●香港JC特集・・・福永佑一騎手の挑戦・・・
インタビューは4月18日の朝行われました
福永佑一騎手は1996年にJRAの騎手免許を取得し、この年52勝を上げました。
そしてこの年のJRA賞最優秀新人騎手を受賞したのです。
1976年12月9日生まれの福永騎手の父は名ジョッキー福永洋一騎手です。父は不幸にも落馬事故が原因で引退せざるを得ませんでした。
この時、佑一君は2歳であった。
1997年、騎手生活2年目の彼は最初の重賞レースに優勝することになる。G3京都牝馬特別に優勝。
最初のG1レース優勝は1999年の日本の1000ギニー(※OTEF注:桜花賞の事)。
彼はプリムオーディン(※OTEF注:プリモディーネの事:記事原文では「Prim Ordine」と書いてある)に乗ってこのレースに優勝した。
しかし、この勝利の1週間後、彼は落馬し肝臓、脾臓の摘出手術を受けるという重傷を負った。
12月に復帰した彼はエイシンプレストンに騎乗し、G1朝日杯3歳Sに優勝する。
同馬はこの年の最優秀3歳牡・セン馬となった。
エイシンプレストンはこれまで21戦しているが全て福永騎手が騎乗している。
戦績は8勝、2着3回、3着1回。G3のアーリントンCや2000年の12月には1600mG2のニュージーランドトロフィーにも優勝した。
(※OTEF注:ニュージーランドトロフィーは4月です)
その後約16ヶ月間勝ち星に恵まれなかった同馬だが昨年の6月に米子Sに優勝することができた。
(※OTEF注:約15ヶ月ですね)
その次の勝利は直ぐに訪れた。
7月には初の1800m戦となった(※OTEF注:1800m初挑戦はこの年2月の中山記念)G3北九州記念に優勝。
10月には同じく1800m戦のG2毎日王冠に優勝した。
そして、12月のG1香港マイルに優勝したエイシンプレストンは国際ベストマイラーとして名乗りを上げることになりました。
日曜日に行われるG1クイーンエリザベス2世Cのライバル達にとって喜ばしくないニュースは、(馬はこんなに強いし、調子も良いのに)福永騎手自身、エイシンプレストンはまだまだレースに勝つための最高のレベルに達していないと思っていることだ。
『シャティンの馬場はエイシンプレストンにはぴったり合うようです。香港マイルの時は外から(13番枠)スタートしました。
とてもスムースにレースを進めることが出来ました。あの時はベストの状態では無かったですが、馬自身の潜在能力を証明してくれました。』

福永騎手は日本のやり方と香港のとではあらゆる所が異なっていると言う。そして、彼は国際競馬の経験に飢えている。
『昨年12月の遠征では多くのことを学びました。香港に来ると言うことはとても貴重で新鮮な経験でした。
僕は多くの国々の競馬文化を知りたいのです。その為日本から出てみたいと本当に思っています。』

実は福永騎手は今年たった1つの重賞レースしか勝っていない。それは北橋師の管理する6yo牝馬ビハインドザマスクに騎乗して優勝した1月のG3京都牝馬特別-芝1600m-である。
そして、今回の香港遠征の準備に取りかかったのである。

2002/4/21