本朝肖像事始め

 我が国で「肖像彫刻」というと、奈良唐招提寺にある鑑真像をもって、
その嚆矢とするのが、美術史上の見方として一般化されている。
ただし実際に製作したのは中国人なので、彫像技術としては唐代のものです。
そして、例えば如来像を釈尊の肖像と考えると、またまた範囲が変わってしまいます。
普通にいう「肖像彫刻」とは、「人物像」という事だと思って下さいませ。
もちろん、それらの「人物像」が、御本尊や御尊像となる場合もある。
開山像・祖師像・頂相(ちんぞう)像などが、これにあたるわけだ。

 さて鑑真和上だが、とにかく「天平の甍」などでも有名な御方。
律宗というのは、その名のごとく、戒律を実践する宗派だそうで、
請われ招かれた主な理由は、我が国に戒律というものを御教授して頂く為だった。
万里の波濤を越え、艱難辛苦の末に失明までして、海を渡られた高僧と弟子達。
「時に勅あって、一切経論校正す」(続日本書紀)
視力を失った人が、お経を校正したのだから、当然暗記済み、それ程の御方。
もっとも戒律そのものは日本仏教には根付かなかったけれど(ワカリマスネ)・・

 ある日、弟子の一人が講堂の棟木が折れる夢を見た。
これは和上遷化の夢告に違いない、御存命の内に尊き御姿写すべし!
さっそく肖像制作の準備にかかり、東急ハンズへ走った(これは嘘)。
「示寂・遷化・入滅・・」色々あるが、要はお亡くなりになるという事だ。
しかしながらこの彫像を、昨今の美術作品のようにとらえてよいものかどうか。
というのは弟子達が造り上げようとしたのは「鑑真像」ではなく「鑑真」なのである。

 それまで高僧がこの世に姿形を残す為には、ミイラになるという方法があった。
臨終が近くなってくると、僧は座禅を組み、その状態で示寂する。
これを「坐亡」というそうで、そのままミイラになってしまえば「入定」という事か。
戒律を守り徳を積んだ僧侶であれば、「入定」しても形が崩れないとされている。
古代エジプトや中国にも、王様のミイラがあり、それを専門に作る職人もいた。
しかし、それらはヨミガエリの思想が絡んでいるので、目的が少し違う。
死後の世界を生きる???ために必要な「魂の入れ物」としてだろう。
何であれ、我が国では人体がミイラになるような気候ではなかったので、和上の場合、
弟子達が「生き写し」のような乾漆像を造る事で、「本人」としたのである。

 まず制作者には、共に命懸けで海を渡ってきた師弟のきずなと敬慕の思いがある。
馴れない気候の中で、妙な干物?燻製?が出来上がったらたまらない。
今こそ唐美術の技法と精神を持って「生けるがごとき大和上」を表出させるべし。
そしてその熱心な想いが、写実を極め、結果的に迫真の名作を生んだといえるわけだ。
写真でみるとよくわかるが、目蓋も左右対称でなく、口も少し斜めになっている。
形骸化してしまった彫像の類いでは、こういう表情は出て来ないであろう。

 それでも裏打ちに使われている白い粉は、本人の遺骨ではないかという説もある。
そして、この辺りを追って行くと、はっきりと作品の見え方が変わってくる。
例えば園城寺の円珍像(お骨大師)では、遺骨が体内に納められているそうだし、
酬恩庵の一休像などは、頭部に違髪を植え付けたりしていたらしい。
六祖慧能禅師に至っては、「真身像」といって、本人の遺体に漆を塗り固める事で
尊像とされ、広東省・南華寺に、1300年前からの「肉身」を住まわしている。
この人は大変な高僧で(達磨さんから六番目だから六祖)、広辞苑にも載っている。
景勝の名山として知られる九華山では、四体の肉身像が公開され、金箔が貼られて
いるものもある。そして現代でも即身仏が作られており、過程を映したVTRもある。

 こういうリアリズムとは一体何であろうか。視覚以上に「ナマ」なもの。
つまり剥製とか塩浸けとかホリマリン浸けに、より真実をみようとするような・・
そこで現代の冷凍葬儀を思い浮かべる人もいるであろう。
冷凍葬!公表されているものは、レーニン・毛沢東・ホーチミン・金日成・・。
私にはあまり良い趣味だとは思えないのだが、大英雄である事には間違いない。
民間人でもお金を積んで頼めば、人体を冷凍してくれる業者もあるらしいのだが、
管理費・維持費だけでも大変だと思うし、ヒューズが飛んだりしたら困る、実に困る。

 写実という事を考えるに、立体でも平面でも、そのものをそのまま写しても、
決してそれらしくならない、という事を知らなければならない。
これは小説家などがよく使う言葉だが、「事実を羅列しても真実は伝わらない」
という考え方に似ているかもしれない。ところが写実の「写」を取り払って、
「実」である事を最上の状態であるとするならば、干物・漬け物、かまやせぬ。
どんなにそのものが不自然であろうが、違和感が残ろうが、似ていなかろうが、
こちらこそ「本物」という事で、堂々と胸を張っていられるわけだ。
確かに我が国でも、出羽地方にみる即身仏や、藤原四代のミイラなど、「ナマミ」の
ものもあるにはある。しかし一般では、馴染まない感覚だったのではないか。
長期開催に及ぶ「人体のふしぎ展」(これも中国産、標本とはいいますがねえ・・)、
連日満員の大盛況だそうで、私も行ってみたが、見ているうちに居たたまれなくなり、
ソソクサと会場から出てきてしまった。

 思うに、鑑真像も真身像(肉身像)つまりミイラ像となる事も充分にありえたわけだ。
ところが、弟子達は、熟慮の末に、真身像よりも脱括乾漆像を選択したのですね。
コレゾ!我が国が「ナマモノ系リアル」に走らず、「精神のリアル」を求める複線となる、
タイヘン貴重且つ、賢明且つ、柔軟且つ、アリガタ〜イ布石であったわけだ。
お弟子の名前を思託、忍基という。忘れてはならない「彫刻家」である。

                                2004年 6月