●牡、鹿毛、昭和49年〜平成9年
マルゼンスキーの現役時代は、母親の体内に入って輸入された、いわゆる持ち込み馬にクラシックの出走権がなかった。(それ以前にはあったが、内国産馬の保護ということで剥奪された:OTEF注)そんな同馬の気持ちを「枠順は大外でいい。他の馬の邪魔はいっさいしない。賞金も要らない。この馬の能力を確かめるだけでいい。だからダービーに出走させてほしい。」と中野渡騎手が申し出たのはあまりにも有名な話だ。
出走したほとんどのレースが一方的な勝利。加えて世界に通用する血統と重戦車のような馬体。強すぎるがためにライバル達からも敬遠された(実際、新馬戦などはレースが成立する数に満たなかったので、身内から何頭か出走させ、成立させた。:OTEF注)
だが、そんな辛い思いも、11年後、府中のターフで息子のサクラチヨノオーによって、見事に晴らされるのである。
血統 父:Nijinsky
母:シル
生産地・生産者 北海道 橋本 善吉(橋本 聖子さんの父君)
馬主 橋本 善吉 氏
調教師 本郷 重彦 師
騎手 中野渡 清一 騎手
厩務員 石川 漁一 厩務員
競走成績 8戦8勝
主な勝ち鞍 朝日杯3歳S
総獲得賞金 76,601,000円
繋養地 北海道 トヨサトスタリオンセンター
主な産駒 ホリスキー(菊花賞)、ニシノスキー(朝日杯3歳S)、スズカコバン(宝塚記念)、サクラチヨノオー(朝日杯3歳S、日本ダービー)、レオダーバン(菊花賞)
選考年度 平成2年