coffee break markティー・ブレイク 2

2010年

9月

某日 松阪のまちなかに「松阪大映」というピンク映画の映画館がある。前を通ったら、往年の名AV女優沢木まゆみさんが
出演するポスターが出ていた。「おっ、まだ現役?」と驚いて、暇があれば、一度入ってみようかと思っているうちに、上映期間
が終わってしまった。最近は障害者のためのピンク映画が制作されて話題になったり、ひとつの文化として復興しようという
動きもある。この御時世に、松阪にはなんと2つのピンク映画館が残っている。実に健全。たいしたもんだ。

某日
ニギハヤヒの生涯を描いた黒須紀一郎の伝奇小説「邪馬台創生記」に感心した。こういう作家がいるんだなあ。
ニギハヤヒのことを書いた本をいろいろ読んでも、なかなかイメージがつかめなったが、たぶんに空想が入っているとはいえ、
かの大和の覇王の人物像が、よ〜く分かった。たいへんな力作ではないか。だいたい歴史作家たちの文章は、やたらと長った
らしかったり、回りくどかったりして、読みづらいものが多い。それだけに、こういう力のある小説家による物語として“真実”を
伝える仕事の意義は大きい。

4月

某日
ちょっと気になっていた映画「降りてゆく生き方」を、名古屋のナディアパークで見た。北海道の「べてるの家」から生まれた、
このキーワードを、現実にあった出来事やエピソードをモチーフに描いた物語。武田鉄矢が主演している。

自主上映方式が採られており、今回主催したのは「玄米おむすびの会」というNPO。代表の男性は「ガンの患者学研究所」と
かかわりのあるがん患者の会の代表も務めている、顔を知っている人だった。

で、映画の方はどうかというと、話がやや単純化されすぎていて、作品の完成度はイマイチではあったが、作り手たちの熱意や
メッセージは、しっかり表現されていたと思う。武田鉄矢は、よく演じていた。

ガツンと一発食らうような作品を期待していたが、そこまでは行かず…。むしろドキュメンタリーに徹した方がよいようにも思った。
映像というのは、やはり難しいものだ。

3月
某日
Zepp名古屋ボブ・ディランの公演を見た。今見なくて、どうするっ…と。およそ2時間の演奏。知っている曲が半分弱ぐらい。
一番良かったのは、終わりの方の「やせっぽっちのバラッド」。恥ずかしながら、スタンディングの会場というのは初めて
だ。立ち尽くしは、余程のめり込むような音楽でないと、やはり、ちとシンドイな。音も大きすぎて、音響イマイチな印象だった。

甘いマスクのリード・ギタリストは、ひょっとするとと思っていたら、チャーリー・セクストンだった。
確か一度はディランバンドを抜けたはずだが。座り込んでギターを弾くのが好きみたい。

シビれるほどの演奏というのは、正直なかった。
20メートルほど先のステージにいるディランも、相変わらずといいますか、楽しいのか、楽しくないのか分からないような仕草だし。

アンコールは「ライク・ア・ローリングストーン」「ジョリーン」「見張り塔からずっと」の3曲。
事前にロッキン・オンで高見展が予告していた通りだ。

「近くて遠く、時折急激に恋しくなるディラン」を、あらためて確認した一夜だった。

2月
某日
日本人の責務を果たす」ような気持ちで、司馬遼太郎「坂の上の雲」を読了した。文庫で8冊。あとがき(だけで70ページ
ぐらいある)はともかく、本文は最初から最後まで目を通した。作者本人があとがきの中で「この作品は、小説であるかどうか、
じつに疑わしい」と言っているが、実際、正岡子規が亡くなるまでは小説的な味わいがあるものの、それ以降は、小説いうよりは、
一種の論文を読むような感じで、辛抱しぃしぃ、読み進めた。

作品に描かれているのは、明治の男たちの気概や生きざま、行動原理といったものだ。
そして、無名の多くの明治の男たちが専科に斃れ、「神風」のような天佑によって、かろうじて日本が勝利した「日露戦争」の様相。

日本人として本来、知っておくべきことを、こうした読み物にまとめた司馬遼太郎には、敬意を抱く。
が、やっぱり、ちょっと長いなぁ。


某日 奥さんが「夜這い」に凝っている。もといっ、ハマっているのは夜這いの本―赤松啓介「夜這いの民俗学」―だ。
もともと私の蔵書で、そのうちにちゃんと読もうと思っていたのを、彼女が先に読み、書いてあることをあーだこーだと教えてくれる。
誰が父親か分からない子どもが生まれても、気にせず、みんなで育てたというから、今のわれわれの感覚では想像を絶する。
村中こぞって夜這いをしていたような話を聞くと、うらやましいようでもあり、大変そうでもある。
いずれにしろ、虚弱な現代人とは、まずベースの体力が違っていただろう。

1月
某日 オー、ディランがやってくる。しかもライブハウスを回るという。とてもチケットは取れまいと思っていたが、地方新聞のスポーツ
大会記録の欄に、なぜか、ボブ・ディランのコンサートの広告が出ていて、その情報で試してみたら、チケットが取れてしまった!
 3月19日の名古屋公演。世評の高い最近の3作品など、もう少し、聴いてみようと思う。

文庫の新刊で中山康樹「愛と勇気のロック50」(小学館文庫)を購入。まえがきの書き出しに、こんなくだりが―

ボブ・ディランが自伝を出版したとき、ニューズウイーク誌の記者がディランとのインタビューで、「あなたが自伝を書くとは意外でした」
と伝えると、ディランはこう答えた。「自分でも意外だよ」

このあたりがディラン節だな。
最近のディランの曲の中では「テル・ティル・サインズ」の中の「サムデイ・ベイビー」に、シビれる。

某日 「ロッキン・オン」の2009年ベスト・アルバムの中で、4位に挙げられたU2の「ノー・ライン・オン・ザ・ホライズン」
ついて、宮崎広司が「さまざまなレビューが、『わからない』ということを伝えていた」と指摘していた。で、あらためて聴きかえしたが、
ものすごく「分かりやすい音」ではないか。世評の高い前作「ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム」は、自分にはつまら
ないアルバムだった。が、この「ノー・ライン〜」、8曲目の「フェズ・ビーイング・ボーン」から「ホワイト・アズ・スノウ」「ブリーズ」へ
のくだりなど、シビれまくりだ。要するに世の中の評価の方がずれているのだ。ぜひ、この「ライン」でさらに高みを目指してほしい。


2009年


10月
某日 なにげなくテレビをみていたら、東京のシェアハウスの話題をやっていた。1軒の借家に、何人もの男女がそれぞれ家賃
を払って共同生活をする。シェアルームの発展したやつだな。都会の主に若い人たちが、「一人では寂しい」と「つながり」と求めて
暮らしているようだ。不況の中、家を貸す側にとっても、通常より多い家賃が得られるメリットもあると解説していた。とりあえずは、
大都会で起きている現象のようだが、これからの時代のライフスタイルを考える上で、なかなか示唆に富んでおり興味深い。


<ロングブレイク> ニギハヤヒの宮で結婚→沖縄新婚旅行→妻懐妊→松阪へ


1月
某日 年明け早々、ローリングストーンズの「シャイン・ア・ライト」を見に行った。ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」を撮ったマーチン・ス
コセッシがメガホンを取った評判の作品。それなりに期待したのだが、途中で気分が悪くなり退出。やはり、自分はストーンズの
音楽は体に合わんことが分かった。ブルースへのこだわりだなんだと言うが、基本的には脳天気なバンドだと思う。(残念ながら
自分の勘所には引っかかってこない)。…で、もうひとつ気になるザ・フーの映画「アメイジングジャーニー」。こちらは行きそびれ
てしまった。仕方ないのでDVDが出たら買うかな。



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2008年

12月
某日
 Jリーグ最終節、名古屋グランパス×大分トリニータ戦をBSで観戦。残念ながら、奇跡は起きず、この試合はドローで、
同時間帯、コンサドーレ札幌を1―0で破った鹿島アントラーズがリーグ優勝を果たした。終了間際に交代を告げられた玉田の
寂しげな表情が印象に残った。常に勝ち負けがあり、栄光を味わうのは、ほんの一握りであるスポーツというものの厳しさを
あらためて思う。とはいえ、ストイコビッチ率いる今季のグランパスはよくやった。きっと、来季こそ。日本のエース、玉田ガンバレ!

某日 すでに旧聞に属するが、女優の真木よう子のデキちゃった婚。ファンのはしくれとしては、やっかむというよりも、何か肩すかし
でもを食らったような気分。超本物を目指すなら、まだ小休止しているときではないと思うのだが。
お相手は片山怜雄という俳優だとか。「リリーフランキーに弟子入りして、小説家を目指している」。
ん?小説家も落語家みたいに、弟子を取るの。→やっぱ、ウラヤマシイ

10月
某日 久々ですが…。NHKの「プロフェッショナル」柳家小三治が出演した。新聞の番組案内にあった「現代落語会の最高峰」
というのは、ほんとうにその通りで、番組にも期待したが、あのつくり方では、小三治の落語の面白さは、知らない人に伝わらな
かっただろう。リウマチで苦しんでいることとか、知られざる一面は分かったが(あんなに薬を飲まなくてもよいのにな…)。
この番組放映の2日前に東京で小三治の落語を生で始めて見た。その席でも、この番組出演の話題がちょっと出て、司会者の
茂木健一郎と少しやりあったことを明かしていた。茂木に「師匠、変人ですね」と言われ、(多少、ムッときたのだろう)小三治は
「世の中に変人でない人はいるんですか」と突き返したという。やはり、その場面はカットされていた。

8月
某日 よく分からんが、男と女は、セクシュアリティーに対する基本的な体感度みたいなものが、ある程度似通っていないと、
一緒に暮らすのは難しいのではないか。最近つくづくそう思う。友達のような夫婦もあるというが、自分の場合、別に友達と暮らし
たいとは思わんしなあ。世の中の多くのひとたちは、そのあたりのことについて、一対どう対処しているのだろう?
7月

某日 「傷だらけの天使」のCD全13巻を見終わった。印象深い挿入歌「一人(I Stand Alone)」が、どこで出てくるのかと
気をもんでいたが、最終回の1つ前、第25話「虫けらどもに寂しい春を」。小松方正が作家とそっくりさんの1人2役を演じるお話で、
陰であくどいことをやっている作家役の方の小松方正が記者に囲まれ、ちやほやされているところに、彰(ショーケン)が近づき、
鉄拳を食らわす。その場面で、待ってました! 「一人」聞こえてきた。

そして最終回26話。すべてがご破算になり、亨(水谷豊)は風邪をこじらせて死んじまった…。ラストシーンでまた流れる「一人」。
こみ上げるものをおさえられなかった。井上堯之作曲の超名曲(このとき歌っているのは、柳ジョージじゃなくて、デイブ平尾という人
とは知らなかった)

いずれにしろ、このラスト場面―。ドラマと音のクライマックス(絶頂)が見事に重なり合い、日本のロックが、最も“ロックの神さま”に
近づいた瞬間だと思う。

6月

某日 大須の中古CD店で買った廉価ビデオで「傷だらけの天使」にハマり、DVDボックスセットを購入。1作目から順番に見て、
3作目で中山麻里のストリッパー役にたまげた。まさか、あの有名女優さんが……と思ううち、たおやかで美しいおっぱいがドーンと
露わに。真木よう子もびっくりの、思わず拝みたくなるような美巨乳だ。あんないいおっぱいのストリップ嬢、今でもそうはおらんぞ。
2作目だったか、あの欽ちゃん一家のママの真野順子さんがレイプされかかる場面もあった。いやはやまったく、すごいドラマシリ
ーズだとあらためて感服。

