今回は河原町で降り、新京極の通りを歩いてみました。
出合うがままに、立ち寄りながら西院を目指すという。
初めに詣でましたのが、錦天満宮、繁華街唯一の鎮守社。
前回が「長岡」その前が「北野」と、天神様には御縁が
あるようでして、丑年でもあるからでありましょうか・・、
演奏会でも「天神記」を語らせて頂いております。
ここは湧き水が美味しいそうで、汲みに来ている方々が
おりました。可愛い「からくり御神籤」等もあります。 |
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錦天満宮拝殿の前で |
その横手には善長寺があります。ビルに挟まれた路地の
奥に小さな地蔵堂が見えます。祀られている地蔵菩薩は
「くさがみ(瘡神)さん」とも言われているそうです。
すぐ横は安養寺。御本尊の阿弥陀如来が、伏せた蓮台に
立たれているので「さかれんげ」のお寺と呼ばれます。
このように、近辺(寺町)に寺院が集中しているのは、
東国の勢力に対する、豊臣秀吉の政策だそうですね。
神仏をも城壁にしてしまうという・・武将の発想です。 |
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善長寺地蔵堂の前で |
それだけ家康の存在は、不気味だったのでしょうが、
政略に従って移される方は、大変だったと思いますね。
蛸薬師の永福寺、寅薬師の西光寺が、並んでおります。
私の町にも目黒蛸薬師がありますので、身近に思えます。
病気平癒の御利益のせいか、境内には活気があります。
西光寺では本堂に上がらせて頂いたので、間近で仏像が
観られました。大きくはありませんが、日月の脇士、
十二神将も揃っていて、なかなか立派なものでしたよ。 |
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寅薬師の西光寺の前で |
誠心院から誓願寺と続きますが、どちらも和泉式部に
縁のある御寺。誠心院の石像群は見ごたえがあります。
誓願寺は能の演目にもなっておりまして、和泉式部が
歌舞の菩薩となって現れるという・・歌と愛に生きた
才女ですな。現代なら誰に例えるのでしょうねぇ・・
この寺の住職であった安楽庵策伝という人が「醒睡笑」
という笑話集を書いた経緯もあり、芸道上達を願って
参内する人も多いようです。もちろん本職の方も・・ |
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誠心院にて |
三条通りを過ぎると矢田寺があります。「送り鐘」と
「生身地蔵」で有名。堤燈がたくさん飾られていて、
商店街でも愛されているのが、良く分かる御寺ですね。
天性寺の門をくぐると、水天宮の御堂がありました。
とても雰囲気のある場所なのですが、本堂は工事中。
おそらくその為でしょう、池の水は抜かれていました。
この辺まで観光客の多い、実に賑やかなアーケードの
繁華街なのですが、御寺ばかりに気を取られ、どんな
店に何があったのか?全然気付かなかったですね・・ |
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矢田寺の前で |
さてこれで四条通りから御池通りに出るわけですが、
締め括りは、かの本能寺であります!とは言うものの
ここも本堂は大修理、すっかり幕で覆われていました。
天正十年、光秀が信長を襲撃した時は、この土地には
無かったのですね。境内には信長の供養塔があり、
見学している人達も多かったですね。本能寺の変での
戦死者も刻まれていて、森蘭丸の名前も有りましたよ。
市役所前から地下鉄に乗り、二条駅へ向かいました。 |
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本能寺の門前にて |
さて二条城、世界遺産です。今回の旅で唯一入場料を
払ったところですね。しかしこの六百円は御徳ですよ!
