JR東京近郊区間大回り JRの運賃計算の特例の一つに「大都市近郊区間内のみをご利用になる場合の特例」というものがあり、東京、大阪、福岡、新潟それぞれの周囲に決められた区間内だけを使用する場合には、乗車経路にかかわらず、最短経路で運賃計算される。 このうち東京近郊区間は特に広く、関東地方一都六県のほとんどの路線が含まれている。詳細はJR東日本の「きっぷに関するご案内」を参照。 |
鉄道マニア(いわゆる鉄ヲタ)の間では、この特例を使って、わざと遠回りするという「大回り」という遊びが以前からあるそうで、最近、テレビのワイドショーでもお金のかからないレジャーとして紹介されていた。 ということで、家族が皆、でかけてしまって暇な休日の暇つぶしに、風景写真撮影ついでに試してみることにした。 土佐日記の冒頭に「男もすなる 日記といふものを 女もしてみんと するなり」とあるが、さしずめ「鉄ヲタもすなる 大回りといふものを 一般人もしてみんと するなり」といった心境。 自宅のあるつくばエクスプレス沿線から最寄りのJR駅の南流山駅経由で隣の三郷駅に行き、そこから帰りのきっぷ「130円」を使って終電前に大回りで南流山に帰ってくることにした。 この大回りの特例には経路や駅が重複してはいけないという規則がある。東京近郊区間には、都心を中心として、環状線の山手線、その外側に南武線と武蔵野線、一番外側が、相模線〜八高線〜両毛線〜水戸線〜成田線と、三重の環状線が構成されているので、これを可能な限り回ることにしました。 三郷から武蔵野線に乗り込み、南武線線経由で川崎まで。ここで朝食を仕入れるつもりだったのが、朝も早く、弁当を買える開いてる売店を発見できず、やむなく東海道線へ。 このとき、車内の電光掲示板に東北新幹線が車両故障の影響で止まっているという案内が、関係ないと思って、呑気に過ごす。茅ヶ崎で乗り換え、相模線、横浜線経由で八王子駅へ。ようやく、朝食にサンドイッチを購入。 ![]() ![]() それはさておき、車窓には、被写体に適した景色が次々と現れた。まあ、主目的が、この撮影だったわけだが、まあ、狙い通り。 ![]() ![]() ![]() 小山に抜ける両毛線に乗るためにホームに向かうと「上越新幹線の到着が遅れているので、これを待って発車します」との場内アナウンスが。無関係と思っていた東北新幹線のトラブルが、まさかの影響。結局高崎を5分遅れで発車。「確か、小山の乗り換え時間は7分しかなかったよなぁ。2分乗り換えはきつい。」と心配になった。 乗って、目に入った表示は ![]() ちょっと衝撃を受けつつ、車窓を通りすぎる渡良瀬川や田園風景などを撮影。 結局小山到着は定刻で、余裕で水戸線に乗り換え。ところが、水戸方面から来て折り返す列車がなかなか来ない。どうやら、東北新幹線の遅れが常磐線特急→水戸線という感じで影響したらしい。水戸線は4分遅れで発車。友部での乗り換えも6分を見込んでいたのでまた不安に。まあ、最悪、常磐線で新松戸までショートカットして帰ればいいと開き直って、余裕で裏筑波などの景色を撮影。筑波山の南側は毎日のように見慣れた景色だが、北斜面(裏筑波)は意外に新鮮かも。 ![]() 我孫子駅には、弥生軒という駅蕎麦屋があって、休日は2番ホームの店舗だけ営業している。到着ホームが別のホームだったので橋を渡ってたどりついたときには既にカウンターは満席で券売機前に7〜8人の行列ができていた。ここは映画「裸の大将」のモデルとなった山下清画伯がかつて勤めていたそうな。ただ、ここを有名にしているのはそれではなくて、「唐揚げ蕎麦」。かけ蕎麦に鶏の唐揚げがトッピングされているだけのものだが、これを食べるためにわざわざやってくる客もいる程。 食券の券売機を見ると、唐揚げ蕎麦は1個のせと2個のせが選べたので、とりあえず1個のせを注文。唐揚げがたった一個と言うなかれ。そのサイズが半端じゃない。丼の蕎麦が半分隠れてしまっている。 ![]()
しかし、新幹線の遅れの余波がここまで追いかけてきて、列車交換で相手方が遅れたため、定刻ダイヤより2分遅れで成田駅到着。奇跡的に2分乗り換えで千葉行きに。あとは、蘇我から京葉線経由で東京駅へ。予定では山手線を品川、新宿、池袋と回って秋葉原までだったのだが、予定より大分早まっているので、赤羽線(改め埼京線)経由で赤羽駅まで脚を伸ばした。そして、総武線、武蔵野線経由で南流山へ。武蔵野線はディズニーランド帰りの客で混雑していた。 予定では23:44着だったのが23:24着に。 大回りだと長時間かかるため、自動改札ではねられて有人改札へ。「大回りしてきた」ことを告げてきっぷを渡して、つくばエクスプレスで帰宅。 本来は2.0km2分でたどりつくところが、643.0kmの大回りで、三郷を出発してから南流山到着まで17時間18分。同じきっぷで十分楽しめた。 「鉄ヲタもすなる 大回りといふものを 一般人もしてみんと」してみたわけであるが、どこからともなく、「お前も鉄だろう?」という声が。 いや、大学の所属研究室は「非鉄冶金学講座」だったくらいで、「鉄」ではないつもりなんだが・・・と悪あがき。 そう言えば、土佐日記を書いたのは女だったっけ? その翌週、今度は房総半島を一周してしまったとは、大きな声では言えない。 |