最近、作家の矢作俊彦が「30年後、木暮修は公園で宿無し生活を送っていた」という設定の小説「傷だらけの天使〜魔都に天使
のハンマーを」を出した。これを読む気になるかどうかは分からないが、さすが矢作さん、アンテナがいい。ちょっとしたシンクロだ。

5月

某日 山田太一のドラマスペシャル「本当と嘘とテキーラ」をみた。やっぱり、このひとのドラマは特別だ。スリリングで、深い。
主役の佐藤浩市や、山崎努、樋口可南子といった面々の演技も確かにうまいが、柄本明には、ちょっとびっくりするほどの凄み
があった。ああ〜、「ふぞろいの林檎たち」のDVD、買うかなあ。


某日
 名古屋・大須の「大須演芸場」にはじめて入った。日曜の昼過ぎで、まわりの商店街はなかなかのにぎわいだが、客の数
は7、8人。「閑散」と言っていい。ただ、館内は思っていたよりはきれいだった。傘寿のじいさんが三味線を弾きながら漫談を
やっていて、次が雷門幸福の若手落語家の一席。ビールを引っかけていたので、うとうと眠ってしまったが、話はけっこうしっかり
していた。…と、次に現れたのがナントカいう名前の、いささかとうが立った「美人演歌歌手」。めまいがしそうな歌を数曲聞かさ
れて、ついに降参し、表へ飛び出した。

こんな安っぽい歌謡ショー、東京や上方の寄席では、さすがにやらないだろう。
「芸どころ」と呼ばれ、かつては寄席もいくつもあったという名古屋だが、なんとも厳しい現実。まったく文化とはほど遠い所だなあ。
毎年、大須演芸場を応援するため、ここで独演会をやっていたという古今亭志ん朝のエラさに、あらためて頭が下がる。


某日 大型連休中、深夜のテレビ番組に小説家の石田衣良が出ていた。本人が辞書をパッと開いて適当に指を差し、たまたま
当たった言葉3つ―「ガチョウ」「光学」「草書」―を盛り込んで、イジメで死にたい子を励ます童話を48時間以内に書き上げる
ミッションを果たすという内容のドキュメンタリーだ。いわゆる小説家版の「三題話」だな。

「自分の中にいる、もう一人の彼」が作品を書いてくれるという石田衣良の創作の秘技や、作家というものの創造力のすごさが
分かり、なかなか面白かった。ただ、最後に出来上がった童話自体は、意外に平凡で、そこはちょっとがっかり。

4月
某日 鶴舞の古書店で「志ん生一代」(結城昌治著)の上・下巻をみつけた。冒頭に、志ん生は生涯借家住まいだったという
くだりがあり、すぐに購入。一気に読んだ。いや、たいした生きざまだ。志ん生がいまなお「最もCDの売れている落語家」である
秘密が分かったように思う。落語を聞き出して、まず柳家小三治がよいと思った。昭和の三名人―志ん生、文楽、円生―で、肌に
合うのは、やはり志ん生。同じ寅年でもあるしな。この本を読んで、自分の目に狂いはなかったと確認できた。

志ん生の二男の志ん朝も、世間的には高く評価されているようだが、坊っちゃん気が強くて、自分には今ひとつ。「ゴルフが一番
の趣味」というのも、どうもなあ。

「志ん生一代」には、いろいろ興味深いエピソードが載っていたが、志ん生は古道具屋が好きで、ろくに金もないのに、よくいろんな
ものを買ってくる。買ってくるだけじゃなく、家にあるいろんなものを、また売ってしまう…というのも面白かった。このあたりの執着
のなさというか、爽快さは、なかなか参考にもなる。



某日 久々に映画。ウォン・カーウォイ監督の「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を観る。主演ノラ・ジョーンズ。ザ・バンドの「ベッシー
スミス」をカバーしている彼女のライブCDを買って、その歌いっぷりがなかなか良いので、ちょっと演技する姿を見たくなった。
雑誌の映画評などは、あまりよく書いていなかったが、なかなかどうして、いい映画じゃないか。ノラは、いわゆる女優的なオーラ
はないが、直感の冴えたミュージシャンならではの存在感があり、「演技しない演技」の良さがにじみ出ていた。

ブルーベリーパイも食いたくなった。どっかで探そう。

3月
某日 
めっけもんが2つ。マイルス・デイビスのミュンヘン・ライブの「ハンニバル」の演奏シーンの入ったDVDを見つけた。
もうひとつはジミ・ヘンバークレーコンサートのVHSビデオを通信販売で購入したら、冒頭に彼のラスト・ポエムが出てた。
同じ映像のDVDも販売されているのに気づき、結局、そちらも買ったが、ポエムはビデオ版だけ。無駄ゼニも、たまにはヒット
するもんだ。

某日
 驚天動地、ぶったまげた。幕末志士の錚々たる面々が写った、フルベッキ写真の謎を解明する加治将一「幕末維新
の暗号」
。この写真の存在は、うっすらと知ってはいたが、これほど奥深いものだとは。衝撃の事実に、うなった。久々に出会った
真底、面白い本。こういうのは答えを人から聞いてはだめ。物の見方がコペルニクス的に転回する、日本人必読の書。読むべし。


某日

無修正の動画サイトに少々ハマってしまい、「無修正動画サイトは、なぜ摘発されないのか」を調べてみようと、あれこれホーム
ページを繰っていたら、久々にウイルスにつかまってしまった。クワバラ、クワバラ。やはり、助平心は危ないなあ。しばらく自重しよ。

…にしても、無修正動画サイト。スッポンポンの丸見えではないか。こういうのがまかりとおっていて、一方でビデ倫の薄消しを叩いている図というのは、なんだかなあ…。日本というのは、不思議な国だ。


某日

ニューヨーク・タイムズの作家チャールズ・R・クロスによる伝記「ジミ・ヘンドリクス 鏡ばりの部屋」を読了。オーソドックスだが
よく書かれており、ああ、彼はこういう人だったのかと、ジミの実像に初めて触れた気がする。当時のロックスターは、みんなそう
だったのだろうが、とにかく女とヤリまくって、ヤクをウチまくって、それでもって寝る間もなくステージに立ち、ジャムっていたことが、
よーく分かった。

亡くなる少し前のバークレーでのショーが、すごく良かったという。それを観たカルロス・サンタナが「早く、深く弾けるプレイヤーは
少ない」とジョン・コルトレーンに比して絶賛したという。この時の音源、もし残っているなら、ぜひ聴きたいものだ。

自分がジミヘンを好きになったのは高校生の時だが、この時代に地球という星に生まれてきて、ジミ・ヘンザ・バンドの良さが
分かったことは、ほんとうに良かった。誇らしいことだと思う。


2月

某日

リリー・フランキー
が撮影した月刊「真木よう子」。酔ったいきおいで、駅前の本屋で買ってしまった。超グラマーで人気急騰の
真木よう子。同じタイトルの前回ムック本は、インターネットで2万円以上の高値が付いている。で、期待した今回のリリー版だが、
何とも残念な内容。彼女のダイナミックボディーの良さが伝わってこない(リリーさんって、意外にタンパク?)

やはり、写真家には写真家の技量というものがあるんだなあ。文章の達人も、力及ばずの感あり。


某日

大事な本は、人に貸さない。経験上、まず返ってこないから。「この人はきちんとしているから」と思った人でも、なかなか
返ってこない。相手に悪気がないのは分かっている。だが、本とはそういうものだ。それでも貸すときは、その人の分をもう一冊
買って、あげてしまうつもりで渡している。

頼まれてボブ・ディランの本を2冊ほど身近な知人に貸した。やはりこの流儀で。相手に本を渡すとき、名古屋・栄のとある居酒屋
で晩飯を食ったのだが、そのビルの地下に「Heaven’s Door」という店があった。休日で閉まっていたが、装いから、おそらく
ロック酒場だろう。いわずもがなのディランの有名な曲にちなんだ店名で、なんとなくシンクロニシティー。ついでに居酒屋のあん
ちゃんが、ディラン好きだった。

そうそう、「I’m Not There」というディランの新しい伝記映画ができたんですね。公開は少し先のようだが、見に行かねば。

某日

朝はちゃんとつながったメールが、午後、急に接続不能となり往生した。契約するプロバイダーの技術サービスに、やっとのこ
とで電話がつながって、きょうの昼、パスワードが変更されていたことが分かった。そういえば、少し前にパソコンのソフトを全面入れ
替えし、メールやら何やらを再設定したとき、パスワードが分からず、再発行を頼んでいたのだが、すっかり忘れていた。
引っ越し後の住所変更の手続きがするのが遅れて、変更通知もまだ手元に届いていなかった。

それにしても、インターネットをいろいろ利用していると、あれこれのパスワードを持つことになり、ぜんぶ一緒なら良いが、
大文字と小文字で微妙に違えていたり、何か少し付け足したりしているものだから、何かの折、きょうのようなトラブルに
見舞われる。「あ〜、自分はやっぱ、アナログ人間だ」と実感するのは、こういうとき。もうすっかり「パスワード恐怖症」である。

プロバイダーの接続サービスの女性が、丁寧に、そしてとても親切に対応してくれて救われた。ふうーっ。

1月

某日
もともと落語に関心はあったのだが、何しろ大きな「お山」だし、凝り出せばカネもかかるので、なかなか踏ん切りがつかな
かった。だがことしは、ちょっと落語というもんを自分なりに掘ってみようと思う。
で、多少あれこれ聞いてみて、引っかかったのが柳家小三治。とりあえず、この人を取っかかりにしよう。

最近、もうひとつハマっているのが「刑事コロンボ」。2週間に1本のペースでリリース中のDVDコレクションを欠かさず買って
いる。このコロンボも結局、カタがあって、オチがあって、落語に通じる面白さがあると思う。

某日
日記など一度も付けたことがないが、昨年末に出会った 「受付嬢ひなこの日記」というブログに刺激され、自分もちょっと
やってみることにした。ブログというやつを。一応、俳句もので、タイトルは「ロックな俳句」にした。ずっとサボってるこのHPの
情報更新にもつながるのではないかと、淡い期待を抱きつつ。まあ、何でも体験だ。

某日

イヨッ、年が明けました。新年早々、元日に映画館へ。「Always続・三丁目の夕日」を見る。ひとによって好き嫌いはあろうが、
私はやっぱ、この映画、ベタといえばベタだけど、好きですね。小雪が前作に増していい。昔のあの娘に面影も似てるし…
3日、真木ようこのおっぱいが見たくて、「ベロにカは死ぬことにした」のDVDを買いに栄へ出たら、コーヒーショップで、その昔の
あの娘とそっくりの女性を見かけて一瞬、胸が高鳴った。こういうのを「オルウエィズ現象」というのだろう。信じていれば、いつか
奇跡はやってくる。



2007年


10月

某日
キリスト伝説の絡みで、ビックリ情報をひとつ。キリストの謎といえば「復活」、その十字架にかけられる際の言葉「神よ、なんぞ
我を見捨てたまいしや」(エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ)」
である。神を地上に体現する使命を果たしたキリストの最後の
言葉としては、あまりにも情けない、というか「ぜんぜん、別人じゃないの?」というような違和感をおぼえる。実際、磔刑を受けた
のはイエスとは別人だったという話は、時折、耳にするのだが、新刊の「知られざる古代日本〜キリスト伝説」(綾部宗彦著、
学研)
に、非常に興味深い情報が載っていた。