とにかく中が広いので(27万5千m2)歩いているだけでも
随分と時間が掛かります。城といっても天守閣は既に
無く、見所は二の丸御殿、欄間や襖絵、飾金具が見事。
徳川慶喜が大政奉還をした場所としても有名ですね。
その為でしょうか、建物には菊の御紋が目立ちます。
収蔵館では、狩野探幽、障壁画の原物が観られました。 |
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二条城鳴子門の前で |
外堀の近くには神泉苑があります。桓武天皇が築いた
庭園というから、これは古いです。当時はもっと広大
だったそうですが・・神の泉と名付ける程ですから、
善女龍王を祀る法成就池に、祈雨や治水を願います。
小野小町の和歌、静御前の舞い等、伝説も多いところ。
「鷺」という謡曲の、舞台にもなっていますね。
神泉苑の水辺にいた一羽の白鷺が、帝から五位の位を
賜るという・・五位鷺の名、由来の一説でアリマス。 |
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神泉苑善女龍王社の前で |
それから阪急大宮駅の方へテクテクと歩いていきます。
つまり河原町からコの字を伏せたように移動している。
それでも、目的地には向かっているのでありますよ。
途中、武信稲荷神社に詣でました。武信と書いても、
武田信玄と関係は無いようで・・藤原武信という方が
厚く信仰されたのがその訳、樹齢850余年の榎がある。
今年は初午の日に、地元の清水稲荷にも参内、つまり
この日の前日だったわけで、道中無事を祈願しました。 |
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武信稲荷神社の前で |
さて、以上の道筋で宿泊先の西院に辿り着きましたが、
色々と拝み歩いたおかげが、翌日の演奏会は満員御礼!
有り難い事だと思いつつ、翌朝も周辺をふらりふらり。
京福線山之内駅前の猿田彦神社へ。天の岩屋戸の前で
踊って見せたのが天宇受売命、後にその夫になるのが
この猿田彦神。これを天津神・弥生と国津神・縄文の
習合の図式とみる学者もいるくらい、重要な神様です。
それから山王神社へ参り、夫婦岩を撫でて参りました。 |
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猿田彦神社にて |
御昼前に戻るつもりで路面に沿って、西院春日神社へ。
奈良に大社があるだけに、狛犬も・・鹿なんですねぇ。
境内には環来(もどろぎ)神社も有り旅行安全を・・
トコロガこの辺りから左足の脇が痛くなりだしまして、
歩き疲れたという感じでは無し・・おそらく天神様に
御参りをしておきながら、本番前に近くの洋食屋に入り
ビーフかつを食べたのがイケナカッタカシラ・・?!
うっかりお使いの丑様を食べてはいけませんねぇ・・ |
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西院春日神社の境内にて |
とにかく二時発の新幹線で名古屋に向かったのでした。
今池に着くと、会場の近くに高牟神社がありました。
ここは物部氏に関係のある神社のようですね。古代の
豪族ですが、その辺りにも歴史を感じる事が出来ます。
お詣りすると、境内に天神社があるではありませんか!
もちろん丑様も・・昨晩の無礼を詫びまして、今宵の
演奏会盛況を願います。すると月曜日にも関わらず、
こちらも満員御礼という!有り難や、かたじけなや・ |
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夕刻の高牟神社にて |
翌日は友人と昼食、名古屋の市政資料館で時間待ち。
正式名「旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎」と
おそろしく長いのですが、大正時代11年に建てられた
裁判所。外装内装と当時の様式のままで豪華な物です。
地下の留置場は一見の価値がありますね。無料です!
資料館だけあって今年から始まる裁判員制度に関する
映画が観られます。これがなかなか面白いんですね。
誰もが「裁く側」の心配ばかり、逆の立場が不安・・ |
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名古屋市政資料館の前で |
約束した場所へ向かう途中、七尾天神の看板を発見。
やはり御縁があるなぁ・・と思いながら訪れると、
境内には梅が香ります。ここは亀乗り天神といって、
道真公が亀に乗っているという、珍しい御神像です。
今回はいわゆる名所と云うよりも、通常の街角に有る
寺院を巡ってみました。短い時間に随分と多くの神様
仏様にお会いしたようで、多少は足の痛みもヤムナシ
と思いましたよ。皆様にも出世・招福、無病息災を! |
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七尾天神の境内にて |