファンの間で持ちきりだった。俺の見る限り、米倉涼子はミュージカル・ファンを満足させるほど歌えていないし、歌よりはマシだが踊れてもいない。しかし最初から米倉涼子が歌えるとも踊れるとも思っていなかった俺は、意外に歌えるし踊れてるじゃないか!という印象。ところで米倉に歌も踊りも期待せずに、何を期待していたかというと、それは彼女の悪女としての存在感。ミュージカルは、時として歌やダンスにも増して、役者の華だとか存在感が必要な場合がある。『シカゴ』は正にそれで、ロキシー役とヴェルマ役は圧倒的な存在感がいる。もちろんスタイルの良さも必要。それをなくしてこのショーは成立しないだろう。そういう意味で、俺は米倉涼子のキャスティングは上手かったなぁと思うし、実際観劇しても満足度が高い。もう一人の主役・ヴェルマを演じたのは、和央ようか。俺は名前しか知らない女優だったのだが、彼女もとてもいい。さすがに宝塚のトップスター出身だけあって、舞台での身のこなしが華やか。主演女優に失礼だが、正統派美人とは言えない個性的な顔立ちも、『シカゴ』の舞台上では吉と出た。ちなみに和央ようかの歌のレベルは米倉より良いが、めちゃくちゃ上手いわけではない。ダンスは見事である。
主演ふたり以外のキャストも魅力的な役者が揃った。やり手の弁護士ビリーを演じたのは河村隆一。映画ではリチャード・ギアが演じていたのでどこか渋いオヤジのイメージがあり、河村隆一ってどうなの?と思っていたが、これがなかなか。これも失礼な言い方だが、河村隆一の胡散臭さ全開って感じで、雰囲気がこの役をフォローしていた。もともと歌の上手い人だが、カツゼツの良さはミュージカルで使える人だなぁと思った。看守のママ役は田中利花。久しぶりにこの人のソロを聞いたが、さすがに上手い。存在感も圧倒的。ロキシーの旦那で気の弱いエイモスは、金澤博が務めた。「存在感がない男」という役どころを演じる難しい役だと思うが、見事。彼は声楽のプロなので歌の上手さは語るまでもない。ところでエイモスには「ミスター・セロファン」というソロ・ナンバーがあるのだが、金澤は歌が上手いだけではなく、コミカルにエイモスのせつなさを歌い上げて客席は万雷の拍手。俺の見た公演回では、この曲での拍手がいちばん大きかった気がする。
「もともとはそれほど好きなミュージカルではなかった」と冒頭に書いたが、これは俺の映画を見ての印象である。作品が本来持っているヴォードビルのような楽しさや、よく練られたストーリー、音楽の素晴らしさを、俺は映画ではそれほど感じ取れなかった。しかし今回見た舞台では、一気にそれらを感じ取ることができた。『シカゴ』は余計なものを取り去って、シンプルでスタイリッシュに見せた方が魅力が際立つ気がする。洗練されたオトナのためのミュージカルはそれほど多くはない。『シカゴ』はそういう意味でも貴重な作品だ。
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