すなわち、イスラム教の聖典「コーラン」に、イエスが十字架にかけられて死んだということを、ユダヤ人の虚言として否定する
くだりがあるということだ。「どうして殺せるものか、どうして十字架に掛けられるものか。ただそのように見えただけ」「彼らにそ
れに関して何もしっかりした知識があるわけでなし、ただいいかげんに憶測しているだけのこと」…。

これはまあ、「コーラン」に載っていることだし、知っている人は知っているのだろうが、目からウロコというか、金縛りが解けたと
いうか、キリスト伝説の真相を考える上で、参考になる。


某日

マイルス・デイビスの1988年の名演を収めたDVD「ミュンヘン・ライブ」が、名駅のタワーレコードの店頭に並んでいるのを見
つけて、すぐさま購入。最近出たものらしい。家に帰って、勢い込んで見ると、おや、アレが入っとらんやんか、アレが。CD版の「ミ
ュンヘン・コンサート」
(3枚組)の方には、3枚目のアタマに収録されている「ハンニバル」という曲が入っとらん。ギターがブンブ
ンうなりまくる、このライブで一番、気に入っている曲だ。前にレンタルビデオ店で見つけた、同じミュンヘンコンサートを収録したDV
Dには、ちゃんとこの曲も収められていたのだが…。ほとんどこの曲目当てだったのに。何でこれをカットするのお〜? ああ、ちゃ
んと曲目リストを確かめずに買った私がバカだった。

7月
某日 「病んでいるといわれているうちに 描くのは 千載一遇のチャンスなのだ」

東京・八王子の精神科・平川病院の一角にある造形教室で絵を描く人たちの姿を描いたドキュメンタリー映画「心の杖として
鏡として」
を見た。60分の映画が、とても長く感じられた。つまらなかったからではなく、内容があまりにも濃かったからだ。
映画に登場するのは、精神を病んでいるという人たち。だが、その人たちの言動もまなざしも、常人以上にまともで、かつ誠実だ。
多少神経が過敏だったり、潔癖すぎたりするが、そんな部分は、どんな人間もある程度持っている。彼らが「病んでいる」なら、
自分もじゅうぶん病んでいると思った。

その「心の病」のある人たちがつくる作品の一つ一つに、途轍もない存在感がある。絵も良かったが、個人的にはコラージュ
アートが面白かった。自分もスクラップをやるのがけっこう好きだが、それに通じるところもあり、「こういう表現の仕方もあるんだ」
と、目を開かれた。

「病んでいる」という彼らには、絵を描いたり、コラージュを作ったり、詩を朗読したりという立派な表現手段がある。真摯にアート
に取り組む心がある。生きる証しを立てようという熱意とエネルギーがある。果たして現代人のどれだけの人が、そういう確かな
「生きる糧」を持って日々を生きているのだろう。観る者に対し、そのことを静かに静かに突き付ける映画だった。


某日 「物々交換」パーティーを

「ジーンズ版 世界の映画音楽」というLPセットが手元にある。中央公論社から1974年前後に発刊された16枚組で、映画
の黄金期の192曲を収録している。ちゃんと数えていないが、3分の1ぐらいはサントラ盤の音だ。映画館によく通った中学生時
代に購入したもので、長らく聴いていないのだが、捨てるのももったい。映画好きで、LPも聴くという人にあげたいのだが。

いささか飛躍するが、こんなとき、「物々交換パーティー」があればな、と思う。

自分は要らなくなったが、多少思い入れのある品は、大事にしてくれる人に渡したいものだ。

「物々交換」は、最近、けっこう注目されているようで、早稲田かどこかの大学の大学祭でイベントとして行われたというし、インタ
ーネットにも「物々交換」サイトなるものが見受けられる。

だったら、パーティー形式の「物々交換」があってもいい。その物にまつわるストーリーなども、じかに本人から聞くことができるし。
必ずしも交換をしなくても、ほしい人にあげるだけでもいい。喜んで使ってくれる人に渡せるだけで万々歳だ。

どんな物でも、その本質を生かし、できるだけ長く「生かしたい」というのは、ある種、人間の本能のようなものだと思う。

6月

某日 in アナログムード

手元にあるLPレコードは、200枚ぐらいか。先回の引っ越しのとき、壊れかかっていたアンプとスピーカーを処分してしまったので、
しばらくレコードが聴けない状態だった。が、みぞおちのあたりがムズムズしてきて、どうしてもLPが聞きたくて、いてもたっても
いられなくなり、大須の電気街へ走る。

ハイファイ堂という店で、まず交換針(1万円)を購入。アメヨコビルの愛曲楽器でデノンのアンプとモニター・オーディオのスピーカーを
締めて6万円で買う。ワンルーム住まいの身としては、これで十分だ。早速帰ってセッティング。あ〜、やっぱ、LPはええな〜。
フワッと風が来るような音の柔らかさ、ターンテーブルの上で回るレコード盤の美しさ、ジャケットの存在感…
何かこう、CDとは違って「いのちが宿っている」という感じ。棚に並ぶ1枚1枚のレコードも、喜んでいるみたい。

最近、レコードをかけて、そのままCDに音を録音できるというティアックのコンポがヒットしているとか。1台6万円台というから、
割に手ごろだ。また針なしレコードプレーヤーという商品も話題のよう。こちらは100万円くらいとずいぶん値が張るが、世のアナ
ログ派を引き付けるのは、よ〜く分かる。

が、久々に自分の部屋でレコードをかけてみて思うのは、多少、盤が劣化しようとも、やはりレコード針でじかに聴くのが、真っ当な
LPの聴き方ではないかということ。どこかにうっすらと身を削るような感覚があるから、そのひとときへの思いが深まり、よりリアルに
音楽を体験できるのだと思う。

そうそう、ハイファイ堂や愛曲楽器の店員たちも、知識が豊富で頼もしく、対応も気持ちよかった。
またちょっと中古レコード店巡りでもするか。

5月
某日 ハゲのニックにぶっ飛び

ウォッス。ニック・ケイブ&バッド・シーズの4枚組(CD2枚+DVD2枚)のライブ「ザ・アバドア・ブルース・ツアー」
輸入盤を名古屋駅前のタワー・レコードでみつけ、すぐさま購入。まずDVDの映像をみて、ニック・ケイブの頭の髪の薄さにショック
を受ける。額がずいぶんハゲ上がっているではないか!。世界一美しいラブソングを書いた、あの女泣かせが…

だが、音楽の方は超ヒット。2004年に発売された「アバトア・ブルース/ザ・リール・オブ・オルフェウス」の2枚組CDをリリース後
に行われたツアーを収録したもののようだ。その2枚組についてニック・ケイブ本人は「これが俺たちの最高傑作だと思う」と
のたまっておったが、正直、そんなに良いと思わなかった(その前作の「ノクターラマ」は、聴きごたえのある秀作だったが)。
ところがどっこい、このライブ4枚組はすごい。これほど<現代のブルース>を熱く、スリリングに奏でられるアーティストが、いま、
ほかにいるだろうか。一気呵成の繊細にして過激なるミュージック。「すべてを飲み込むブルース」とでも言おうか。

残念ながら日本では発売されなかったようで、雑誌などでも、とんと記事を見かけなかったが、こんな途轍もない作品に反応しない
日本のロックジャーナリズムって、なんやの?


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2006年

2月

7日 高山への行き帰りに、村上春樹の音楽評論集「意味がなければスイングはない」を読む。取り上げられているアーティ
ストは、ブライアン・ウィルソン、スタン・ゲッツ、ブルース・スプリングスティーンなど、僕には特別に関心があるわけではないのだが、
読み始めると止まらない。なんでこのひとの文章は、こんなにスーッと体に入ってくるのだろう。13歳の時、アート・ブレイキー
&ジャズ・メッセンジャーズのコンサートに行ったとある。中1だぞ。行くかな、ふつう?ジャズ狂の叔父さんでもいたのだろうか。
家にあるシューベルトの「ピアノソナタ第17番ニ長調」のレコードやCDを集めてみたら、15枚あったとさりげなく書いてある。
ふへー!いったい、どんなレコード棚なのか。「レコードコレクター」さん、取材してくれえー!


4日 月刊「PLAYBOY」の3月号に、藤竜也のインタビューが。趣味でやっている焼き物についての言葉が、なかなかいい。
「焼き物の魅力って何でしょうか?」と問われて、こんなふうに答えている。

焼き物って妙に毅然として、作った本人でさえ寄せつけないような瞬間があるんです。多分、それって地球の景色なんだと、
僕は思ってる。なぜって、焼き物は土や水、火、さらには微量の金属とか、地球がもたらしてくれたすべてのものを使って
出来上がってくる
わけです。その存在感たるや、「おまえはオレが作ったんだからな」という驕った気持ちがスーッと引いてしまう
ほどだね。その研ぎ澄まされた拒絶感が焼き物に凛とした美しさを与えている。そもそも、モノを作るって人間の業だと
思うんです。人間だけが地球のさまざまな自然や命を破壊しながら、モノを作っている。それって他の命の営みと比べると、
とても傲岸不遜なことですよね。そんな人間に、窯から出てきたばかりの焼き物は「地球が育んでいるのは人間だけじゃないよ」
って語りかけてくる。その拒絶に満ちたまなざしが魅力なんです。


1月

28日 ベートーベン「第九」といえば、何といってもミュンシュ指揮。大学時代に図書館で借りたLPから録音した、その演奏
テープは宝物である。そして、ずーっと長い間、CD盤を探していたのだが、ついに発見!名古屋駅前のタワーレコードで見つけた
2枚組名演集の中に、オー、あった!ほかの指揮者の「第九」はクラシックだが、ミュンシュのそれは、宇宙から響いてくるような
新鮮な響きがある。第二楽章のスケルツォなど、ほとんどロックだ。このCDを買った時、財布を落とし、すぐに見つかるという、何か
の型示し(サイン)のようなオマケもあった。



7日 久々に東京まで映画を見に行った。ボブ・ディランのドキュメンタリー「ノー・ディレクション・ホーム」(マーティン・スコセッシ
監督)を見に。元日にビデオ店で、ディラン主演の映画「マスクト・アンド・アノニマス」を見たのが運の尽き。かっこよさにしびれ、
いてもたってもいられなくなった。吉祥寺バウスシアターに昼ごろ着き、「001番」の整理券を取って、午後3時からの回を見る。
同じマーティン・スコセッシ監督の作品であっても、ザ・バンドの「ラストワルツ」とは趣が異なり、意外におとなしい、オーソドックスな
つくりである。繰り返し出てくる今のディランの表情がいい。あの年になって、これだけ超然とした顔をした男はそうはいない。
ずっと「今」を生きてきて、なお「今」を生き続けている者だけが、ああいう顔を保てるのだ。できるなら、自分もそうなりたいと思った。

2005年

10月
某日 
(久々の書き込み)大好きなアーティストの新譜が続々。ザ・バンドのボックス「ミュージック・ヒストリー」は既にゲット(国
内版1万6499円也)。ニール・ヤングのハーベスト三部作「プレーリー・ウインド」スティービー・ワンダー「タイム・トゥー
・ラブ」
もすかさず購入。さらに、ケイト・ブッシュの12年ぶりの新譜「エアリアル」シネイド・オコナーの復活版レゲエ集「スロ
ウ・ダウン・ユア・アームズ」
サンタナ「オール・ザット・アイ・アム」も、間もなく解禁だ。ウヒャー!イキまくりの秋になりそう。

