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<キリバス通信、最終回>

海でみつけた宝物  その4-失った宝物    30.Dec.2018 



「よくやった」
 お袋は満面の笑みを浮かべながら嬉しさいっぱいにいう。「大漁の魚よりもずっといい」
 食べ物よりも価値があると言ってのけただけに、高価すぎてお袋にはとうてい買えないような品物だった。
 お袋はそれらの品を井戸でていねいに洗って潮を流し、僕の家の台の上にならべた。万が一にも盗まれないためだった。
 それらの物に対するお袋の思いが伝わり、僕は嬉しくなる。
 お袋がいなくなったかと思うと、すぐにお袋と同じぐらいの年配の女たちが次々と海から得たものを見にやってきた。
 嬉しさが有り余ったお袋が、あちこちで話している姿が目に浮かぶ。
 品物を見に訪れる者たちは一様に、フライパンを持っている家はまだ村に数軒しかないといい、タライについてはそんな大きな物を見たことがないといって羨ましがった。
 落ちていた場所や、他に残っている品の有無について問い、誰もが僕を仕事ができるといって称えた。それらを持ち帰ったからだった。
 褒められつつも僕は寂しくなった。
 以前だったなら、お袋をはじめ誰もが真っ先に、せっかく購入した品物を失った乗客の心境やその時の恐怖に寄り添っていた。乗客だけじゃなく、装備品を失いロープを切ってアンカーを捨ててまでして窮地を脱しなければならなかった船長の心情を思い「カーワ」(かわいそうに)と、口々にしていたはずだ。
 しかし、興味は物だけに向けられ「カーワ」という発言は一度も聞けなかった。
 もどってきたお袋は、まるで自分がそれらの物を見つけたかのように、落ちていた様子や回収する様を、訪れた女たちに話している。
 人々の心が物に侵されてしまったのが、目に見えるようだった。
 
 僕は風に当たりに散歩に出た。
 道を歩いていると10歳ぐらいの男の子が近寄ってきた。男の子が唯一身につけている青い短パンは、お尻がざっくり避けていた。
「ヤシは凄いね」
 と、声をかけられた。
 キリバスではスの発音がなく、シとなってしまう。ヤシはヤス、僕のことだ。
「なにが?」
 と、僕は歩きながら男の子にたずねた。
 すると質問にはそぐわない返答が。
「やっぱりヤシは外国人だ!」
 僕の横を歩きながら男の子はいった。「海に行って外国の物を持ってかえったから」
 だから外国人なのか、子どもの発想は面白い。「だって、キリバス人は魚しか獲ってこないもん」
 と、僕は聞き、なるほど、と納得してしまう。
 男の子の顔には鼻水を垂らした跡が残り、僕はその顔を見て言った。
「キリバス人が外国の物を見つけたって、僕と同じように持って帰ってくるよ」
「違うよ、ヤシは外国人だから見つけられたんだよ。だってキリバス人は魚を見つけるのが上手でしょう」
 漁の上手なキリバス人に対し、僕は外国人だから外国の物を発見できたということだ。
 ここで暮らしているあいだは、村民の一人として存在しているつもりだった僕は、外国人だといわれほんの少し傷ついた。
 すると。
「でも、ヤシは漁もできる」
 と、男の子はいってくれたが、すぐに自分のいった言葉に矛盾を発見したような表情をした。
 こんどは僕が男の子を助ける番だった。
 僕は自分の鼻に手の平を当て、それを左右に一度だけ動かし、明るくいった。
「半分外国人、半分キリバス人」
 絶対に口にしたくない言葉だった。村人と同じように漁をし、同じように食って眠り、村で暮らして十数年。ここへきて、こんな発言をするようになるとは……。
「ほんとうにそうだね」
 と、男の子は笑顔でいいながら、自信ありげに頷いて見せた。
 僕が心境を顔に出したとは思えないが、男の子は慰めるようなことを言ってくれた。
「やっぱりヤシは凄いや、両方できるんだから」
 外国人とキリバス人の両方。十数年かけても半分キリバス人になるのが、精いっぱいだったのかもしれない。

 僕はもうすぐキリバスをはなれる。
 今までのように日本へ一時帰国ではなく、もうここへはこないかもしれない。
 タライや鍋は長持ちする。お袋はそれらを使いながら僕を思い出してくれるだろう。
 そして今はそれらを手に入れて浮かれているお袋でも、海から得た物を使いながら、それらを失った本来の持ち主の気持ちを、きっと思いやってくれる。
 僕はそう信じている。
 ヤシの実に腰をおろしたお袋が、竈に載った鍋の火の面倒を見たり、タライで洗濯をしたりしながら「カーワ」と、口にして……。

 キリバス通信 完
 18年間ありがとうございました。


< そして はじまり ます >
 マウリパラダイスでは、村の豪邸のようになってしまったために閉めた宿を第一章とし、原点にもどろうとした宿を第二章としてきました。
 第二章は、宿の魂であるキリバス人の持つリッチなハートが、薄らいでしまいスタートに至りませんでした。

 そして―― 第三章 が幕を開けます。
 故人である相棒の中村と中村の愛したキリバスが物語の中で蘇ります。
 まずは、日本を背景に少年を主人公にした小説が出版されます。
 キリバスが舞台ではありませんが登場人物に、中村の愛したキリバス人や中村本人の強く優しい心が、感じられるかもしれません。
 題名“ぶるぶるブルー 青が僕にくれたもの” 著者名“Yasさん” の予定ですが、詳細は追ってお知らせします。

 中村と中村の愛したキリバスは大切にしたいので、何作か経験を積んでから、お届けさせて下さい。
 宿の魂を失い再開を断念してから9年。ようやく僕らのキリバスを、みなさんにお届けできます。

 マウリパラダイスは、海や島からの恵みを受け、心豊かに暮らす村民と過ごす時を提供しています。
 これからもどうぞよろしくお願い致します。

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