6月
某日 このところボブ・ディランを聴き込んでいる。1965年のイギリスツアーの若きディランを追った映画「ドント・ルック・バック」を
ビデオショップでふと借りて見たのがきっかけだ。「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー」を、ドノヴァンに語り聞か
せる場面のカッコ良さにシビレた。ディランのアルバムはそれなりの枚数、持っているが、ちゃんと聴いていないのも多かった。遅れ
ばせながら、ディランのほんとうのよさが、やっと分かるようになった感じ。

数日前、「マイルスを聴け」の著者中山康樹氏「ディランを聴け」を買った。「タイム・アウト・オブ・マインド」までの513曲をすべ
て紹介する労作だ。ジャズ専門誌「スイング・ジャーナル」の編集長を務める人だが、畑違いとも思えるディランで、これだけの仕事
をするのは、さすが。押さえるべきところは、ビシッと押さえてるし。文章力はもちろんのこと、ほんとに優れた「聴く耳」を持っている
人だ。ジャケットのディランがあまりにも強面で、買う気がしなかった「インフィデル」が傑作だという。聴かねば。

僕にとってのディランは、「かっこよさ」と、「うたごころ」のひと。

5月

某日 何度も本屋で手に取りながら、いつも棚に返していたパラマハンサ・ヨガナンダ「あるヨギの自叙伝」を、とうとう購入。
じっくり、時間をかけて読んだ。「自叙伝」というが、むしろ「聖人列伝」というべき内容だ。1章1章、展開されるドラマチックな実話の
中に、賢なる言葉や、すばらしい啓示があふれている。これまで出会った中で、最も偉大な本の一つ。再読し、この素晴らしいヒー
ローの意識にアプローチしよう。

某日 大型連休中、混み合う「愛・地球博」会場では「6時間待ちの行列も」とニュース。6時間待って何かを見るという根気と
エネルギーは、とても自分にはないな(ソバ屋の行列も避けるほど)。長時間行列を物ともしない、逞しき人たちに、ただただ感服。

先日、瀬戸の元光来荘マネージャー松崎由美子さん宅で開かれた、「不食」(三五館)の著者山田鷹夫さん=新潟県在住=
を囲む会に参加した。この日の山田さんは「今の世の中、男と女が根本的にうまくいっていないことが大きな問題だ。自分自身のセクシュアリティーを完成させることが大事。セックスは地球を救う!」などと特に性について多く語っていた。その席で、「不食」に続く
新著「断眠〜人は眠らないとどうなるか?」(三五館)をパラパラと拝見し、「まあ、この本は買わなくてもいいか」と思ったのだが、
その後、本屋で見つけて結局、購入した。これがやはり、なかなかのシロモノで、感心しきり。「眠り」をこういうふうに「解読」した人
は、(人類史上)これまでいなかったんじゃないか。天下の奇才にして、超トンデモな警世の書である。「愛」や「性」について書くと
いう次作が楽しみだ。

4月
某日 このところエミルー・ハリス「レッキング・ボール」を愛聴している。癒やし系音楽のコンピレーションアルバムで、
彼女の声がひっかかり、糸をたぐっていったら、この隠れた名盤にたどり着いた。音の錬金術師ダニエル・ラノワのプロデュースだ。
U2しかり、ロビー・ロバートソンしかり、この人がかかわると、とんでないマジックが起きる。最初は少し地味にも聞こえたが、
ひとつ膜をくぐり抜けると、極上の音楽世界が…。特に2曲目の「グッドバイ」がすばらしい。こういうのを聴くと、「やはり、音楽は
最高だ〜」と、つくづく思う。(また迷惑を顧みず、いろいろな人に薦めるぞ)

3月

某日 NHKラジオの朝の番組「わくわくラジオ」をひねったら、山田アナウンサーが投書ファクスを読んでいて、投書者の名前
が「N野としゆく」さんだった。40数年の人生を生きてきて、「としゆき」さんでなく、自分と同じ「としゆく」さんという呼び名に出
会ったのは初めてで、エッと驚いた。「としゆき」から「としゆく」に戻したばかりなので、うれしいシンクロニシティーだった。

1月
某日
 ひょんなことで西原理恵子の「ぼくんち」を再読し、うなる(これはカラーの3分冊で読まないダメ)。1人のアーティストが
世に残すマスターピース(傑作)は、1つあれば上等。2つあったら、大変なもので、3つは、大奇跡だと思うが、この「ぼくんち」
、そういうレベルの作品。

某日 酉年ということで、トリのネタをひとつ。ぞっこん惚れ込んだ、ある女の子と付き合っていた時の出来事。ある朝、仕事部屋
に降りていくと、バタバタッという大きな音が。何が起きたのかと思ったら、ナント、スズメが一匹、部屋の中いるではないか。戸を開
けてやると、外へ飛び出していったが、どう考えても、こんな大きな生き物が入り込んでくるすき間などなく、狐につままれたような
気分になった。その日の夜、彼女に電話をすると、昼間、彼女の勤め先の社員食堂で、ランチを取っていたら、テーブルの下の足元
に、やはりスズメがいたという。何で食堂の中にスズメが舞い込んだのか。これもまた不思議だった。同じ日に起きた、ちょっとミス
テリアスな「スズメ事件」の意味したものは、いまだよく分からない。

某日 年明けから4日までずっと出勤で、その後、少し連休があったが、休みの間、遠出もせず、ほとんど掃除ばかりしていた。
住まい(兼事務所)の掃除と、身の回りの品々の整理。ことしは、この掃除を一大テーマにするぞー!(力むほどでもないが)
知り合いにその話をしたら、「整理をすると、運勢がよくなるそうよ」と、いい話を聞いた。ついでに、「身の回りに、好きなものを
集めるのが、次元上昇のこつ」とも。フムフム、なるほど。心しておこう。

もうひとつ、年が明けて、ふと思い立ち、自分の名前の読み方を、「としゆき」から「としゆく」に戻すことにした。親が名付けたのは、
もともと「としゆく」なのだ。あまり一般的でないので(名字も変わった読み方だし)、大学に入るころから、自分で読み方を変えたの
だが、何となく「元に戻そう」と思ったのでした。(いざとなると、いろいろ手続きがあって面倒くさいことも分かったけど)

2004年


12月
某日 クリスマスは(まあ、仕方なく)贈り物用の音楽テープ作りですごす。
さて、今回は…
<A面>
ジャン・ピエール/マイルス・デイヴィス
ペイガン・ポエトリー/ビョーク
ロンリー・ハート/ニール・ヤング
アクアマリン/サンタナ
サムタイムズ・ユー・キャント・メイク・イット・オン・ユア・オウン/U2
ミステリー・トレイン/ザ・バンド
ゲットアップ・ジェイク/ザ・バンド

<B面>
ジョイ・インサイド・マイ・ティアーズ/スティービー・ワンダー
ザ・シップソング/ニック・ケイブ
ボーイ・イン・ザ・ウェル/REM
スコーン・ノット・ヒズ・シンプリシティー/シネイド・オコナー
イン・ザ・ブラッド/ロビー・ロバートソン
ラッキー/レディオヘッド
ア・リマーク・ユー・メイド/ウエザーリポート
ワット・ア・ワンダフル・ワールド/ルイ・アームストロング

というラインナップだが、それにしても本当に優れた楽曲は、いつ聴いても「鮮(あたら)しい」。そのことがすごいと、あらためて思う。

某日 ワッハッ、もう12月だ。で、11月は何をやっていたんだ。森田健さんの新著「運命を変える未来からの情報」に、
オオッと感激し、ウォン・ウィン・ツァンさんのコンサートに行き、ハチャメチャな映画「天国は自分でつくるもの」を見て、それなり
に濃〜いひと月だった。U2の新譜も出たしね(←ちょっとがっかりだったけど)。月末には、久々に仕事で東京へ行った。ついでに
俳人にして一流の編集者である齋藤慎爾さんの労作「二十世紀名句手帖」のシリーズ完結祝賀会も覗くことができました。
この時、東京の新宿・紀伊国屋書店で買った本「不食〜人は食べなくても生きられる」(山田鷹夫著)は、なかなかです。

10月
12日
 今月号文芸春秋の特集は「新・冠婚葬祭入門」。この中に、永六輔さんのちょっとい い文章(口述)が。亡くなった大事な
人とのことで、こんなふうに書いている。

「死んじゃった」んじゃなくて、「そこにいない」だけだと思うんです。別にオカルトを信じているわけじゃなくて、現実に電車
のなかや人ごみのなかで、親父 や中村八大さんの気配を感じることがよくあるんです。ふっと振り向けば、そこ にいるんじゃないか
と思う。 だから女房が死んで一人暮らしになってからも、しょっちゅう家に電話しています。当然、だれも出ないけれど、出たらどうす
る。驚くぞ、と思いながら。 そう思いながら電話するのが面白い(笑) 出るかもしれない、だれが出ないって決めたのか。 そう思わな
いと……寂しいじゃない。

2日 民放のテレビ番組で、FBI超能力捜査官ジョー・マクモニーグルの驚くべき能力の特集をみる。リモート・ビューイング
達人だ。日本語で言うと遠隔透視。過去も透視する。いわゆる宇宙情報の源にアクセスするのだろう。「こうした能力は、本来、
だれもが持っているもの」というメッセージは重要だ。遠隔透視中のマクモニーグルの脳を、多数の電極を頭に取り付けて調べた
ところ、夢を見る時に働く部分が、非常に活発に活動していた、という解析部分が興味を引いた。「夢見」「超能力」は、やはり
つながっているのだということが分かる。

9月
30日 $#回目の誕生日。長久手町のスピリチュアル情報発信基地「光来荘」休館の記念ライブへ。思ったのは、「やはり、
音楽が一番だ」ということ。いろいろ事情はあるようだが、光来荘がなくなるのは、ほんと残念。

8月
2日 「ソトコト」からのこぼれ話を、もうひとつ。稀代のメディスンマン、われらがローリング・サンダーは、意外に整理整頓が
苦手だったという。音楽家の細野晴臣氏がエッセーの中で書いていた。作家の北山耕平さんが、ローリングサンダー宅を訪ねた
時、意外に部屋の中は、ちらかっていたのだとか。いつも身の回りは最低限のモノを置くだけにしておくことが、インディアン的な
生き方だと言いながら、最高のメディスンマンの家も雑然としていたという、ちょっと笑えるエピソード。「ジャンクフードも好きだった」
と。オイオイ、ジャンクフードはいかんぞ、ジャンクフードは。

1日 久々に雑誌「ソトコト」を買ったら、いくつか引っ掛かるコラムが。一つは慶成会老年学研究所長黒川由紀子さん
「101歳の誕生日に」。ある101歳の男性の体との向き合い方。95歳の時、検査で白内障や緑内障が見つかったが、「目が
見えなくなったら、その時手術をすればいい」と大らかに構え、いまだに新聞の字も読める……という話がいい。

もう一つは、作家谷崎テトラさんの「太陽の食事、ピースフード」と題するミニコラム。水を飲むほかは何も食べずに何年も生きて
いる人の話が興味深い。

7月

20日 今月9日、名古屋駅前の中小企業センターで観た「ガイアシンフォニー第5番」の試写を観た。ちょうと試写会の会場に、
同映画のナレーションをやっている榎木孝明さんが来ていて、映画の後、舞台に上がり、「前世療法」の話をした。何でも独自の
そちら方面の勉強をして、今では自分が催眠誘導をし、90%の人に過去世を見せてあげられるのだとか。ぜひ一度、見てみたい
ものだ。もちろん、体験も。

★15、16日と取材で金子みすゞの故郷、山口県長門市仙崎を訪れた。みすゞの家を復元した記念館の前で、「みすゞこうぼう」
というライブ小屋を開いているシンガーソングライターのもりいさむさんに、お世話になった。もりさんは「人間は金や地位や名誉
や名誉のために生きているんじゃあないってことを、証明したい」
と言っていた。その「証明したい」って部分に共鳴する。少し
言い換えれば、「証しを立てる」ってことだ。どう証しを立てるか。そこなんだよなあ。

1日 早いもんで、月が変わってしまった。行くべきか、行かざるべきか、というほど大げさでもないが、近く東京・武道館である
山本寛斎のスーパーショー「アボルタージュ」。どうしようかなあ。寛斎さん、大好きなんだけど、出演者がどうも、ひっかかって
こんのだよなあ。

★最近、ある雑誌に載っていた人気ビデオギャル夏目ナナの言葉。ビデオ出演の理由を問われて〜「究極的なことをすることに
よって人生経験が増えて、まだ見えない自分が見つかるかなと思ったからや。
私、ナルシストやねん。自分にはもっといろいろ
なモノがあると思ってるから、エッチ嫌いやけど飛び込んでみるのもいいかなと思ったわけや」。なかなかエエ言葉やね。

6月
3日 週末に大阪の河内かぼちゃの家で、初めてのスエットロッジを体験した。ネイティブアメリカンの大事な儀式のひとつだ。
丸いテントの中へ、真っ赤に焼いた石を持ち込み、ワッと水をかけてスチームサウナのようにする。温度は90度から100度にもなる。
参加者は、体の深奥から汗を搾り取られ、途中、たくさんの水を補給して体内を浄化しつつ、インディアンソングをを歌い、それぞれ
の祈りや願いを分かち合う。マザーアース・エデュケーションの松木正さんが指導してくれた。スタッフも皆、純心で、気持ちのいい
若者ばかりだった。

スエットロッジは、ひとことで言うと「素(す)に帰る儀式」だ。僕自身は、素に帰ると言うには、まだほど遠かったけど、何にせよ、
面白い体験だった(最後は、あまりの熱さに、身の危険を感じるほどだったけど)。意識の変容のすべについて、いろいろなヒントを
もらったように思う。


5月
13日 「俳句界」4月号に出ていた詩人飯島耕一のいい言葉(2002年9月号よりの一部抜粋)
文学の世界は、どんな過ちも、どんな罪も、取り返しのつくものなのです。そうでなければ詩や文学などあり得ないと思うな。
どんなマイナスでも、どんでん返しのようにプラスに転化できる。正確にしなければいけないのは科学の世界で、文学には間
違いすら許される。『汚辱を聖なるものに変えることができる』というのが文学、とりわけ詩の世界なんです」

勇気を与えられる言葉だ。「俳句界」という雑誌、なかなか読みでがあるのだけど、盗作問題ばかりやっているのが少し難。

1日 滋賀の「ありがとう村」を初めて訪問。カムナガラの道の真髄を生きるありがとうおじさんは、何度もテープで講演を聴き、
イメージしたそのまんまの人だった。その分、強烈なインパクトはなかったが、要するに僕はこの人から頂くものは、もう十分に頂い
ているんだと思った。みんなが集まった部屋に、おじさんが最近書いたと思われる短い文章を印刷したものが置いてあり、手に取っ
て読むと、「エッ、ありがとうおじさんでも、こんなことを言うの?」と驚くような文面もあった。でも、まあそれは些細な部分で、おじさん
が言いたかったのは「いつまでも私の本を読んだり、テープを聴いたりして、喜んでいても仕方がないのだよ。それより、ほんとうに
感謝の真祈りを実践する人になってほしい」というものだった。


4月
30日 ほんとうに久々に、繰り返し聴けるCDに出会った。ニック・ケイブ「ノクターラマ」。彼の新譜は無条件に買うのだが、
最近、ロック雑誌を読まなくなった(「ロッキン・オン」が肌に合わなくなった)ので、このアルバムが出たことを知らなかった。「ガイア・
シンフォニー」の音楽もやっている長屋和哉さんがメールマガジンで教えてくれたのだ。すごくよい。かっこいい。ニックケイブという
おっさんは、たいしたもんだ。こんなふうに音楽を聴くのは久しぶり。輸入盤で買ったので、ボーナストラックが3曲入っている国内盤
をネットショップで注文してしまった。昨日、ビデオで見た「アメリ」もよかった。こんなふうに映画を見たのも久しぶりだ。

20日
 新聞のスクラップをしていたら、タレントの岡部まりさんのインタビューに遭遇。「Ryu’sバー」の時代から、彼女のファンで
ある。「この20年間続けてきたのは、映画を見て、音楽を聴いて、自分がどういうイマジネーションを持ったかというこを語り、書き、
紹介すること」で始まり「自分というメディアを作りたいんです。本当にいいものを誰かに伝える役目。一生続けられると思っています」
でシメ。

「自分というメディアを作りたい」というのは、いい言葉だ。

「なぜ1人(独身)か、ですか?人生の優先順位の一番に恋愛や結婚がこなかった…」。ここのくだりは、ちょっと本当ではないな。

17日 名古屋・西区の善光寺別院願王寺で、スーザン・オズボーンのコンサート。中部ガイアネットワークの皆さんがボランテ
ィアで支えていた。コンサートの前に、龍村ゆかりさん、江場康雄さん、さとう・うさぶろうさんがスーザンを交えてトーク。
そこで交わされるポジティブな言葉や柔らかなバイブレーションに触れ、わが身の荒々しい波動を顧みて、「アー、自分もあちら
側へ行きたい」
と痛切に思った。ゆかりさんは、ガイアシンフォニーの龍村仁監督のパートナー。江場さんは、中部ガイアネットワ
ーク代表で医療福祉関係の国際的な事業家。うさぶろうさんは、ヘンプなど自然素材を生かしたオーガニックな服飾を手掛けるデ
ザイナー。

「あちら側」というのは、自分のビジョンをしっかりつかみ、マイナスの事象に振り回されるのではなく、プラスの波動をキャッチして
ひとつ一つ形にしていく道を、胸張って、着実に歩む人たちの側…ということデスネ。

2日 久々にゴジカラ村訪問。村長の吉田一平さんと会うと、やはり元気になる。常に新しいものを追い掛けてきた人ならでは
の独特の香りがある。大きなことをやろうとしているので、お金の苦労もつきまとうが、五島エミさんから言われた、こんな言葉が
励みになっているそうだ。

「お金を集めるのは技術。けれど、お金を使うのは芸術。だから、一平ちゃん、あなたは芸術家よ」。

「お金を使うのは芸術」か。なかなかいいなあ。


2月
13日 一度、書き留めておきたかったのが、ベストセラーになった「バカの壁」(養老孟司、新潮新書)で感心した部分。
まず、万物が流転し、人も物も変化し続ける中で、流転しないものがある。それが「情報」だという指摘。唯一、「情報」の中に、
永遠に残るものがあるというのだ。永遠に残る情報と言えば、やはり芸術や文学などが浮かぶ。つまり、ここで言われているの
は「コンテンツ」の重要性である。いかなるコンテンツを作るか。それが今、大きく問われている。

もうひとつ、養老さんは、ワークシェアリングに触れ、「我々は、何をどうシェアすべきかを真面目に考えるべきです。これは所得
再配分というふうに言い変えてもいいのですが、それだけではなくて仕事の配分をしなくてはいけない」などと言っている。あまり
踏み込んでいないのが残念だが、核心を突いた部分だ。世の中、リストラ、合理化、統合で、「勝ち組」と「負け組」に分断し、「勝ち
組」のパイを守ることばかりに汲々としているが、ほんとうは「何をどうシェアすべきか」を考えなくてはいけないのだ。


9日 NHKのクローズアップ現代で「統合医療」の特集をやっていた。西洋医療と伝統・代替医療のよいところを組み合わせた総
合的な医療だ。番組では自然治癒力のことを、「患者自身が持っている治る力」と表現していた。インタビューで登場した統合医療の
提唱者でアリゾナ大学教授のアンドルー・ワイル博士は「体の中には、ヒーリング・アビリティーズ(治癒力)を呼び起こすさま
ざまなスイッチがある」と説いていた。そのスイッチを押して、治癒のシステムを働かせることが大事だと。「統合医療」の広がりに期
待し、注目したい。

5日 相変わらず時の過ぎるのは早いなあ。もう2月だもんな。先日、ある空手の有段者と飲む機会があり、その席で教わったこと。
「平常心」を保つにはどうするか。人間の心は「驚・恐・疑・惑」の順番で揺れ動くのだそう。「驚く」→「恐れる」→「疑う」→「惑う」
の順番ね。で、「平常心」を保つには、最初の「驚く」のをやめればよい。つまり、何があっても「驚かない」こと。これはなかなかいい
アドバイスというか、よいツボだと思いました。

1月
10日 図書館で宮沢賢治の童話集と橋本多佳子大西泰世の句集を借りてきたよ。賢治は「学者アラムハラドの見た着物」
が入っているやつ。この作品を読むため。多佳子は「七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ」「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」
などの句がある人で、僕の一番好きな女流俳人。大西泰世は、第三句集「こいびとになってくださいますか」。あまり句集らしく
ない体裁が気に入ってね。「文庫ヤ」というスナックをやっているらしい。エロティックな「身を反らすたびにあやめの咲きにけり」
がやはり秀逸。表題になった「こいびとになってくださいますか吽(うん)」という作品もあるよ。最初は川柳の人だとか。

1日 
さすが元旦、と思わせるほどきれいな初日の出を近くの公園の展望台から拝謁。そして、「ぜひ見るべき」と薦められていた
「ラスト・サムライ」を映画館で観て、自宅に戻ってから、借りてた映画「運動靴と赤い金魚」(マジッド・マジディ監督、97年
イラン)
のビデオを観たよ。「ラスト・サムライ」は、想像していた通り、たいそうアメリカ的なつくりで、途中で寝てしまったけど、終わ
りの方は、まあ悪くないな。「運動靴〜」は、小さな奇跡を描いた映画だね。純真な子どもたちの心情が痛々しいほどに伝わって
きた。…で、ことしのテーマは決まった。「サムライ」「奇跡」でいこう。



2003年

11月
13日 いつのまにか霜月なんですね。もう月も半ばだ。さて、このあいだ、あるところで、ある本とCDを買ったら、定価がなくて、
「自由価格」だった。「ご自分で値段を決めてください」というわけ。「エッ」と声を上げるほど驚いたなあ。でも、未来はそんな
値段の付け方が、ひょっとするとふつうのことになるかも、なんて思った。ただ、この「自由価格」というやつ、原価が分からないので、
いざとなると当惑する。まあ、一般的な商品を思い浮かべればよいのだろうけど。やり方に少し工夫がいるのでは。


10月
26日 最近ね、静岡の音楽家で俳人でもある五島エミさんが、アメリカの俳句グループに招かれ、俳句をピアノで弾き語る
コンサートをやり、大学で芭蕉論の講演までしてきたんだよ。で、アメリカやカナダでは、優れた俳句には「ハイクモーメント
(俳句的瞬間)」
が備わっていると言うらしい。そこで、「ハイクモーメント」ってなんだ?としばし考えて、こんなふうに思った。
「ハイクモーメントとは、一瞬に永遠をみること。俳句の基本である写生は、その一瞬をとらまえることである。その一瞬を巧みにとら
えた句に出逢った時、人は小さな祈りへと誘われる。ただ祈らずにはいられない。そんな気分に自然となるんだ」

18日
 出雲から帰って、まあ、いろいろあったんだけど、特にでっかいのが、ありがとうおじさんとの出会いだった。といっても、
まだ講義録の音声による出会いだけどね。琵琶湖の近くの「ありがとう村」というコミュニティーに暮らすというこのおじさんについ
ては、前から噂はよく聞いていたけど、正直、ちょっと奇抜な人というイメージがあった。でも、名古屋で開かれたおじさんファンの集
いで手に入れた講義録のCDを聞き、まったくたまげた。「世の中には、こんなスゴイおっちゃんが、おったんや!」と。おなかに強烈
なボディーブローを受けたような感じだ。できれば一緒に、ありがとう村へ行こう。

14日 
長野の彗星探索家、木内義彦さんのセミナーが名古屋駅前の中小企業センターで開かれたので、行ってきたよ。といっ
ても、かなり遅れて行ったので、話を聞けたのは終わりの方の一時間ほど。でも、地に足の着いた、現実変革の意思がみなぎる話
に感銘を受けたなあ。

ひとつ、特に印象に残ったのは、ハワイのあるガン患者が、木内さんが作った「太古の水」を飲んで、病気そのものは奇跡的に治っ
たのに、医師が「あなたはあと3カ月の命」と宣告していたために、3カ月目には死んでしまったという話。それだけ医師の言葉という
ものは重いんだ、ということだね。病気とは何か、医療とは一体何かを物語る非常に興味深いエピソードだと思うよ。

12日 ついにギブソンJ―45(新品)をゲットしたよ。安城のメイヤという個人のギターショップで(とても親切)でね。音は想像
していたよりずっと柔らかく、素晴らしい。やはりいいギターは違うね。これで好きな歌をどんどん歌い、大地や、宇宙とつながろう!

8日 ネットワーク「地球村」高木善之さんの講演を、4年ぶりぐらいで聞きました(弥富町)。新聞記事などで明るみになった、
非常に重要だけど、つい忘れ去られがちな事実やデータを組み合わせて、問題の核心をえぐっていく「高木流」の分析手法に、あら
ためて感心です。「私たちはふだん、地球という惑星に住んでいるのだということを忘れている」「今の私たちは、経済発展というひと
つの宗教に染まっているのではないか」…。折しも世の中は総選挙だけど、この「宗教」に染まっていない政治家は、皆無に近いで
すね。

6日 久米宏のニュース・ステーションのオープニング音楽に、U2が使われているのに、きょう気付いたよ。
アルバム「ヨシュア・トゥリー」から、「ホエア・ザ・ストリーツ・ハブ・ノー・ネイム」。偽りのない音楽にマッチした本物のニュース
を期待しよう、と言っておこう。(これが新曲だったら、もっとすごいけどね)

5日 出雲の出雲大社では、幸魂(さちみたま)とか、奇魂(くしみたま)とかいった言葉に出会った。そこで、ちょいとお勉強だ。
神道では、人は神の分けみ魂(たま)であり、直霊(なおひ)という一霊と、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂、奇魂
四魂(しこん)でできているといわれる(一霊四魂)。
で、順番にいくと、荒魂の本体は「勇」で、実行力や、忍耐力などの要素を、和魂の本体は「親(しん)」で、友情や夫婦愛、恋愛
などの要素を、幸魂の本体は「愛」で、物を生み、進化させ、育てる要素を、奇魂の本体は「智」で、観察力や知的覚り、霊的悟り
などの要素を表すのだそうだよ。ふーむ、なるほど。分かった?僕も勉強になりました。

4日 えー、今日は大安で、いよいよ新車(bB)がやってきたよ。見た目はこぢんまりだけど、中は結構ワイドで、乗り心地グッド。
「正解!」という感じです。11年間も走ってくれた前のサイノス君、ほんとにほんとに、ごくろうさんでした。
ついでに今日は、安城市まで足を伸ばし、「Maya」というギターショップでギブソンのギター購入の予約もしてしまった。
J―45の新品だ。夫婦二人でやっているこのお店も、あったかい雰囲気で、いいおつきあいができそうな予感・・

1日 マイ・バースデー(9月30日)を前に行った出雲鳥取への旅は、ほんとうに大きな大きな旅だった。
 東日本の病院で、50代の男性が輸血からエイズ感染した疑いが強くあるとの記事。1999年、献血時にNATという検査
が導入されて以来、初めてのケースになる可能性がある。ショッキングなニュースだ。ここにもまた、現代医療の盲点が。

8月
某日 作家の五木寛之氏が朝日新聞の連載エッセイで、俳句を題材に。戦前の新興俳句運動に携わった俳人たちは、西東三鬼
など幾人もが、いわゆる危険思想者として警察に捕まったのだとか。一見、おとなしく思われる俳句にも、そんな過激な歴史がある
んだなあ。オチは柔らかく、「オッバイが先に出てくる街の角」というシベリア抑留兵作の句を挙げて(本当は五木氏本人が作っ
たんじゃないか)、「これは絶対に初夏の句だ」とモノ申していた。

7月
某日 7年前にお笑い芸人をやめて、画家になったジミー大西が登場するNHKの「にんげんドキュメント」に、いたく感動。
誰を師とするのでもなく、自分の感性だけを頼りに、右往左往するプロセスを楽しみながら、本当にやりたいことに命を燃や
す生きざまが素晴らしい。彼がたまたまバラエティー番組で描いた絵を見て、その天分を見いだし、手紙を送って激励してく
れたのが、あの岡本太郎だったという。

某日 人気哲学者の池田晶子がNHKテレビに出演し、「なぜ人を殺してはいけないか」について話す。

「まず、『なぜいけないか』ではなく、『なぜ人を殺すのは悪いと思うのか』と問うべきだ。 すると人は、言葉以前に、
『善いこと』と『悪いこと』を、実は自分たちがちゃんと知っていることに気づくに違いない」

「一人ひとりの人間が宇宙だという考え方がある。その考えに立つことができれば、「私」も、「あなた」も、同じ宇宙であり、
決して別々の存在ではなく、同じものだという真実に気づく。つまり、「あなた」を殺すことは、「私」を 殺すことと同じなのだ」

6月
某日 SARS(重症急性呼吸器症候群)について、ホリスティック医学的な見方をするとどうなのかを考える上で「週間現代」
6/14号
渡辺淳一氏のコラムが少し参考になった(ふだん、彼の文章を読むことは、ほとんどないが)。一つには、「多分、
昔ならコロナウイルスが体内にとりこまれても、軽い風邪程度ですんだのが、いまの人間たちは一気に激しく発熱し、
呼吸困難をきたす体になってしまった」
のではないかという指摘。もう一つは、ハクビシンが最近、美味の食用肉として人気を
集め、ここ数年来、人工飼育が行われるようになったらしく、その際に、「動物商たちが捕らえて殺した他の動物の肉や骨粉
などを与えていたのではないか」
という疑問。つまり、狂牛病を引き起こしたあの肉骨粉の問題がここにもあるかもしれないと
いう、うがった推測である。今コラムの題は「SARSも人間がつくったもの」

5月
某日 
ガンに愛を送って奇跡的な治癒を果たした寺山心一翁さんと、ユダヤのピアニスト、ダフナ・ラファエルさんのコンサート
(於・長久手町文化の家)。寺山さんは、著書などからイメージした通りの人。「ガンに愛を送ったら、眠れるようになった。さらに愛
を送り続けたら、小さくなって消えてしまった」「私は自分の体験を通して、放射線や抗ガン剤によるガン治療は間違いであることに
気づいた。私の知る医師も、自分の家族がガンになったら、放射線や抗ガン剤はやらないと言っている」・・・。
答えはひとつ。「愛を送る」こと。そう、愛を送ろう。

4月
某日 NHKラジオの「私の本棚」で紹介されていた「いのちのバトン」(志村季世恵著、岩崎書店)がすばらしい。東京・世田谷
に「癒しの森」を開設するバース・セラピスト志村さんの体験記的な文章。朗読した女性アナウンサーもよかった。ラジオで聴いたの
は、第一回と最終回だけだが、どちらも涙があふれ出た。こんなふうに、平易で美しい言葉で、深く、「いのち」を語れる人がいるなん
て。こんなふうに、「いのち」を語りたいものだと思う。

某日 写真週刊誌がイラク戦争で誤爆を受けて母親を亡くし、片目を失った幼い少女の顔写真をアップで載せていた。今、イラク
で起きていることは、本質的に、かつてアウシュビッツなどで起きたことと変わらない。国家、あるいは狂ったリーダーによる罪なき
人たちの大量虐殺である。国家による殺人は、なぜ正当化されるのか。(残念なことだが、この惑星はまだ、この極めて荒い
波動のレベルにある)

「SIGHT」最新号が、超大国主義的なアメリカの価値観に異を唱える発言で注目を集める言語学者ノーム・チョムスキーの発言を
載せている。「戦争は根本的に悪であり、人道に反する」。だから反対するのだと。いつになったら、このあたりまえの言葉が、
あたりまえとなる世の中になるのだろう。

3月
某日
 フォトンベルトについて書かれた「リセット」(ガイア出版)の著者渡辺延朗さんの講演会が光来荘(愛知県長久手町)
であり、参加。会場はあふれるほどの盛況だった。間もなく地球はフォトンという光の帯に突入するという。そうすると、(渡辺氏など
が言うように)ほんとうに天地がひっくり返るような異変が起きるのかどうかは、よく分からないが、天文学的現象から見ても、何か
の大きな変革期を迎えていることは確かなのだろう。
ことし5月には、「惑星X」が地球の近くまで飛来し、それが「見える人と、見えない人とに分かれる」という話もあった。
が、そんな形で人々を「選別」するのは、ちょっとズルイのでは・・・

2月

某日 大東京のキキさんの案内で、東京・西荻窪のニューエイジ情報発信基地「ほびっと村」、フリマボックスショップ「ニヒル
牛」
と、スローライフ文化を世に広める国分寺の「カフェ・スロー」を見学。新しい時代の風を、心地よく浴びる。この3つを1つに組
み合わせたような場所を、自分でもつくってみたいもんだ(・・と妄想を抱く)
「ほびっと村」の本屋さん「ナワ・プラサード」は、やや手狭ながらもなかなか充実した品ぞろえで、「環太平洋インナーネット紀行」
(星川淳、NTT出版)や「聖なる旅の教え」(エリコ・ロウ、扶桑社)などを購入。

1月
某日 友人のあまつ・みこに教えてもらったのだが、「通販生活」2003年春号に、「いまどきの若者はだらしなくないぞ」の
特集があり、自分たちが投票したいと思う人を政治家にする活動に取り組んでいる若者たちのNPO「ステイツマン」の記事が
出てる。また、30日の全国紙朝刊には、松下政経塾OBらによるグループ「日本フロンティアの会」(小田全宏代表)が,今春
の統一地方選で、「脱組織型挙、地域主権」の統一候補を擁立するという記事が出ていた。最近の政治には、何ともいえない沈
滞ムードが漂っているが、たまにでもこんなトピックと出会うと、少しホッとする。

某日 「半農半X」という農業と自営的な仕事を組み合わせた新しいムーブメントを記事に書いた。昨年暮れ、愛知県長久手町
にオープンしたオーガニックカフェ「畑にいこう」を取材し、それをベースにした内容だ。この言葉には、どこか覚醒の匂いがある。
いつか自分も、そのライフスタイルを実践できれば・・というあこがれもジワジワととわいてくる。

某日 新年のわが一句は、これ。 「太陽の 明け初めてよし やじろべえ」
「よし」は、英語でいうところの「エブリシング・ゴーズ。ウェル」。
すなわち、このホームページの根っこのテーマである宇宙を貫く「すべてがよくなる法則」を暗示している。

2002年
12月
某日 
久々に痛快な読み物だったのが、糸井重里氏と池谷裕二氏の対談「海馬」(朝日出版社)。「俺はどうして、こう
モノ覚えがよくないだろう」と思っている身とてして、読後、ちょっとだけ頭がよくなった気がする。が、もちろん気のせいだ。
でも、この本の内容を煎じ詰めれば、本当に頭がよくなる方法が得られそう。

某日 アウシュビッツを奇跡的に生き抜いた思想家ヴィクトール・E・フランクルについて書いた「フランクルに学ぶ」(斉藤
啓一
著。日本教文社)に感動。フランクルのことは、ずっと気にはなっていたのだが。「人生が私したちに期待しているのだ」
という哲学の、何とすばらしいことか。名著の誉れ高い「夜と霧」も購入。

11月
某日 長久手町の「ゴジカラ村」で、静岡在住の音楽家五島エミさんを招いた「常楽のつどい」を開催。会場に、これ以上
はないと思われるほどピッタリの人の集まり具合で、エミさんも気持ちよく演奏された。学び多き、実りある会になった。

9月
某日 岐阜県加子母村で開かれた環境音楽家長屋和哉さんの演奏会に足を運ぶ。ガイアシンフォニーにも音を提供している
アーティストである。深遠な音のさざ波は、なかなか心地よかった。自分のイメージから浮かぶ音を重ねながら聴いた。天上の
中秋の名月も、大きな円環をたたえ、とても幻想的だった。

8月
某日 「メイク・ア・ウィッシュ」という難病の子どもたちが胸に抱く夢の実現をサポートするボランティアがある。先日、ラジオ
番組に出演していたその会の代表の話を聞いて、清水美緒ちゃんという12歳の女の子が、この世に遺していった「いちばん
大切なもの」
という絵本を取り寄せた。のほほん村の仲間たちの冒険と友情を描いた心温まる物語だ。
逆境にもへこたれず、夢を追うこと、命を燃やすことの大切さを実践し、多くの人に生きることの意味を教え伝えて、少女は逝った。
人生は、長さばかりではない。何十年と年齢を重ねていても、彼女のように生きられる人は、多くはない。

7月
某日 「岡本太郎の東北」(毎日新聞社)を、パラパラと繰る。石川啄木と、宮沢賢治について論じるくだり。
啄木なんて、発想は単純だし、詩とはいえない」
賢治はまだマサ目のとおった素材そのもののよさにふれる感じだが、それだけだ」
先入観にとらわれない太郎の眼力に、うなる。

「そういう素朴さを一ぺん通り越し、否定した上で、再び堂々と表現の問題にたち帰ってくるのでなければ、芸術とはいえない」
と続く。これぞ、太郎節というやつだ。

某日 夕刊紙に、三菱商事のマネージャーから、43歳でローソン社長になった新波剛史氏のインタビューが載っていた。
「店は個性があるべきです。夜、タクシーやトラックの運転手さんが寄る店は、極端に言えば、北島三郎をガンガン流してもいい」
コンビニの個性化には、大賛成。多少の合理性を省いた部分まで、個性化できれば、たいしたものだ。

6月
某日 「アエラ」臨時増刊「安全が食べたい」。いろいろ興味深い内容があるが、食品関係の専門家による座談会で、
デパ地下の厨房に関するくだりは、かなりおぞましい。「一度、夜中に地下の厨房に物を置いてから帰ろうとしたことがあった
んです。もう閉店してますから電気が消えてたんですが、エレベーターが開いた瞬間、ガサガサガサーッと音が聞こえて、
黒い物体がざーっと動いていく
」・・・。ゴキブリである。どのデパ地下も似たり寄ったりというが。うーむ。

食品の安全性にこだわるスーパーを営む大近社長、伊藤賢二さん「家族に食べさせたくないものを作るのは小売業の
本義にもとる
。添加物なしで作れないなら、工場を閉鎖する」と言って昔、現場にゲキを飛ばしたという話も、強く印象に残った。

某日 断食や少食の優れた指導者として呼び声の高い大阪・八尾市の医師甲田光雄さんが、NHK教育テレビのインタビュー
番組に出演。サービス精神おう盛で、断食、少食というストイックな話題でありながら、なんとか笑いのツボをおさえようとする
姿勢は、さすが関西人。少食が遺伝子をオンにすることを、クローン羊ドリーの例もひいて、わかりやすく解説していた。

某日 少し前にNHKのみんなのうたに流れていた「童神〜天の子守唄」(歌・山本潤子)がよい。沖縄は、ほんと、旬だ。
そして先月下旬に国内リリースされたザ・バンド「ラスト・ワルツ」完全版。オールド・ロック・エイジにとっては、ちょっとした
事件である。ロック史に残る奇跡的な名ライブ。ドクター・ジョン、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、ニール・ヤング、ヴァン・モリソン
といった目のくらむゲスト陣と織りなす全54曲の至福の音楽。

プロデュースをした元ザ・バンドのギタリストにして、米ロック界のカリスマ、ロビー・ロバートソンは、ある雑誌のインタビューで、
「ラスト・ワルツ」後について、「ライブパフォーマンスで偶然に起こる奇跡を、私はレコーディングスタジオのなかで起こし、
作品として、再生できるものとして記録させておきたいんだよ」と語っている。期待の次作も、ネイティブ・アメリカンとのコラボ
レーションになるようだ。

5月
18日 ゴジカラ村で「常楽のつどい」を開催。目覚めた意識を伴って草の根運動を繰り広げる10数人が集まり、ニューパラダイム
のキーワードを洗い出し、さらに新しい世の中をかたどるビジョンを生もうという趣旨。だが少し欲張りすぎで、不完全燃焼。おのれの
力不足を実感。とはいえ、多くの学びを得た(だいたい人は、失敗からより多くを学ぶものだ)。参集いただいた皆さんに感謝。

ちなみに、案内状に例としてしるした「変革のキーワード」は、
未来食、マクロビオティック、ホリスティック医学、統合医療、千島学説、フリーライセンスドクター、虹の戦士、ヴィジョン・クエスト、
J・DNA(日本の遺伝子)、ヘンプ、自然エネルギー、有機農業、農都共生、フェアトレード、ガイアシンフォニー自主上映、地域通貨、
エコマネー、なーも、時間券、木文化、コミュニティービジネス、コミュニティーバンク、自給自足文化圏、縄文、かむながらの道、
マハーサマーディー(大往生)、自然葬、ナチュラルバース、アンチエイジング、腹式呼吸法、ベーリー・オーディナリー・ピープル、
13の月の暦、右脳教育、金子みすず、環太平洋文化圏・・・

4月

13日 奈良・吉野の天河弁財天社で催された「ガイアシンフォニー第4番」奉納上映に参加。天河は噂にたがわず、すが
すがしい清浄の気に満ちた場所だ。樹齢1300年という天然記念物の大イチョウには圧倒された。「第4番」は初めての鑑賞、数
々の言葉に打ちのめされた。ガイア理論の提唱者ジームズ・ラブロックの「組織に頼らず、個を確立せよ」、版画家名嘉睦稔
「自然の大きな力には抵抗するな。委ねよ」といったメッセージは、現在の社会状況とシンクロし、実にリアルで示唆に富む。

3月
某日 愛知万博総合プロデューサー泉真也氏の講演を聴いた(長久手町文化の家にて)。
「昨年の9・11(同時多発テロ)の前と後で、世界はまったく変わってしまった。あの日以降、わたしは博覧会のつくり方を全く変えよう
と決意した。国家も宗教も哲学も、それだけでは何も役に立たない。それをこえるのは『地球市民』だ。わたしは愛知万博で、そうした
『地球市民』のひとり1人が、友達になれる舞台をつくろうと思う」
なるほど。異論はない。が、どうやってそういう舞台をつくるのか。そこが問題だ。

2月
某日 深夜、音楽家の五島エミさんより電話があり、よい話を聞いた。
ブッダ「常楽」「常に楽しみなさい」と言った。やはり、そうだったのか、という感慨を覚える。
そして、イエス「一日に8回喜びなさい」と言った・・という。

某日 ソルトレイクシティー五輪の開会式で、ネイティブアメリカンの歌と踊りのパフォーマンスがあった(ラジオで聴いた)。
そこで使われていた音楽が、米国ロック界のカリスマ的存在ロビー・ロバートソン(元ザ・バンドのギタリスト)によるものだったので、
大いに感激する。インディアンの血が流れる彼が、ロックとネイティブとのコラボレーションを図った「コンタクト・フロム・ジ・ワールド・
オブ・レッドボーイ」は、聴かずに死ねるか!的な傑作だ。

1月
某日
 今の世を見抜いた船井幸雄氏の新著「断末魔の資本主義」(徳間書店)を本屋で見つけて購入。「宇宙の意思が
資本主義をハードランディングさせるプログラムを着々と推し進めている」と指摘している。多くの人が、同じような予感を抱いてい
るのでは。共産主義の崩壊の後は、資本主義の崩壊・・・。その先に現れるのは、何主義か。いざ立て、ニッポン。

某日
 中村天風の医療観について書かれた「生命活力の哲学 中村天風随聞記・治病篇」(おおいみつる著、春秋社)に感銘。
発熱や下痢などは体の毒の排泄作用であり、たいへんありがたいものであることを指摘している。現在のホリスティック医学
の原型とも言えるだろう。50年余り前の講演のまとめだというが、病気というものの正体について、これほど分かりやすく説いたもの
には、めったにお目にかかれない。半世紀も前の教えだとは、驚くばかりだ。

某日 
1902年の生まれというから、ことしで100歳になる塩谷信男さんの本を読み、その呼吸法正心長息法を少しばかり実
践中。呼吸法もいろいろあるが、このシンプルさはいい(本物はいつもシンプルで、だれにでも、安く実践できる)。決まり文句は
「宇宙の無限の力が凝り凝って 真の大和のみ世が成り成った」。こいつもなかなか気に入った。




 2001年

11月
某日 長久手のゴジカラ村で、人間音楽家五島エミさんを招き、遙かなる銀河に思いをはせてトークセッション
村長の吉田一平さんもフルで参加し、14人の魂のきょうだいが集まって、「いのち」「日本」をテーマに、
再生の時を分かち合う。当方にも、エポックメイキングな日となった。(11・28)

某日 西洋医学の世界では異端とされるが、東洋医学の癒し手などに高い評価を得ている千島喜久男学説
その分かりやすい解説本「よみがえる千島学説」(忰山紀一著、なずなワールド)を読みながら、自分の体で探究中。
(実は、そう追い込まれたのだが・・)

10月
某日 
静岡在住の音楽家五島エミさん主宰の車座から、「インターネット句会を始めるので参加を」と特命。
俳句など、まず詠まないので苦吟、苦吟。
そのあげくが・・「もみじ葉に 座して瞑すは 自念流」 「右能が ゴスペル色に 染まる秋」
さらに、「コスモス田 ゆうやゆうやと さざめけり」「柿の木に 柿の実のなる 太陽系」

某日 忘れぬうちに。大手コンビニ「セブンイレブン」が、弁当や総菜など150品目のオリジナルメニューすべてを、保存料
着色料なしに切り替えたとか。まず「ホンマかいな!」と思うが、実に画期的なことだ。それを「業績回復の切り札」としている
ところが面白い。

9月

末日 30日は、ジェームズ・ディーン命日。ついでに、自分にとっても、ちょっとだけ特別な日だ。
もちろん、マリアさんがおっしゃるように、「毎日がスペシャル」ではあるが・・・。

某日 横浜で開催の「第8回フナイオープンワールド」の第2日目に足を運ぶ。収穫は不思議研究所森田りんご(健)さんと、
不思議オジサン神坂新太郎さんの共同講演。森田氏の著書「不思議の科学」は、いろいろな友人、知人に薦められたが、正直、
インチキ臭い感じもしていた。ところが、どっこい!。こいつぁ、なかなか核心的な情報だ。やはり、じかに情報源と触れるのは大切だ。

某日 深く敬愛する作家北山耕平さんのホームページ「Whole Life Catalog」に、ようやっとリンク。
ご本人から承諾のメールをいただき、感激だ。
<最近、15年ほど前にだした小生の第一詩集「自然のレッスン」が新装版で太田出版から復刻されました>とのメッセージ
もあり。さっそく、書店にゴー。

8月

某日
 昔なじみのグラフィックデザイナーUちゃんから、吉報が届く。
7月に初めて会った時、相手の彼が「これだ!」と思い、その月のうちに2回目に会って、自分も「これかも…」と思ったそうな。
1.5回目で決めたという感じかな」「私は、この波に乗ることを即決しました」「 苦楽の波を越えられそうな、そんな気がしたので…」
いまどき、ありがちで、なさそうな・・・ひと組のソウルメイトの誕生に、乾杯!

某日 最近、わが町に、シンクロニシティーをテーマにした「波紋カフェ」というギャラリー&喫茶ができた。「共時性を生む空間」
そんなしゃれたコンセプトを聞けば、足を運ばすにはおられまい。想像通り、すごくゆっくりと時間の流れる、ほっとするスペースだった。
店長は24歳の女性で、なんともデュード

7月

某日  ウェブ・リングというものの存在自体、よく知らなかったのだけど、
今回、「ジャパン・スピリチュアル・リング」というウェブ・リングに参加した。
リングマスターの「伽藍堂」さんのウェブサイトは、現実世界も鋭く見据え、とても好感が持てる。

某日 またもや!という感じで、天下の毎日新聞ケンカ(論争)しているロッキン・オン社長の渋谷陽一氏。
「ロッキン・オン」8月号の渋松対談で、コトのテンマツに触れながら、
「別に好きでケンカしているわけじゃないんだ。論争というのは、やってる本人は、相当に傷付くもんだよ」
「じゃあ、なんでやっているのか。思いきりカッコ付けると、傷付くのが仕事だと思っているからだ」
とのたもうておる。

「メディアは、傷付くのが仕事だ」という。これは本当に、その通りだと思う。
「そのことを自覚しているメディア関係者が少ない」という指摘も、その通りだと思う。

ついでに言うと、優れたアーティスト(芸術家)、そして優れた宗教者や精神世界のリーダーなども、傷付くことが仕事なのだろう。
2000年も前に、そのことを最も象徴的に体現したイエスという男が、今なお、西洋世界のスーパースターである。


某日 「神との対話」の著者ニール・ドナルド・ウォルシュが名古屋市公会堂で講演。
初来日とかで、北海道や沖縄からの来場者もいて盛況だった。(が、入場料7000円は、ちいと高い)。
司会は俳優石田純一さんのお姉さんという石田桃子さん(音楽家だとか)であった。

話の内容は
「今の狂ったような政治も、経済も、教育も、わたしたちの霊性(スピリチュアリティー)が顕現したものである」
「わたしは、ほかより優れているという考え(マッチ・ベターの文化)が、世界をおかしくしているもとである」
「どんな人も、みんな同じ。だれもが、ひとつなんだという考え(ウイー・アー・オール・ワンの文化)を本当に理解した時、世界は変わる」
「すべての魂が、究極的に求めているのは、愛し、愛されること

最後に、人生を変え、世界を変えるための「3つのツール」として
1、Look at each other.(互いの目を見つめ合おう)
2、Smile.(そして、微笑もう)
3、Say something nice.(さらに、素敵な言葉をかけよう)
というメッセージを残していった。

6月
某日
 「SIGHT」の最新号は「1970年 ジミヘンとジャニスが死んだ年」特集。
編集長の渋谷陽一が、「1970年の18枚」を挙げているのだが、
そのラインナップときたら、「明日に架ける橋」(サイモン&ガーファンクル)、「デジャ・ヴ」(CSN&Y)、
「レット・イット・ビー」(ビートルズ)、「ライブ・アット・リーズ」(フー)、「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」(ニール・ヤング)、
「ツェッペリンV」(レッド・ツェッペリン)、「原始心母」(ピンク・フロイド)、「いとしのレイラ」(デレク&ドミノス)、
「天の守護神」(サンタナ)、「ジョンの魂」(ジョン・レノン)、「イン・ロック」(ディープ・パープル)・・・・・・

いったい何なのだ、この年は。気が狂わんばかりの歴史的名盤ラッシュである。
わが日本では、三波春夫の「こんにちは、こんにちは、世界の国から・・・」がヒットした年だぞ。

某日 北山耕平著「ネイティブ・タイム」(地湧社)を、(ついに)買う。オビの文句は「大地を忘れた『日本人』が出来上がった
理由(わけ)」「歴史に隠された先住民たちのスピリットを現代まで追う衝撃の日本史!」。925ページ、4800円(プラス税)である。
ふう。作るほうも作るほうだが、買うほうも買うほうだ、な。

5月
某日 静岡在住の五島エミさんのインタビューをアップ。エミさんには、ほんとはもっと別のテーマで話を聞くつもりだったが。
とりあえず、HAIKU(俳句)についてのお話しで、この一流の人の「気」が伝わるとよいのだが。

某日 北海道在住の音楽家奈良裕之(ゆうじ)さんのライブ演奏を初めて聴いた。
17歳でプロのミュージシャンになり、40歳で商業音楽に別れを告げ、 世界の民族楽器を使った即興演奏を繰り広げている。
「地球交響曲」の龍村仁監督も、太鼓判を押している。 「遺伝子を覚醒させる音楽」という感じで、 久々に、心が震えた。

某日 人生には時に、予期せぬ形で、ヘビーな出来事が起こる。そんなことが、ちょっとあった。大音量でジミ・ヘンを聴こう。

4月
某日 
あんまり人に本を勧めることはないのだが。
「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」(ダグラス・ラミス著、平凡社)。これほどの論考は、ざらにない。
著者は元津田塾大教授で、今は沖縄を拠点に活動するという。特に、政治家に読んでほしいが、分かる人が、どれだけいるか。

某日 時折、好きな曲のセレクションテープを作り、友人にプレゼントする(たいてい喜ばれないけど・・・)。で、今回作ったのは
<A面>Beyond The Century(ADIEMUS)/When You Dance I Can Really Love(NEIL YOUNG)/Darkhouse(EDDI READER)/
When I Look The World(U2)/Ev'rytime We Say Goodbye(SIMPLY RED)/Ode To Billy Joe(SINEAD O'CONNER)/
Aqua Marine(SANTANA)/Crazy Love(VAN MORRISON)

<B面>Joy Inside My Tears(STEVIE WONDER)/And So Is Love(KATE BUSH)/Innocent When You Dream(TOM WAITZ)/
Calling All Angels(JANE SIBERRY)/First We Take Manhattan(REM)/Days(ELVIS COSTELLO)/
The One That I've Been Waiting For(NICK CAVE)    どんなもんやろか?

某日 一般的な句集を読んで思うのだが。1ページに、宇宙的な1句。丸山健二の「千日の瑠璃(るり)」のような句集がいい。

某日 「噂の真相」の広告で見かける、おしゃれなエコロジーマガジン「ソトコト」(600円)を、近くの本屋で見つけた。4月号
の特集は、中国のエコロジー運動。かのライアル・ワトソン博士がスーパーバイザーを務め、映画「地球交響曲」の龍村仁監督
エッセーを連載し、村上龍の連載小説まで載っている。情報は広範で、確かに「おしゃれ」だが、もっとワイザツでエネルギッシュ
な雑誌を想像していたので、オーソドックスなつくりに、少々、驚いた。内容も、かなり高尚だ。

3月
某日
 NHKの「トップランナー」忌野清志郎が出演し、「若い人は、大人になると、段々とつまらなくなると思ってるだろう
けど、ぜんぜんそんなことない。どんどん面白くなる生き方だってあるんだゼ!」みたいなことを言っていた。かくありたいもんだ。

某日 「村上朝日堂 スメルジャコフ対織田信長家臣団」(村上春樹、朝日新聞社)で、「上を向いて歩こうを国歌(準
国歌)にしよう」
」という一節の中に、こう書かれていた。

国歌に限らず、なんでもそうですけど、「これはいけない、許せない」「これには絶対反対だ」という硬直したネガ方向でものを
考えていくより、「じゃあこうしたらいいんじゃないか」とか「こういう流れを作って、今ある状況を超えていこう」というようなボジ
方向
の発想をすることがわりに大事じゃないかと、僕は常々考えています。

同感。それがまさに、ニューパラダイムの志向性だとも思う。

某日 
双葉文庫「マイルスを聴け!2001」(中山康樹著)を、近所のヴィレッジ・ヴァンガード(びっくり本屋)で購入。
マイルスは、それほど持っているわけではないが、久方ぶりに聴きたくなる。僕が大好きな「We Want Miles」
ついて、中山氏は「すさまじいライブである。はじめてこれを聴いたとき、あまりのすごさに2メートルぐらいぶっ飛んだ」。
さっそく、ターンテーブル回転。

某日 パソコン復旧を契機に、ホームページ改装開始。ちょっと方向転換。

2月
ある日・・・・・・パソコン故障。自分の不注意(コーヒーのしぶきをキーボードにこぼす)。自業自得。

1月
某日
 新世紀早々、名古屋でビッグなプロジェクトが動き出した。ニューパラダイムを築く大きなうねりは、
この地から生まれるかも。いずれ大きな話題を呼ぶことだろう。

某日
 ハッピ−・ニューセンチュリー!。でも、世紀の夜明けという割には、元日の天気、良くなかったですね。
    それはさておき、年末の話題をひきずりますが。
    パンタ笛吹さんいわく、ソウルメイトに出会いたい人は、次の3つの文句を唱えるとよいそうです。

    「わたしは、毎日を心から楽しんでいます」
    「わたしは、ありのままの自分が大好きです」
    「わたしは、ソウルメイトに出会う準備ができています」

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